上司のセクハラに困っておりまして[2]
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宗像のセックスは、一言で言えば丁寧だ。
その時々で前戯にかける時間に多少の差はあれど決して無体を働くことはないし、ナマエが気持ち良くなれるように導いてくれる。
キスも愛撫も蕩けそうなほど甘くて、ドSだ鬼畜だと言われているわりに優しいんだな、なんて思える。
だから、ナマエは宗像のセックスが嫌いではない。
ある一点だけを除いては。

「そろそろ良さそうですね?」
「ん……っ、も、くださ、」
「では。ーー 宗像、抜刀」
「………ほんとそれやめてもらっていいですか」

熱っぽい愛撫やら昂った身体やらを全て一瞬で台無しにする台詞に、ナマエは何度目かも分からない苦言を呈した。
南国リゾートを一歩出た瞬間に南極でした、みたいな勢いで空気が冷え切る。
本当に喋らなければ完璧なのに。
天は二物を与えずの言葉を真っ向から否定する宗像も、完全無欠ではないのだ。

「おや。私としては気に入っているのです、が、」
「ひ、あああっ、あ、あ……っ」

韻を切ると同時に熱芯を押し込まれ、ナマエはそれ以上の文句を紡げなくなった。
いつもこうやって有耶無耶になるから、宗像の最低な下ネタが一向になくならないのだ。
そしてたちが悪いことに、薄ら寒いギャグの後でも貫かれてしまえばその熱は気持ち良い。
ユーモアのセンスをどうにかしてほしいというのは本音だが、生憎と宗像のご立派なものがナマエは嫌いではなかった。

「君のここも、お気に召したようですよ?」
「う、るさ……っ、も、さいて、ぁあっ、あ、」

艶然と芸術品みたいに微笑んだ宗像が、その顔に似つかわしくない下品な台詞を宣う。

「ほら、分かりますか?こんなに濡れて、」
「も、喋らない、で、くださいよ……っ、」

これが、その辺りに転がっている適当な男ならば一向に構わないのだ。
しかし相手は秩序の王である。
この世界で最もクリーンなイメージを保たなければならない青の王が、実際常日頃はそれを完璧に纏う王が、ベッドに入った途端これである。
清廉なイメージなんてだだ崩れで欠片も残らない。

「口上は大事ですよ、ミョウジ君。我らが大義に曇りなし、と」
「曇りまくって、ますって、それ……っ、真っ白です、よ、もう……!」
「おや。まだ白いものは出していませんが?」
「さいっ、て、……ンぁ……っ、あ、」

そんなに早く欲しいのですか困りましたね、なんてちっとも困っていなさそうな口調で言う宗像の腹を蹴り飛ばした。
もちろん、快感に侵されて碌に力の入らない脚ではダメージなんて与えられるはずもなく、それどころか宗像に足首を掴まれる。
持ち上げた足を恭しく掲げ、宗像が爪先に唇を落とした。
唇を触れさせたまま射抜くように見つめられ、ぞくりと背筋が粟立つ。

「ふふっ、締まりましたね。感じましたか?」

咄嗟に吐く悪態すらなかった。
いい顔です、と宗像に揶揄される。

「ほんと、黙って、ください……!!」

ナマエは思わず声を低めた。
気恥ずかしいような、腹立たしいような、居た堪れないような、複雑な心境になる。
王様のくせに臣下の爪先に口付けるなんて。

「……すみません、ミョウジ君。怒りましたか?」

ナマエの足を下ろした宗像が、両手をシーツについて前のめりになった。
顔を覗き込んでこようとするので、反射的に首を捻る。

「ナマエ?」

下の名で呼ぶということは、恐らく本当に機嫌を取ろうとしているのだろう。
それがまた、ナマエを苛立たせる。
顔を背けたまま、ナマエは黙り込んだ。

分かっている。
王だ何だと言われたって、宗像も人間だ。
宗像を勝手に神格化しているのは周囲であって、宗像もまた普通の男なのだ。
それは、分かっているが。
結局はナマエも、宗像にイメージを押し付けているのだろう。

「………すみません。怒ってないです」

視線は合わせられないまま、呟くように謝った。
数々の下ネタはともかくとして、今に限って言えば宗像に非はない。

「本当ですか?」
「ほんと、です」
「嘘ではありませんね?」
「室長、しつこいです」

反省はどこへやら、再び苛立ちが滲んで思わず睨み付ければ、視線の合った宗像が小さく笑った。

「ねえ、ナマエ。前々から言おうと思っていたことがあるのですが、」

奇遇ですね私もあります、と言いかけた口を噤み、ナマエは黙して続きを待つ。

「いつも、とは言いません。ですが、ベッドの中でくらい名前で呼んで下さい」

名前。
思わぬ頼みに、ナマエは目を瞬かせた。

「……宗像さん?」
「君は……どうしてそうなりますか。下の名前です」

下の名前。
ナマエは首を傾げ、見下ろしてくる宗像に問いをそのままぶつけた。

「室長の下の名前って何でしたっけ」
「………あの、本気で言っていますか?」

本気も何も、素朴な疑問だ。
上司の下の名前なんて、普通は憶えない。
書類の捺印は苗字だけだし、宗像のことを下の名で呼ぶ人間もいない。
目にも耳にもしない名前なんて、記憶していないものだろう。
そう説明すれば、宗像ががっくりと項垂れた。

