[3]限界まで戦う貴方であるように
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「……怒っています、よね……」

読戸ゲート付近に駐まっていた指揮情報車で、ナマエの手当てを受ける。
淡島に殴られた左頬は、しっかり熱を持っていた。
救急セットから湿布を取り出したナマエが、宗像の問いに顔を上げる。
答えは聞くまでもない、と宗像は逃げるように視線を落とした。

まさか、こんなことになるとは思ってもみなかった。
淡島と特務隊の面々が援護に駆け付けた、というだけでも宗像には意外な展開だったのに、そこにナマエまで現れたのだ。
最後にモニターで確認した時、ナマエは間違いなく東京と宇都宮の丁度中間辺りにいた。
そこから、何らかの理由で引き返して来たということなのだろう。
ナマエは、宗像が諦めた命を掬い上げた。

死にたかったわけではない。
死を前提として動いたわけでもない。
しかし、今にして思えば宗像の中で"王の最期"というイメージは、一つしかなかったのだろう。
赤い大剣、貫いたサーベル。
自らもまた周防尊のように死ぬのだと、どこかで確信していたのかもしれない。
だから、覚悟はしていた。
たとえ命を落とすことになってもなお、貫きたい理想があった。
自らの存命を第一には考えなかった。
そんな身勝手で、宗像はナマエを手放したのだ。
宗像を唯一無二とし、必要とし、慕ってくれた子を、置いて逝こうとしたのだ。
かつて、私は君のものだ、だから置いては行かないと、何度も約束していたのに。
宗像はその約束を反故にした。
それはきっと、ナマエにとっては手酷い裏切りだったに違いない。
そのナマエに命を救われたというこの状況で、宗像はどんな批難も甘んじて受け入れるつもりだった。

「……別に、怒ってない、です」

しかし、湿布を片手にナマエが零したのは予想に反して否定の言葉で、宗像は思わず顔を上げる。
ナマエは確かにその発言通り、表情に瞋恚を浮かべてはいなかった。

「分かって、たんですよ」
「……分かっていた、ですか?」

何を、と首を傾げた宗像の視線の先、ナマエが言葉を探すように視線を泳がせる。
宗像は焦る気持ちを抑え、黙って続きを待った。

「安萬に行け、って。あれは、礼司さんの本心、じゃない」

え、と宗像の声帯が勝手に震える。

「本当は、そんなことが、言いたかったんじゃない」

宗像の真意を断定する言葉に、しかし当の本人である宗像は戸惑いを隠せなかった。
ナマエは、宗像がナマエを遠ざけたことを本意ではないと言い切っている。
しかし宗像にとって、それは間違いなく心から望んだことだった。

「……ナマエ、私は、」

たとえ自分が死んだとしても、ナマエには生きていてほしかった。
今更な配慮かもしれないが、そう口にすることは憚られて言葉を切った宗像の前で、ナマエは小さく苦笑する。

「ほんとは、一緒に、生きたいって、思ってくれてた、でしょ」

その言葉は、宗像の心髄を貫いた。
瞠目し、声を失くした宗像を見て、ナマエは緩やかに目を細める。

「……でも、戦いたかった。通したい意地があって、曲げられない理想が、あって、拘りたい、矜持もあって、」

訥々と、しかし迷いなく紡がれていく宗像の心情。

「そのために、遠ざけようとしたって、分かったから。だから、命令に従う、ふり、したんです」

ナマエはそう言って、宗像の目を誤魔化すために一度東京を離れたこと、そして宗像が読戸に降り立ってから引き返したことを順に説明した。
最初から、そうするつもりだった、ということも。

「……王としての、室長の、邪魔はしなくなかった。けど、礼司さんを、死なせるつもりも、なかった」

ナマエは宗像の決意を全て理解し、受け止めてから、その裏で宗像を救う算段を立てていたのだ。

「礼司さん、は、素直じゃない、から」

極々小さく、ナマエが笑う。
諦めにも似た表情で、頬を緩める。

「あれは、すごく遠回しな、一緒に生きたいっていう、願いでしょ」

もう一度繰り返されたその言葉に、宗像の胸臆が震えた。
そこに隠されていた底意が、突然溢れ返る。
宗像に、それを否定する術はなかった。

ナマエの言っていることは、全て正しい。
本当は、生きたかったのだ。
理想も矜持も、間違いなく宗像の真実ではある。
だがそれと並行して、ナマエと生きていたいと渇望したこともまた、宗像の本懐だった。
そしてそれを許せなかったから、宗像はナマエを遠ざけたのだ。
宗像礼司個人として幸福を渇求する感情を、甘えだと切り捨てた。
そうして胸の内に仕舞い込んだ切情を、ナマエは難なく見つけてしまったのだ。

「だから、別に、怒ってないです」
「ナマエ………、ですが、私は……」

全てを受け入れ、一言も批難の言葉を口にしなかったナマエに、宗像は感謝するべきだろう。
実際、その宗像に対する理解と懐の深さにはこれ以上ないほど心を打たれた。
しかし、ならばそれで万事解決というわけにはいかないのだ。
ナマエは宗像を第一に考え、全てを、文字通り命をも賭けてくれた。
対して宗像は、個人としてナマエを選ばず、王として自らの理想を取った。
ナマエを蔑ろにした、と言われれば弁解の余地はないだろう。
君は私のもので、私は君のものだ、と言っておきながら、宗像はその誓いを破ったのだ。

「いいんです」

何と言葉にすれば良いのか分からず唇を噛んだ宗像を見て、ナマエが静かに微笑う。

「礼司さんは、それでいい。馬鹿で、勝手で、いいんです。……礼司さんが、諦めても、私が諦めない、から」

その時、初めてナマエの双眸が揺れた。
ナマエを遠ざけるという意図の含まれた命令を受けた時も、ダモクレスダウンを目前にした時も、宗像の本心を確かめた時も決して揺らがなかったナマエが、初めて僅かに瞳を濡らす。
次の瞬間、宗像は跳ねるように台から立ち上がって目の前の身体を抱き竦めていた。

「ーーっ、すみま、せ……っ、ナマエ……っ、」

力加減など一切考えられず、ただただ必死でナマエを掻き抱く。

「すまない、本当に……っ、俺は、」

一人称が曖昧になったことにさえ、しばらくは気付かなかった。

「言い訳は、しません。でも、嘘ではないんです。君を、君だけを愛しています……っ、本当に、」

何を言っても、宗像がナマエを一度手放したという事実は消えない。
置いて逝こうとした。
この世界に一人、残そうとした。
愛していたから、生きていてほしかったから、自らの今際を見せたくなかったから、遠ざけた。

「本当に、すみません……っ」

だがそれらは全て、宗像のエゴイズムなのだ。






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