片恋法則[3]
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「あの、嫌ではない、ですか?」
「……なに言ってるんですか、今更」

なんだろう、これは、と思う。
だが、緊張していることは誤魔化しようのない事実だった。
こんなことは、今までになかった。
宗像と初めてセックスをした時も、どんなプレイを強要されるのかと身構えこそすれ、緊張することなどなかったのに。
もう何度目になるかも分からないこの瞬間、ナマエは思い通りに動かない身体に戸惑っていた。
恐らくは宗像も、似たような心境なのだろう。
最初の夜は全く何の躊躇もなくナマエを全裸に剥いて「では、始めますね」なんて事務的に言ったくせに、今夜はどこかぎこちない。
ナマエは宗像の方を見ていられず、借りた浴衣を身に纏ったままベッドに上がった。
もちろんいつも通り俯せである。
半年ぶりに宗像の枕に顔を埋め、懐かしくも感じる匂いに胸の奥がきゅっと詰まった。
数秒の間を置いて、ぎしり、と宗像がスプリングを軋ませる。
覆い被さってくる気配を背後に感じながら、ナマエはきつく目を閉じた。

「……こちらを向いてもらえますか、ミョウジ君」

しかし、聞こえてきた声にすぐさま瞼を持ち上げる。
え、と漏れた呟きを拾ったのか、宗像が言葉を続けた。

「君の顔を私に見せて下さい」

直截的に懇願され、ナマエは恐る恐る身体を反転させる。
仰向けになれば、両手をベッドについた宗像が真っ直ぐに見下ろしてきた。
その表情に、息を呑む。
宗像は、かつてナマエが一度も見たことのない顔をしていた。
微かに寄せられた柳眉、どこか硬い微笑、そして情愛と欲望を織り交ぜた紫紺。

「……前は、後ろからだったじゃないですか」

どうして、という問いを込める。
宗像は後背位が好きなのだと思っていた。

「ええ。……あの頃も勿論、君の顔を見ていたいとは思っていました。ですが、私の顔を見せたくはなくて」

宗像の指先が、ナマエの髪を梳く。
慈しむような手つきだった。

「ずっと見られていては、感情を隠し通せる自信などなかったのですよ」

そっと苦笑した宗像が、ナマエの頬に触れた。
大きな掌に包み込まれ、ナマエは思わず目を細める。

「ですが、もう君に私の想いを隠すつもりはありません。だからどうか、君を抱くのが私であることを、きちんと見ていて下さい」

そう言って、宗像はナマエに触れるだけの口付けを落とした。
キス一つ取っても、以前とは全く異なる。
単なる手順の一つとしてキスを受け取っていた唇が、今は与えられる情愛を余すところなく感じ取ろうとした。

「……ああ、堪らないですね。君が受け入れてくれるなんて」

重ねるキスの合間で、宗像が嬉しそうに呟く。
喜悦の滲んだ声に、ナマエは少し笑った。

浴衣の合わせを開いた宗像が、ナマエの胸に唇を落とす。
先端をゆるりと舐められ、思わず声を漏らした。
ずっと後背位が当たり前で、背後から指先で弄られたことはあれど、こんな風に正面から触れられたことは一度もなかった。

「……ん、ぁ……っ、や………、」
「ふふ、君はこちらも敏感なんですね」

相変わらず宗像は饒舌だ。
だがナマエは、以前のようにそれを鬱陶しく感じない自分がいることに気付いていた。
それはきっと、宗像の声音が冷静ではなく、重畳の至りとばかりに緩んでいるからなのだろう。
こんなに嬉しそうに言われては、文句を付けることも出来そうになかった。

長く丁寧な前戯を経てようやく、宗像の熱芯が秘所へと宛てがわれる。

「力を抜いていて下さいね」

これまでに聞いたことのない台詞は、隠す必要のなくなった愛情ゆえなのか、それとも今夜のナマエが身体を僅かに強張らせているからなのか。
ナマエは頷くことで答えとし、ゆっくりと息を吐き出した。
実際、力というものは抜けと言われてそう簡単に抜けるものではない。
半年ぶりだからだろうか、ゆっくりと入り込んでくる屹立が記憶しているよりもずっと大きく感じられて、ナマエの身体は軋んだ。

「ーーっ、ぃ、……っ、あ、あ、ーー、し、つちょ……っ、おっき……ぃ……っ」

きつく目を閉じて圧迫感に呻いたナマエは、聞こえてきた声に驚いた。

「あまり、煽らないで、下さい……っ」

咄嗟に瞼を上げる。
視界に捉えたのは、眉を寄せて目を細め、何かに耐えるように顔を顰めた宗像だった。
そんな顔は、初めて見た。
そんな声も、初めて聞いた。
セックスの最中、常に微笑を浮かべていつもと変わらない口調を保っていた宗像が、明らかにそのどちらをも失っている。
王様の自己抑制力とは大したものだ。
箍が外れた途端、どこに隠していたのかと訝しむほどの情欲が降ってくるなんて。
荒く零される呼気は、甘い熱を孕んでいた。
下腹部が、じんと疼く。
そこから全身へと広がる快感に、ナマエは背筋を震わせた。

