いま、永遠を約束しよう[1]
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※ K RETURN OF KINGS #13「Kings」及び、青の事件簿 下巻ネタバレ注意










「ミョウジ君、君に一つ頼みがあります」

午後二時の室長執務室。
部屋の主、豪奢な椅子に腰掛けた宗像礼司がデスクに両肘をつき、両手を組み合わせた体勢で毅然と切り出した。
呼びつけられたナマエはそのデスクの前に立ち、内心で小さな溜息を一つ。
石盤が破壊され、その善し悪しは別として、少なくとも労働基準法など全てスルーな勤務体制は緩和されると期待していたのに、その兆候は今のところ皆無であった。
僅かに残った異能により、ストレイン犯罪は未だ存在するし、石盤解放時に大量発生した異能事件の後始末は終わる気配さえない。
石盤があろうがなかろうが、現時点でセプター4は相変わらずのブラック企業っぷりを盛大に発揮していた。

今度は一体どんな厄介な案件なのか、ナマエは無自覚のうちに身構える。
無理もないはずだ。
何せ、二ヶ月前に同じ台詞で以て宗像から与えられた指示は、渡米してアメリカで発生した異能事件の後処理をして来い、というものだったのだ。
石盤解放時における力の拡大は国内だけに留まらず、海外でも大量のストレインが発生した。
これまでストレインは日本にしか存在しなかったのだから、海外にセプター4のようなストレイン対策組織はない。
よって、セプター4の隊員がわざわざ海を越え、現地の警察やら治安部隊やらを直接指揮するという展開に陥ったのだ。
かつてこれほど面倒な任務はなかった、とナマエはこの二ヶ月を振り返って思う。
仕事中、職務を放棄して逃げ出そうと本気で計画を立てたのは初めてだった。
勿論それを実行に移さなかったからこそ、ナマエは厖大な量の後始末を終えて今朝日本に帰国したのだが。
まさか、帰国早々次の任務を言い渡されるとは思ってもみなかった。
一週間の休暇、なんて贅沢は言わないが、せめて一日くらい有休を取らせてもらえると期待していた。
どうやらその見通しは甘かったらしい。

「お疲れのところ申し訳ないのですが、大丈夫ですか?」
「……拒否権なんてありませんよ」

頼みがあるだの、大丈夫ですかだの、表面上は穏やかな言葉選びだが、宗像の命令は絶対である。
ナマエは伏見ばりの舌打ちをかましたい衝動を堪え、何ですか、と内容を訊ねた。

「実は、子作りに協力してほしいのですが、」

そして、耳を疑った。
これはきっと、聞き間違えだろう。
二ヶ月間休みなしで慣れない土地を奔走し、司法省やら国土安全保障省やら国防総省やらとの調整に神経を尖らせ続けたせいで、脳味噌が爛れているのだ。
または時差ぼけだ。きっとそうだ。
ナマエは回転の悪い思考を何とか結論まで持って行き、聞き返す、という選択肢を選んだ。

「すみません、今なんて言いました?」
「ですから、私と子作りに励んでほしいのですが」

だめだ、耳が馬鹿になっている。
または宗像が馬鹿になっている。

「……室長、すみません。聞き間違いですかね。子作りって言いました?」
「はい、言いました」
「…………何かの暗号ですか?」

作戦名とか、隠語とか、そういうものだ。きっと。
飲食店の店員が休憩のことを"一番"と言ったりするのと同じで、きっと"子作り"とは出張報告書を書けとかそういう意味だ。

「いいえ、言葉通りの意味です」
「…………なんでそうなりました?」

あんた馬鹿ですか、という悪態を存分に含めてナマエは宗像の意図を訊ねた。
正直に白状するとそんなことは聞かずに今すぐ回れ右して自室に籠城したかったが、なけなしの部下根性で留まってみせる。

「それがですね、」

そう言って宗像は、まるで多数の死者が発生した事件の概要を説明するような神妙な口調で事と次第を話し始めた。

「先日、甥の誕生日パーティに出席するため実家に戻ったら、兄に子供はまだかと責付かれまして。去年一昨年くらいから催促はされていたのですが、いよいよ本格的に期待されるようになったので、いい加減手を打とうかと思った次第です」

ナマエは、突っ込みどころが満載で何から追及すればいいのか分からない、という状況に初めて遭遇した。
とりあえず、ふざけるな陰険眼鏡こっちは昨日までくそ忙しかったのに何が誕生日パーティだ、と心の中で吐き捨てる。
正確には少し声に出た。
地獄耳の宗像には届いたはずだが、生憎聞こえなかった振りをすることにしたらしい。
宗像は笑顔の見本として教本に載せられそうな完璧な笑みを浮かべ、ということですので、と破綻した理論を強引に接続させた。

「君にご協力頂きたいのですが、構いませんか?」

構う。盛大に構う。
構わない人間がいるなら今すぐここに連れて来てほしい。
そしてこの馬鹿の相手をしてほしい。
そもそも、真昼間の歴とした職務時間中に執務室でセックスの話をするのは間違いなく、百パーセント確実にセクハラだ。

