いま、永遠を約束しよう[2]
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この男には瞬間移動の能力が備わっているらしい。
一瞬で背後を取られ、ナマエは宗像の奇天烈なハイスペックに短く嘆息した。

「何ですか。話すことなんてもうないんですけど」
「落ち着いて下さい、ミョウジ君」

あんたが落ち着け。
ナマエは胸の内でそう言い返しながら、黙って腕に力を込めた。
しかし扉は宗像による真逆の力に押さえ込まれて一ミリ足りとも動かない。
膂力勝負で勝てるわけがないことなど分かりきっているナマエは、うんざりと呼気を垂れ流した。

「で?何ですか」
「君はどうして怒っているのですか?」
「それが分からない室長に怒ってるんですよ」
「私は何か君の気に障ることを言いましたか?」

その無神経な質問に肯定も否定もしたくなくて、ナマエは逡巡する。
確かに、気に障ったのだ。
しかしそれを認めるのも癪で、ナマエは小さく舌打ちを零した。

「……別に、もういいですからここから出してもらえますか」
「いいえ、駄目です」
「馬鹿なことを言い出すほどお暇な室長にはご理解頂けないかもしれませんがこっちには仕事があって大変忙しいんで開けてもらっても構いませんか」
「駄目です、と言ったはずですよ」

二度目の長広舌は何の意味も成さず、ナマエはいよいよ腹立たしくなる。
込み上げる瞋恚をそのままに宗像の脛を蹴り飛ばしたい衝動に堪えるため、ゆっくりと目を閉じた。

「私の発言が君を怒らせているということは理解しました。しかし私には君が具体的にどの言葉に対して怒っているのか、またその理由が分かりません。それをきちんと説明して下さい」

背後から落とされた要求こそ、ナマエにはさっぱり理解出来ない。
しかし声音からは真摯な響きを感じ取ることが出来、ナマエは渋々口を開いた。
このまま無言を貫いても解放されないのならば、馬鹿馬鹿しいことこの上ないが説明するしかないのだ。

「……室長にとって子供がご両親やお兄様に見せるための玩具だとしても別に構いませんし、奥さんがその子供を産ませるための道具でも私は知ったこっちゃないんですよ」

でも、とナマエは本音を白状する。

「生憎私は、貴方の道具になるつもりも、子供を貴方の玩具にされるつもりもないんです。だからお断りします。そんなに都合のいい奥さんと子供が欲しいなら、さっきも言いましたけど適当にその辺の女見繕って下さい。私に遠慮する必要なんてありません。今すぐ別れま、」

それ以上、ナマエの口から音が出ることはなかった。
唐突に宗像がナマエの身体を反転させ、ナマエの背中をドアに押し付けると強引に唇を重ねたのだ。
別れますから、と続くはずだったナマエの声は宗像の咥内に飲み込まれた。
突然の接触に驚いていたナマエは、宗像の舌が歯列を割って入り込んできたところで我に返り、そして苛立った。
だから宗像の舌に思い切り噛み付いた。
然しもの宗像もその攻撃には耐えられなかったらしく、ぱっと唇が離れる。
切れた部分を確かめるように、宗像の上唇が赤い舌をなぞった。
僅かに血が滲んでいるが、申し訳なさなど欠片も感じない。

「すみません」

情けなく眉尻を垂らした宗像が、手の甲で唇を拭った。

「謝罪はいいんで退いてくれませんか」
「いいえ。申し訳ありませんが、それは出来ません」

ここまで拒絶してもなお迫ってくる強引さに、ナマエは怒りを通り越して呆れた。
中身はともかくとして、その外見と地位があれば女など引っ掛け放題だろうに、なぜここで無駄な労力を費やすのか。

「私の話を聞いてもらえますか、ミョウジ君」

先程からずっと聞いている。
嫌々渋々ではあるが、強制的に聞かされている。
ここでノーと言って背後の扉が開くならばそうするが、生憎そうはならないことを知っている。
宗像の然も相手のことを思っていますと言わんばかりの前置きは、いつだって自分本位だ。

「君は、河野村氏による事件を憶えていますか?」

ナマエの無言を宗像は消極的な肯定と解釈したらしく、話は始まった。
随分と懐かしい事件を口にした宗像に、ナマエは一つ頷く。

「あの事件の最中、私は姪の誕生日パーティに参加するため今回のように実家に戻りました。早く子供を作れ、と兄に催促されるようになったのは、その時からです」

また誕生日パーティか、とナマエは内心で突っ込んだ。
しかも河野村の事件といえば、当時のセプター4史上最も苦戦した一件だったのだ。
どこにそんな余裕があったというのだろうか。

「子供は可愛くていいぞ、と言われて。その時私が思い浮かべたのは、私と君との子供でした」

宗像が、やんわりと苦笑する。

「でも、私は兄に対して善処します、としか返せませんでした。それ以降、実家に戻るたび子供はまだかと聞かれましたが、私はその度に同じ言葉を口にしました」

レンズの奥、紫紺が躊躇うように揺れた。
どこか申し訳なさそうに、宗像が言葉を探して唇を蠢かせる。

「……王であった時、私は君との結婚を考えたことはありませんでした。死ぬつもりだった、とは言いません。ですが、覚悟はありました。だからこそ、君の未来を縛るつもりは毛頭ありませんでした」

宗像の右手が持ち上がり、ナマエの頬に添えられた。
指先がゆっくりと顔の輪郭をなぞる。

「本当は、交際をするつもりもなかった。あれは私の意思の弱さが招いた甘えでした。……少しでも、限られた時間でも構わないから、君の特別でありたいと」

頬骨の上を撫でる親指が、微かに震えた。

「いつか遺していくことになるかもしれない君の、重荷にならないように。最低限の言葉と短い逢瀬、それだけで我慢していました。でも、本当はもっと伝えたいことがありました。毎晩、朝まで君を抱き締めていたかった」

静謐だった声音に、少しずつ熱が混じっていく。
澄んだ紫紺に、深い恋着が揺らめいた。

「だから、王でなくなった時、私は君を求める資格を得たのではないかと思いました。君がよかった。君だけがよかったんです。道具でも玩具でもありません。そんなことを言わせてしまって、本当にすみません」

自嘲するように、宗像が唇を歪める。
短く吐き出された溜息は、僅かに震えていた。

「私は決して、兄に報告するために子供が欲しいわけではありません。ただ、君と一緒に生きたかったんです」

そこまで言って、宗像はまるで懺悔するかのごとく目を伏せた。
長い睫毛が、白皙の頬に影を落とす。

馬鹿じゃないのか、と思った。
だからそう言った。

「なんで最初っからそう言わないんですか……」

なぜ、今の一連の台詞を最初から言ってくれないのだ。
なぜ、子作りに協力して下さい、から始まったのだ。

「……すみません。二ヶ月も君に会えないのは初めてだったので、帰って来てくれたことが嬉しくて。つい順序を間違えてしまいました」

つい、で間違える事柄ではない。
そもそも間違えていたのは順序だけではない。

「室長って、頭いいのに何でそんなに馬鹿なんですかほんと。意味が分かりません」

時差ぼけでも仕事による疲労でもなく、純粋な脱力感に襲われてナマエは扉に体重を預けた。





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