[13]愛の真ん中に、いつだって
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「私も、礼司さんと、一緒です」

ナマエが、静かに言葉を紡いでいく。

「礼司さんは、自分の能力を活かさないと、満足出来ない人。でしょ?」
「……そう、でしょうか。……そうかも、しれませんね」

唐突な問いに、宗像は鈍くなった思考を巡らせる。
確かにナマエの指摘通りだと思った。
宗像は幼少の頃よりずっと、自らの才覚に相応しい生き方を求め続けていたのだ。

「それを、知ってる、から。だから、石盤が破壊された時、礼司さんを連れて、逃げたりしなかった。……本当は、ちょっとだけ、そうしたかった、んですよ」

え、と零れ落ちた音を拾って、ナマエが微かに苦笑する。

「そうしたら、礼司さんは、私だけのものなのに、って、思った」

その瞬間、眩暈がするかと思った。
脳髄が甘く痺れ、宗像の理性を削ぎ落とす。

「でも、矛盾してて。私は、礼司さんを独り占め、したいけど。でも、礼司さんに、室長として、セプター4を率いて、戦っていてほしいって、思うのも、ほんとです」

殆ど宗像が一方的に繋いでいた手を、ナマエに握り返された。

「礼司さんと、一緒、でしょ」

それはつまり、宗像の抱く矛盾の話なのだろう。
何があっても生き残ってほしいと遠ざけたが、同時に、最期まで共にいたいと願っていたように。
そして、ナマエがセプター4という組織で仲間に恵まれ、居場所を見つけたことを喜ぶ反面、本当は自分だけのものにしておきたいと希うように。
ナマエもまた、室長として大義を貫く宗像であってほしいと願いながら、個人としての宗像を独占したいとも望んでくれている。

「……だから、今はいいんです。まだ、我慢して、みんなの礼司さんを、傍で見てます。でもいつか、礼司さんの理想が叶ったら、その後は、私だけの礼司さんに、なって下さい」

プロポーズをされている、と思ってしまった宗像を、誰が責められるだろうか。
ナマエにその意図がないことは宗像とて理解しているが、それにしても何と熱烈な台詞なのだろう。
宗像は先刻自らがナマエに告白した内容など棚に上げ、歓喜に打ち震えた。
抱いていた疑懼が全て杞憂だったのだと知り、崩れ落ちそうなほど安堵した。

「ねえ、礼司さん」
「……は、い……っ」
「資格なんて、いらない、です」
「ナマエ……?」

不意にナマエが困ったように、どこか痛むように柳眉を寄せる。
思わず名前を呼ぶと、ナマエは何かに耐えるように一度唇を噛んでから、やがてゆっくりと言葉を落とした。

「……私みたい、な、出来損ないに、ほんとは、礼司さんを、独り占めする資格なんて、ないから、だから、そういうこと、言わない、で、」

それ以上、聞いていられなかった。
繋いだ手を思い切り引き寄せ、宗像はナマエの身体を抱き締める。
ワイシャツ越しに感じる温もりと、微かな震えに、涙が出そうだった。

「すみません、ナマエ……っ。私が悪かったです。二度と言いません。だから君も、君自身を貶めるようなことは言わないで下さい。すみません、」

君の幸せを願う資格なんてない。
君の傍にいる資格もない。
先程、宗像はそう言った。
それをナマエはきっと、今の宗像と同じ思いで聞いていたのだろう。
宗像がナマエの自らを貶める言葉を嫌忌するように、ナマエもまた、宗像が自らを蔑むことが許せないのだ。
そして何よりも、資格がないという自己評価は、相手への拒絶に他ならない。
それを、宗像はナマエに言われて初めて知った。
相応しくない、資格がない。
宗像はこれまでに何度、醜い欲望を自覚して己を蔑んだだろうか。
その度にナマエは、どんな思いでそれを否定していたのだろうか。
知らぬ間に傷付けてしまっていたのだ。

「私は、礼司さんが、礼司さんだから、それでよくて、それがよくて、」
「はい。私もです、ナマエ。私も、君がいいんです」

ナマエは出来損ないなどではない。
たとえ、生きてきた境遇やそれゆえの未熟さに対してそう評する人間がいたとしても、宗像はそれを許さないし、天地がひっくり返っても同意などしない。
ナマエは宗像にとって、世界で一番いい子なのだ。

