いま、永遠を約束しよう[3]
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「……すみません。まだ怒っていますか?」

怒っているというよりも、呆れている。
何にと問われれば、全てにと答えるしかない。

「怒っていますよね、すみません」

ナマエの無言を再び肯定だと解釈したらしく、宗像がしゅんと肩を落とした。
落ち込む資格があるとすればそれはナマエの方だ。

「あの、結婚も子供も、君が望むタイミングで構いません。急ぐ必要なんてないんです。だから、別れるとは言わないで下さい」

そもそも、なぜナマエに結婚と出産に対する拒否権が存在しないのか。
宗像は完全に、ナマエがそれを、たとえ今ではなくともいつかは望むことを必定として話している。
その自信は一体どこから来ているのか、腹立たしいことこの上ない。
そしてさらに憤懣やる方ないのは、ナマエ自身に拒絶の意思がないことだった。

宗像との結婚を考えたことは、これまでになったの一度もなかった。
当然、二人の間の子供を想像したこともない。
だが、たった今この瞬間に脳内で繰り広げた未来予想は、決して嫌なものではなかった。
恐らく、尋常ではないほど苛々させられるだろう。
そんなことは、今日の宗像を見ているだけで一目瞭然だ。
ことある毎に振り回され、面倒な事態に巻き込まれ、散々手を焼く羽目に陥るのだろう。
だが決して、それを嫌だとは思わないのだ。

絆されたのかもしれない、とナマエは冷静に分析する。
これまで、恋人なのか単なる上司と部下なのかも分からなかったような相手から突然暴露された情愛は、盛大に拗れているが純粋だった。
ひたすらに求めてくれているのだと実感した。
当然、悪い気はしなかった。
だがそれを素直に認めることが、今、少しだけ悔しい。

「……急ぐ必要はないって。誰も室長と結婚するなんて言ってないんですけど」

だから、このくらいの意趣返しは許してほしい。
気に障ったのだ。
まるで家族を安心させるため、また世間体のために結婚して子供を作ろうとするかのような言い方が、気に入らなかったのだ。
それもこれも、結局ナマエが自覚していた以上に宗像のことを好きだという証左なのだろう。
そう考えると余計に癪だが、だからこそ少しの八つ当たりをさせてほしい。

「これまで適当にほったらかしておいて、王様じゃなくなったからはい結婚しましょう?随分と虫のいい話ですねえ」

そのことにも、少し怒っているのだ。
説明された宗像の真意が理解出来ないとは言わない。
常に切っ先の真下に存在する王の生き方に巻き込みたくなかった、というのはきっと本音なのだろうし、それは宗像の愛ゆえかもしれない。
だが、それだって身勝手な愛情だ。

「……もうちょっと私の話も聞いてくれたってよかったんじゃないで……す、か………って、室長……?」

目の前で、宗像の頬が青褪め唇が戦慄く。
次の瞬間、泣き出すのではないかと見ているナマエが焦るほどに表情が崩れた。

「き、らいに、なりましたか……?」

恐る恐る確かめられ、ナマエは目を瞠る。
まるで親に見放された幼子のように傷付いた瞳で、宗像はナマエを見ていた。

「……もう、愛想が尽きました、か……?」

極端すぎる。
先程まで当然のように子作りを提案していたかと思えば、突然これだ。
だがナマエは、宗像の感情の振り幅が大きくなっていることを良い傾向だと感じていた。
かつてのように、何もかも抑え込んで作り物めいた笑みを張り付けているより、ずっといい。

「すみません、言い過ぎました」

素直に感情を晒され、ナマエもまたそれに倣った。
分かりやすいよう、目の前にある宗像の身体に抱き付いて胸元に顔を埋める。

「……嫌いになってないです」

制服に阻まれてくぐもった音になったが、宗像はきちんと聞き取ってくれたらしい。
次の瞬間、背骨が軋むほど強く抱き締められた。

「本当ですか?」
「ほんとです」
「私に気を遣ってくれているのですか?」
「遣ってません」
「嫌いではないだけで好きでもないということでしょうか」
「好きですって」
「あとで嘘だったなんて言いませんよね?」
「くどい!」

馬鹿馬鹿しいやり取りを、抱き締め合ったまま続ける。
きっと、最も雄弁なのは互いの腕だった。
宗像もそれを理解しているのか、耳元でふふ、と笑みを零される。
やっと笑った、とナマエは少しばかり安堵した。

