上司のセクハラに困っておりまして[1]
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R-18











こうなることは、予め分かっていたのだ。

目の前に、宗像が立っている。
見慣れた青い制服は一分の隙もなく、首元にもしっかりとスカーフが巻かれ、完璧な王様の状態だ。
そんな宗像の前に、ナマエはワイシャツ一枚で立たされている。
正確に言うと、ワイシャツとブラジャーとショーツで、立たされている。
その対比と宗像から真っ直ぐに向けられる視線に羞恥を感じるなというのは無理な話で、伸縮性など皆無なワイシャツの裾を無駄だと知りつつも下に引っ張ろうとしてしまうのは、仕方のないことだろう。
もう帰りたい、とナマエは切実に思った。


事の発端は、三十分程前に遡る。


「ミョウジ君ミョウジ君」

その時点ですでに嫌な予感はしていた。
宗像が浮ついた声音で名前を二度呼ぶ時は、碌なことがない。
ナマエはそれを経験則から知っていた。

「ミョウジ君、野球拳とは何ですか?」
「知りません」

ほら見ろ。
食い気味に切り捨てはしたが、そんなことでへこたれる宗像ではない。

「野球拳とは、二人が相対してじゃんけんをし、負けた方が着衣を一枚ずつ脱いでいく遊戯なのだそうです」
「知ってるんじゃないですか」
「ですが、実際にやってみたことがありません。そこでミョウジ君、私と野球拳をしましょう」
「しません」

この男に無駄な入れ知恵をしたのは誰だ、とナマエはどこかの誰かを呪った。
ナマエとしては、かなり必死でこの事態を回避しようと頑張ったのだ。
しかし宗像は好奇心が服を着て歩いているような男で、一度興味を持ったが最後、どこまでもそれについて追究したがる。
結局折れたのは、というか無理矢理折られたのはナマエだった。
そこまでが、残念すぎることに全て室長執務室でのやり取りである。
そのまま茶室で野球拳をおっ始めようとする宗像を何とか押し止め、ナマエは宗像を寮室まで連れ帰った。
そして、今時酒の席でもやらないような悪趣味な遊戯が始まったわけである。

その結果は、今のところナマエの零勝八敗。
宗像はじゃんけんという純然たる運勝負にまで王様のチートスキルを発揮し、未だ負けなしだ。
そんな理由で、ナマエは今ワイシャツとブラジャーとショーツだけで宗像の前に立っている。
これでも、かなり抵抗したのだ。
それを衣服の一枚と数えるのはどうだろうか、と自分でも怪しく思うものまで、強引に一とカウントした。
制服の上着、ベスト、ベルト、スラックス、右の靴下、左の靴下、髪を留めていたゴム、腕時計。
しかし、そろそろ拙策も尽きた。
残されている三枚を思うと、ナマエは今すぐに自分の部屋へと帰りたかった。
だが生憎と、宗像は目の前の獲物を逃すような優しさを持ち合わせてくれていない。

「さあ、次の勝負です」

爽やかな笑顔と共に促され、ナマエは渋々右手を持ち上げた。
野球拳の掛け声など憶えてはいなかったので、合図はただのじゃんけんだ。
王様が玲瓏たる声音で「じゃんけんぽん」と言うのはなかなかにシュールだが、ナマエがそれを面白がれたのも最初の三回までだった。

「では、じゃんけんぽん」

宗像がパーで、ナマエがグー。
ナマエは頬を引き攣らせ、宗像の手から顔へと目線を上げた。
至極楽しそうに、宗像が微笑んでいる。
相子にすらならないというのは、どういうことなのだろうか。