知らなかった。
気持ちひとつでこんなに違うなんて、想像もしていなかった。
淫靡な水音と、肌のぶつかる音。
ナマエの高い嬌声と、宗像の低い呻吟。
互いの荒い呼吸が宙を満たし、それを奪い合おうと唇が重なる。
頭が真っ白になるほど気持ち良くて、堪らなく幸福だった。
ナマエを見つめる瞳に、深い愛情が宿っている。
気付いていなかっただけで、宗像はいつも、ナマエの背中をこんな目で見ていたのだろうか。
そう考えるだけで、胸臆が震えた。

宗像への恋情を自覚しているナマエの身体は、以前よりも濡れて熱芯に絡み付く。
情愛を隠す必要のなくなった宗像もまた、一層激しくナマエを攻め立てる。
互いの想いが通じ合っているだけで、その行為は全く違うものになった。
これまでは無理矢理振り返らなければ見えなかった宗像の姿が、今はすぐ目の前にある。
汗を滲ませた身体、乱れた髪、真っ直ぐに見下ろしてくる情欲の滲んだ双眸。
何もかもが愛おしくて、ナマエは宗像の首に腕を回した。
一切の抵抗もせず、宗像が唇を寄せてくる。

「すみません、もう、保ちそうにない、」

一頻り絡め合った舌を解けば、宗像が至近距離で呻いた。
かつてと比較すれば、あまりにも早い限界。
宗像の余裕のなさが、ナマエには堪らなく嬉しかった。

「い、っしょ、が、いい……っ、」

宗像の背に縋り付く。
ナマエの訴えに、宗像はきゅっと目を細めた後、頬を緩めて笑った。
そうして迎える遂情。
宗像の熱でいっぱいになるその瞬間が、堪らなく気持ち良かった。

宗像が、抱えていたナマエの脚をシーツに下ろす。
そして、ベッドから降りることなくナマエの上に覆い被さり、唇にキスを落とした。
珍しいこともあるものだ、とナマエは目を瞬かせる。
いつもは吐精すればそれで終わりだったのに。
額に、瞼の上に、頬に、唇が寄せられる。
快楽の波に飲まれたナマエの身体を掬い上げるよう、優しい手つきで髪の生え際を撫でる宗像は、どこまでも幸せそうな顔をしていた。
後戯なんてする人だったのかと、また新たな一面を知る。
きっとこちらが、本当の姿なのだろう。
触れ合う湿った肌と、熱を残した吐息。

「……室長って、役者になれますね」

ナマエの零した感想に、宗像は苦笑した。

「これでも必死だったのですが、」
「そんな風には見えなかったですけど」

悔しいことに、宗像の狙い通りになったのだ。
最初から告白なんてされていたら、ナマエは取り合わなかっただろう。
セックスの最中に情を見せられても、鬱陶しいと邪険にしただろう。
距離を取られて初めて、恋情を自覚させられた。
本人がどう感じているかはさて置き、宗像の思惑通りに事が進んだのは確かだった。

「……優しすぎて、気持ち悪いです」
「おやおや。相変わらずつれないですね、君は」

意趣返しのつもりで文句を言ってみても、宗像の笑みは崩れない。
悔しくなって、ナマエは顔を背けた。

「これは前にも言いましたが。そういうところも、好きですよ」

耳元に甘く囁かれる。
くすくすと笑った宗像の台詞に耐え切れず、ナマエは身体を捻って俯せになった。
てっきり、都合が良い、という意味だと思っていたのに。
どうやらあれは、宗像が僅かに覗かせていた本心だったらしい。

「ミョウジ君」

頭の後ろで名を呼ばれるが、無視を決め込む。
気恥ずかしくて、とても見せられる顔ではないと自覚していた。

「こちらを向いて下さい。……ナマエ、」

低められた声音、初めての呼び方。
狡い男だ、とナマエは唇を噛んだ。

「言うことを聞いてくれないと、襲いますよ?」

とんだ脅し文句を吐かれ、即座に振り返る。
視線の先、宗像が楽しげに笑っていた。

「………まだするんですか」
「そのつもりですが、嫌ですか?」

本当に、狡い男だ。
そんな聞き方をされては、逃げられなくなってしまう。

「…………嫌じゃ、ない、です」

そう言った直後、再び幸せそうに笑った宗像を見て、悪くないな、と思った。






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