「聞きたいことが二つほどあるのですが、構いませんか?」
「……どうぞ」

抱き締められたまま、ナマエは宗像の胸元で小さく頷く。

「名前で呼んでも構いませんか?」

何を聞かれるのかと身構えていれば随分と可愛らしい質問で、ナマエは思わず頬を緩めた。
宗像のことだからまた突飛な話になるのかと思っていたが、この程度なら何の問題もない。

「いいですよ、礼司さん」
「ーーっ、……ありがとうございます、ナマエ」

互いに初めて呼び合った名は、どこか擽ったかった。
顔は見えないが、恐らく宗像は嬉しそうな笑みを浮かべているのだろう。
そんな想像をしていたナマエは、二つ目の問いに硬直した。

「では、私と結婚してくれますか?」

つい先程、急がなくてもナマエの望むタイミングで構わないと宣ったその口で、舌の根の乾かぬうちにこれである。

「あ、すみません、二つではなく三つでした。子供を作りませんか?」

呆れ返って物も言えなくなったナマエを置き去りに暢気な声で質問を追加され、その内容にナマエは今度こそ宗像の脛をブーツの先で蹴り飛ばした。
かなりいい音がして、宗像が声もなくしゃがみ込む。
右の脛を押さえて蹲る宗像を見下ろし、ナマエは思わず鼻を鳴らした。

「ーー 酷いです、ナマエ。それが婚約者に対する態度ですか」
「誰が誰の婚約者ですか」
「勿論君が私の、」
「真面目に答えないで下さい」

しゃがみ込んだまま見上げてくる宗像は、若干涙目だった。
相当痛かったらしい。

「…………分かりましたよ」
「え?」
「……婚約、からですからね。結婚も子供もまだですからね」
「ナマエ……!!」

つい今し方まで半ば悶絶していたことが嘘のように、宗像が颯爽と立ち上がりナマエの両手を握り締めた。
効果音が聞こえてきそうなほどに目を輝かせる宗像を見遣り、ナマエは苦笑する。

「では早速婚約指輪を買いに行きましょう!」
「は?」

唐突に宣言するなり、宗像は先程まで絶対に開けようとしなかった扉を無駄に左右両方開け放ち、ナマエの手を掴んで歩き出した。

「ちょ、ま、室長?!」
「礼司ですよ、ナマエ」
「いやいやいや、誰かに聞かれますって」
「聞かせてあげましょう」
「あげましょうってなんですか。そもそもどこ行く気ですか」
「ですから、指輪ですよ」
「今仕事中なんですけど?!」

駄目だこりゃ、と本気で思う。
遠足に向かう小学生のような足取りで、宗像は青い裾を翻しながら廊下を突き進んだ。
途中で擦れ違った何人かの隊員たちが口をぱっくりと開けて間抜け面を晒していたが、生憎と今のナマエにそれを揶揄する余裕などない。
宗像に半ば引き摺られながら、ナマエは気が付けば本棟の外まで連れ出されていた。

「室長、ほんと、待って下さいって」
「何度も言わせないで下さい、ナマエ」
「礼司さん!」
「はい、なんでしょう」
「なんでしょうじゃなくて!制服!」

あろうことか宗像は、そのまま屯所の正門に向かおうとするのだ。
こんな目立つ格好でジュエリーショップに入ったら、間違いなく羞恥に震える。

「おや」

それまでナマエが何を言おうと猪突猛進だった宗像が、初めて立ち止まり振り返った。
その顔に、蕩けるような笑みが浮かんでいる。
嫌な予感がした。

「では、着替えたら指輪を買いに行ってもいいということですね?」

的中。
ナマエは己の失言に頭を抱えたくなった。
これもきっと時差ぼけのせいだ。
決して、決して宗像に絆されたわけではない。

「………もうなんでもいいです」
「任せて下さい。君に似合う飛び切り素敵な指輪を選んでみせますよ」

デザインの話ではない、という言うだけ無駄な訂正を、ナマエは溜息と一緒に飲み込んだ。
人生諦めが肝心だ、とよく言うではないか。

「さあ、行きましょう」

真っ青な制服に身を包んだ宗像が、青空の下、満面の笑みでナマエに手を差し出した。
随分と幸せそうだった。
ナマエは小さく笑ってその手の上に自らの手を重ね、きゅっと握り締める。
宗像が眦を下げ、同じようにナマエの手を握り返すと再び歩き出した。






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