「上司って……君ねえ……。確かに私は君の上司ですが、それ以前に恋人でしょう?恋人の名前も憶えていないなんて、随分と薄情ではありませんか?」

今度はナマエが絶句する番である。
念の為に言っておくが、ナマエはたったの一度も宗像の恋人になったつもりはない。

「……あの、室長」
「はい。弁解を聞きましょうか?」
「その前に質問に答えて下さい。室長と私って、付き合ってたんですか?」

は、と宗像が間抜け面を晒した。
珍しい表情だ、なんて感心している場合ではない。

「……君、どういうつもりで私に身体を許しているのですか」
「どういうって。誘ったのは室長じゃないですか」
「……つまり君はこれまで、私に誘われて嫌々従っていた、というわけですか?」
「別に、嫌ってこともなかったです、けど?」

非常に今更な感はあるが、宗像が熱芯をナマエの中から引き抜いた。
抜ける際に中が擦れ、ん、と短い声が漏れる。
先端までを外に出した宗像が、同時に深々と溜息も吐き出した。

「君が好きです、と。以前私は言いませんでしたか」
「それは聞きましたけど。でも室長、副長とか伏見さんにも似たようなこと言ってるじゃないですか」
「それとこれとは……っ。………いえ、もういいです。分かりました。つまり君は、私に対して何の情愛も感じていないのに、上司の命令だから抱かれていた、と。そういうことですね」

そういうことでもない、とナマエは思った。
確かに誘われれば断らなかったが、それを上司からの強制だと捉えたことはない。

「命令に従ったとか、そんなんじゃないです」
「では、君はどうして私に抱かれたのですか?」
「誘われたからですよ」
「君は誘われれば誰とでも寝るのですか?」

どんなビッチだ。
ナマエは今夜何度目かの瞋恚にうんざりした。

「いや、そこまで尻軽じゃないです」
「でも、私に誘われたから抱かれたのでしょう?」
「そりゃ、室長ですから」
「ほら、上司だからじゃないですか」
「違いますって。ええっと……宗像さんだからですよ」

いよいよ苗字すら怪しくなってきたことを、流石に申し訳なく思って目を逸らす。
何年も室長という官職名一つで呼び続けてきたのだ、今更他の呼び方なんて無理がある。

「……それは、どういう意味ですか」
「そのまんまの意味です」
「……君、は……、私のことが好きなのですか?」
「はい」
「はい……?」

なぜ悉く噛み合わないのか、ナマエはそろそろ宗像天才説に疑問を覚え始めた。
この人は、本当は馬鹿なんじゃないだろうか。

「そりゃ好きですよ。なんで好きでもない人に抱かれなきゃならないんですか」
「……つまり、私達は両想いということになるのでしょうか」
「室長って下品なのか乙女チックなのか分かりませんね」
「茶化さないで下さい」

思わず噴き出せば、レンズの奥から凄まれた。
だが、話の流れが流れなだけに、どうにも迫力が感じられない。

「室長が私のことを好きなら、そういうことになるんじゃないですか?」
「好きだと言いましたよ。君は信じてくれなかったみたいですが」
「あーー、はい、なんかすみません」

拗ねてるな、と苦笑してから、頬に浮かんだ笑みに少し驚いた。
その、これまた宗像らしくない感情が、少し愛おしく思えたのだ。

「……室長、名前」
「名前?」
「下の名前、教えて下さい。次は忘れませんから」
「……礼司、です。礼節の礼に司ると書いて、礼司」

漢字までは聞いていない。
恐らくこれは、宗像の自己紹介のテンプレなのだろう。
後半部分を頭の外に押しやり、レイシ、という音だけを胸の内で反芻した。
なるほど確かに、そんな名前だった気がする。

「じゃあ、れーしさん、」

この、天才なのか馬鹿なのかよくわからない下品で乙女チックな人に、もう少し寄り添ってみようと思う。
勝手に抱いていたイメージは忘れて、宗像礼司という人と、ちゃんと向き合ってみようと思う。

「その、抜刀したやつ、そろそろ下さいよ」

とりあえず、薄ら寒い下ネタを許容するところから始めてみよう。
という決意は、次の瞬間に脆くも崩れ去った。

「……あの、色々衝撃的すぎてですね、ダモクレスダウンの危機なんですが」
「だからそういうシリアスな単語を下ネタに使うなって言ってんでしょーがっ!」


生憎と、前途多難だ。




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