「……私は、怖かったのです」

痩躯を掻き抱き、ナマエの頭に頬を押し当てて宗像は心情を愚直に吐露する。

「君との間に、溝が出来てしまった気がして。これまでのように、絶対的な信頼を貰えない気がして。君との関係が壊れてしまうことが、恐ろしかったのです」

ん、と小さく理解を示したナマエが、宗像の背に手を回した。

「……私も、こわかった。様子、変だったから、私のせいで、何か、嫌なのかなって、思って」
「そう、だったのですね。すみません」

宗像が自己嫌悪に陥り、ナマエとの距離感を掴み兼ねていたことが、言動に表れていたのだろう。
それが、ナマエを不安にさせていた。

「ねえ、ナマエ。私の思い上がりならば、否定して下さいね」

少し腕の力を緩め、ナマエの顔を覗き込む。
数日前、どこかのバーでマスターが独り言ちた、その言葉を思い出していた。

「君は、私が望んだことを良しとしてくれる。そう、自惚れてもいいのでしょうか」

宗像を見上げたナマエが、一度瞬きをしてから、珍しくもその顔にどこか悪戯っぽい笑みを乗せる。

「それは、礼司さんが、馬鹿みたいに難しく、考えた方じゃなくて、本当の、本音の方、ですか?」
「ええ、そうです」

その問いに、宗像は思わず苦笑した。

「君と生きたい。いつか君を独り占めしたい。そういう願いです」
「それなら、自惚れじゃない、です」

迷いなく、でもなぜか僅かな含羞を滲ませて答えるものだから、宗像まで釣られて照れ臭くなってしまう。
互いに視線を泳がせ、やがてもう一度目が合ってから、吹き出すように笑った。


その後、場所をソファからベッドに移しても、宗像はナマエを離さなかった。
ずっと思惟に巣食っていた憂懼と隔絶が消え失せ、ようやく、心からナマエを抱き締めることが出来る。
触れ合う温もりに、油断をすれば目頭が熱くなった。
私の我儘です、と普段はあまりしない腕枕にナマエを乗せ、その頭を胸元に抱え込んで沖融に浸る。
着替えた宗像の浴衣を指先で摘んだナマエは、何の抵抗もなくされるがまま、宗像に擦り寄った。
その安心しきった無防備さが愛おしくもあり、同時に酷く宗像の理性を揺るがせる。
いつもそうだった。
ナマエは恐らく、宗像を"男"として意識していないのだろう。
そもそも、ナマエが自らを"女"として認識しているかどうか、それすら怪しいと宗像は思っている。
きっとナマエに、男女の関係だとか恋愛だとか、そういう概念はないのかもしれない。
宗像としても、恋人になりたいだとか恋愛をしたいだとか、そういう考えはないのだ。
そのような、世間一般の枠組みに当て嵌めた関係性は必要ない。
宗像にとってナマエは唯一無二の存在で、それ以外の何でもない。
名称など、宗像にとっては瑣末なことだった。
しかしそれと、愛する人により深く触れたいという動物としての欲求は、また別の話だろう。

この際、と思ってしまったのは、安堵により気が緩んでいたからなのかもしれない。

「……キスをしても構いませんか、ナマエ?」

唇を重ねたことは、幾度かある。
しかし、それを敢えてキスと称したことも、わざわざ確認をしたこともなかった。
そう言えば、少しはナマエの意識に何かが引っ掛かるかと思ったのだ。
だが生憎とそう上手くいくはずもなく、ナマエは微塵も躊躇せずに顔を上げて瞼を閉じた。
拒絶されないことを喜べばいいのか、全く意識されないことを嘆けばいいのか。
宗像は結局苦笑し、ナマエの唇に触れるだけのキスを落とした。

まだまだ先は長そうだ、と思う。
しかしそれは決して悪くなかった。
二人の時間は充分にあるのだから、焦る必要などどこにもない。

宗像はナマエの少し冷えた唇を感じながら、重ねるだけの口付けを何度も繰り返した。






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