「………室長、頭大丈夫ですか?どっかで転びました?思考回路ショートしてるんですか?」
「ミョウジ君。どんな言い回しでも失礼なことに変わりはありませんよ」

ナマエの暴言よりも部下に突然子作りを迫るほうが百万倍失礼かつ非常識なのだが、宗像に常識を説くことの無意味さを充分に理解しているナマエは反論を諦めた。
しかし、この奇想天外な提案を拒否するという正当な主張まで諦めるわけにはいかないのだ。

確かに、宗像とナマエは、そういう関係だ。
今となっては正確な日付など憶えていないが、恐らく二、三年前から恋人という仲ではある。
しかし、決して世間一般で言うところの恋人らしい恋人ではなかったのだ。
セックスをしたことがないとは言わないが、その数は片手で数え切れる程度であるし、互いの部屋に足を踏み入れたこともない。
勤務時間外の会話といえば、稀に執務室の茶室で宗像の点てる茶を飲みながら世間話をする程度で、言ってしまえば単なる上司と部下の域から抜けていないようなやり取りばかりだ。
何度か宗像の買い物に付き合って外出したことはあるが、とてもデートとは称せないような距離感だった。
勿論、メールのやり取りや電話なんかもしない。
睦言を交わしたことも殆どなければ、ハグやキスも両手の指で足りる程度。
ぶっちゃけた話、何回か後腐れのないセックスをしてしまった上司と部下、と言った方が恋人と言うよりも余程的確だった。

よって、突然子作りを迫られても困るのだ。
しかし生憎と、この馬鹿と天才は紙一重みたいな御仁にナマエの常識は通用しない。

「出来れば事は穏便に済ませたいので、君が協力をしてくれないと私も少々困ってしまうのですが」

言葉の通り困ったように苦笑しながら、遠回しに「拒否したら強姦する」と宣言した宗像を、ナマエは唖然と見つめた。
二年だか三年前だかの自分を心底恨む。
私とお付き合いをしてみませんか、なんてまるでちょっとコンビニに行きませんかみたいな調子で交際を提案してきた宗像に、断って話が拗れるのは面倒だからと手間を惜しんで頷いた自分を今すぐ絞め殺したい。

「そもそも順番がおかしいでしょうが!」

だから、その失言は時差ぼけのせいだったと思い込むことにする。
声を荒げたナマエを、宗像がきょとんと見つめた。
そして、唐突にぽんと掌を反対の拳で叩き、なるほど、と一人納得した。

「失礼しました。どうやら私は大切なことを失念していたようです。結婚しましょう、ミョウジ君」

もう嫌だ誰か助けてくれ、とナマエは呻く。
キラキラと、まるで素晴らしい妙案が浮かんだとばかりの笑顔があまりに鬱陶しく、更に言えば恐ろしく、ナマエは鬱積を存分に詰め込んで溜息を吐き出した。
唐突に子作りを迫り、抵抗すれば強姦するという宣言までした挙句、これまた突然求婚する馬鹿は世界中を探してもこの男くらいのものだろう。
そもそも、動機が兄に子供を催促されたからだという時点でおかしい。

って、なんでそれが不満みたいになってるんだ。

ナマエは疲弊した脳が誤って弾き出した感情を否定し、そろそろ本気で拒絶の意思を示そうと決意した。
仕事においてナマエに拒否権はないが、プライベートでまで宗像の言いなりになるつもりなど皆無なのだ。

「室長」
「はい」
「ぜっっっっったいに、お断りします」

呼びかけに対し律儀に頷いた宗像が、ナマエの答えを聞いて、おや、と首を傾げた。

「それはまたどうしてですか?」

なぜ、さも意外な結果に戸惑っている、みたいな表情になるのか。
石盤が破壊された瞬間、もしかしたら宗像からは王の力だけでなく何か重要な脳の神経が数本抜き取られてしまったのかもしれない。

「そんなもん自分で考えて下さいよ」

投げ遣りなナマエの回答に、宗像がふむ、と顎に手を添える。
本気で熟考の姿勢を見せられ、宗像にとってそれが思考を巡らせる必要のあることだ、という事実に嘆きたくなった。

「もしかして、君はまだ子供が欲しくないのでしょうか」
「違います。いや、違わなくはないけど違います」
「心配せずとも、セプター4にはきちんと出産休暇の制度がありますよ」
「そういう話をしてるんじゃありません」
「勿論育児休暇もありますよ」

宗像のコミュニケーション能力に障害が発生している。
または、事実を捻じ曲げるフィルターが百枚くらい二人の間に立っている。

「……室長、いい加減にしてもらっていいですか」

私も子育てには協力しますから云々と宣い始めた宗像を見て、ついに堪忍袋の緒が切れた。

「そんなに子供が欲しいならどっかのご令嬢でもその辺の女でも何でも適当に捕まえて勝手に種付けして下さい失礼します」

ノンブレスで吐き捨てたナマエは踵を返すと大股に扉へと向かい、その取っ手を掴んで荒々しく引こうとしたところで、

「待って下さい、ミョウジ君」

背後に立った宗像に、指先ごと扉を押さえ込まれた。





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