ウワテなコイビト[1]
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幼い頃から神童と言われ、天才と呼ばれて育ち、ここ数年は王権者などという立場にあったが、自分も所詮はただの男だということを、宗像は強く実感していた。


セプター4特務隊所属、ミョウジナマエ。
それが、宗像の可愛い可愛い恋人の名だ。
二ヶ月程前にあの手この手を使って口説き落とした、目に入れても痛くないほど溺愛している恋人である。
付き合ってからの日はまだ浅いが、遡ってみると出会いはもう四年近く前のことだ。
王とクランズマン、という立場で過ごした三年と半年、宗像はナマエに対する感情を恋愛だとは自覚していなかった。
もちろん好意はあった。
我が子同然の大切な部下だ、多少の意地悪はすれど慈しんできた。
ナマエは宗像にとって、とても興味を引かれる人間だった。
最たる理由は、ナマエが宗像を王として扱わないことにあっただろう。
崇め畏れることもなければ、別次元の特殊な生き物として線引きすることもなかった。
ナマエはあくまでも宗像を単なる上司として扱い、それ以上にもそれ以下にも求めなかった。
それは、宗像にとって非常に新鮮な感覚だった。
信頼し、大切にし、時に愉しませてもらってきたその根幹にある感情が恋慕だと気付いたのは、石盤が破壊された後のことだ。
何気ない日常の、ありふれた執務室でのやり取りの中、ちょっとした戯れでナマエに「礼司さん」と名を呼ぶことを強要した時、渋々紡がれたその音に宗像の心臓が跳ねた。
おや、と自らの異変を訝しみ、分析し、そうして理解した感情は胸にすとんと収まった。
まるでジグソーパズルの最後のピースを嵌めた時の充足感にも似た、完全なる形を得た瞬間。
なるほど、と宗像は一人納得した。
それから、宗像の取った行動は迅速かつ強引だった。
事あるごとにナマエを茶席に誘い、話し掛け、食事を共にし、部屋に連れ込み、少し酒に酔ったナマエに告白してそのまま身体を重ねた。
今思い返すと、なかなかに卑怯な手口である。
そんな半ば無理矢理な経緯で、宗像とナマエの交際は始まった。

しかし、確かに強引な始め方ではあったが、交際自体は順調だ、と宗像は思っている。
週に二、三度、宗像の部屋で共に夜を過ごし、もちろん愛し合い、たまに非番が重なれば二人で出掛けることもある。
その全てにおいて誘うのは宗像だ、という事実は少し寂しいものがあるが、ナマエも決して拒絶したりはしないので、きっと良好な関係を築けているのだろう。
恥ずかしいのか愛の言葉はくれないが、宗像が好きだと言えばきちんと受け入れてくれる。
きっとナマエは少し奥手なのだ、というのが宗像の見解だった。

仕事が出来て、可愛くて、宗像を遠い世界の人間のように扱わない、愛おしい恋人。
そんなナマエと仕事では毎日顔を合わせ、プライベートでも時間を共にし、宗像は幸せだった。
幸せ、なのだ。
しかし宗像には、一つ、どうにも不満なことがあった。
それは、ナマエと特務隊の面々が親密すぎるという点だ。
ある程度は仕方のないことだと、宗像も理解している。
セプター4は隊員同士が命を預け合う組織であり、互いの信頼関係は円滑な業務のためにも重要だ。
そして特務隊はナマエ以外全て男性隊員で構成されているのだから、自ずとナマエが頻繁に関わる同僚は男性になるだろう。
それは承知している。
しかしナマエは、終業後も特務隊の隊員たちと共に過ごすことが多いのだ。
男ばかりに囲まれて食堂でトランプに興じたり、青雲寮の一号室で弁財と本を読んだり、二号室で加茂に手作りの菓子を貰ったり、三号室で榎本とゲームをしたり、四号室で五島の猫と戯れたりと、とにかく誰とでも仲が良い。
ちなみに宗像は、それらを監視カメラの映像で把握した。
業務時間内はともかく、プライベートでまでずっと一緒にいるのはあまり頂けない、というのが宗像の本音である。
そんな時間があるなら宗像の部屋に来てくれればいいのに、ナマエは宗像が誘わない限り絶対に訪ねて来なかった。
つまるところ宗像は、ナマエと親しい隊員たちに嫉妬しているのだ。
眉目秀麗だの完全無欠だのと評されようと、結局は宗像もただの男というわけである。