「君の負けですね、ミョウジ君」
「……言われなくても分かってますよ」

ナマエはのろのろとワイシャツのボタンに手を掛けた。
確かに、ナマエは目の前にいる男とセックスをしたことがある。
身体の関係にあるのだから、裸を見られたことも勿論ある。
だが、ベッドの上で互いに乱れた状態での裸と、相手が隙のない制服姿である状況での裸は、決して同じではないのだ。
ナマエはボタンを下まで外し、ワイシャツをゆっくりと肩から落とした。
両腕を抜いたワイシャツを、床に捨てる。
床にはこれまでにナマエが脱いだ制服が散らばっていた。

「これでいいですかぁ」

下着姿で視線に晒される羞恥心から、ナマエは宗像を睨み上げる。
宗像が眼鏡のブリッジを指で押し上げた。

「結構です。いやらしい脱ぎ方と、その視線。正直ゾクリときましたよ」

黙れ変態。
ナマエは内心で毒突きながら、黙って右手を再び構えた。
もう、こうなったら早く終わらせてしまうに限る。
全部脱いで、脱ぐものがなくなればこの悪趣味な遊びは終わるのだ。
ナマエの中からはすでに、宗像に勝つなどというルートが消え失せていた。

「じゃんけんぽん」

宗像がチョキで、ナマエがパー。
今更驚きもしない。
上か下か、ナマエは一瞬躊躇ってから背中に両手を回した。
ホックを外し、ブラジャーを床に落とす。

「次」
「おや、随分と乗り気ですね、ミョウジ君。楽しくなってきましたか?」
「そう見えるなら室長の目は節穴です」

ふふ、と笑った宗像が右手を構えた。

「じゃんけんぽん」

よし終わった、とナマエは思った。
宗像がグーで、ナマエがチョキ。
結局宗像の十一連勝である。
そのチートスキルは一体どうなっているのか、非常に腹立たしくは感じるが、今となってはもうどうでもいい。
ナマエはショーツに指先を引っ掛け、片脚ずつ抜いて全裸になった。

「はい、もう脱ぐものないんで終わりでいいですよね。服着ますよ」

屈んで脱いだショーツを手に持ったまま、ナマエは宗像を見上げる。
宗像が艶然と微笑んだ。

「ふふっ、素敵な上目遣いですね」
「感想は聞いてないんでもう着ていいですか」
「ミョウジ君、まあそう焦らずに。せっかくですから、もう少し楽しませて下さい」

イラっとした。
だからつい、持っていたショーツを宗像に向かって投げつけた。
宗像が避けなかったため、それは胸元に当たってから床に落ちる。

「おや、なかなかに過激ですね。もしかして、誘っているのですか?そんなことをしなくても、既に私のダモクレスの剣は準備万端ですよ」

蹴り飛ばすぞコノヤロウ、と思った。
頭上に戴く王の大剣を、下品な隠語に利用するな。
ナマエは、宗像ほど残念なイケメンを他に知らなかった。
眉目秀麗、運動神経抜群、高学歴高収入、頻繁なサボりを抜きにすれば仕事も出来て、さらには王様。
そんな、どこまでも完璧な宗像を一瞬で残念にするのが、その言葉選びのセンスだ。
ここまで間違ったユーモアを発揮する人間に、ナマエはかつてお目に掛かったことがない。
黙っていれば完璧なのに、と何度思わされただろうか。
そもそも、何でもう準備万端なんだ。
思わず宗像の下半身に目を向けてしまったのは、殆ど無意識だった。

「では、ご期待に応えましょうか」

目敏くそれを察した宗像が、楽しげに喉を鳴らす。
生憎、何も期待していない。
勝手に盛り上がっているのは宗像だけで、ナマエの機嫌は最悪だ。

「さあ、おいで。可愛がってあげますから」

まるでナマエが強請ったかのような言い方に胸臆で反論しながら、ナマエは宗像に近付いた。
ここで何を言っても意味がないのだということを、ナマエは十二分に理解している。
否応なくセックスをする羽目になるのならば、抵抗などするだけ無駄だ。

「……室長も脱いで下さいよ」

スカーフを引っ張れば、宗像がそれはもう嬉しそうに笑った。







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