そうは言っても、宗像とて今年で二十六だ。
確かに色恋沙汰にはあまり縁のない人生を送ってきたが、多少の知識は持ち合わせている。
つまり、嫉妬心というものが恋愛におけるスパイスだということは、理解していた。
ナマエが誰かと抱き合っていただとか、キスをしただとか、そんなことになれば流石の宗像にも許せないが、一緒に遊んでいるくらいでいちいち咎めるのは大人気ないだろう。
何度か、「日高君とは随分仲が良いんですね」みたいな嫌味は零してしまったが、他の男との関わりを制限したことは一度もない。
宗像には、ナマエの前では余裕のある姿を見せていたいという自尊心もあった。
年下の恋人を束縛しすぎるのは情けないし、そんな狭量だとも思われたくない。
だから宗像は、ある程度は許容して大目に見ることにしたのだ。

しかし、である。
ここで浮かび上がった問題として、悋気するのは残念なことに宗像だけだという事実がある。
ナマエはどうやら宗像に対して独占欲というものを全く抱いていないらしく、宗像が淡島と何をしようが表情一つ変えないのだ。
例えば今週はスケジュールの関係で、宗像と淡島は殆どずっと行動を共にしていた。
月曜日から一泊二日で一緒に出張、水曜日と木曜日も中央省庁を回り食事を共にし、金曜日の夜は二人でパーティにも参加した。
確かに全て仕事ではあるが、恋人という立場から見れば決して気持ちの良い光景ではなかったはずなのに、ナマエは何も言わない。
普通はもっと、不安になったり嫉妬したりするものではないのだろうか。
宗像としては、ナマエに「副長ばっかりじゃなくて私も連れて行って下さいよ」と言われたかったのだ。
実際、出張もパーティも付き添いが淡島である必要はなかった。
ナマエに嫉妬してほしくて敢えて淡島を随伴させたのに、効果は得られないまま終わってしまった。
好きだとも言われず、自ら近付いても来てくれない。
ならばせめて嫉妬をして貰えれば好かれている実感が持てるのに、それもなかなか上手くいかない。
かといって、好きですかと直接問うのも情けない気がして、宗像は途方に暮れた。


「私はどうすればいいのでしょうか、伏見君」
「知りませんよ仕事して下さい」

昼下がりの室長執務室。
宗像は、セプター4で唯一宗像とナマエの交際を知っている、というか宗像が強引に話して聞かせた伏見に相談を持ち掛けた。
相変わらずつれない返事だが、別に気にしない。

「伏見君。これは私の仕事に対するモチベーションすら変える由々しき問題ですよ」
「どこの女子高生ですか」
「伏見君は中卒でしょう?」
「そういう話をしてるんじゃないです」

伏見の口からお得意の舌打ちが漏れた。

「浮気でもしてみたらいいんじゃないですかぁ」
「ふむ、浮気ですか」

伏見の提案に、宗像は指先を顎に添える。
しかし熟考するまでもなく、答えは出ていた。

「伏見君。生憎と私の心は他の女性には向きませんので、浮気の仕様がないのですが、」
「別に誰も本気でしろって言ってんじゃないですよ。ふりです、ふり」

演技です、と伏見が面倒臭そうに言い換える。

「御柱タワーの時、俺と一芝居打ったじゃないですか。それと一緒です」
「なるほど。浮気をしているように見せかける、ということですね」

確かに、伏見の意見は参考にしてみる価値がありそうだった。
ナマエは恐らく、宗像と淡島の関係を仕事だと割り切って捉えているから、嫉妬をしてくれないのだ。
宗像が完全なるプライベートで女性の存在を匂わせれば、焼きもちを焼いてくれる可能性はあるだろう。

「ありがとうございます、伏見君。君に相談してみて良かったです」
「そりゃどーも。じゃあさっさとその書類片付けて下さい」

はいはい、と宗像は苦笑し、目の前に山と積まれた書類の束に手を伸ばした。







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