玉座を降りたあと[2]
bookmark


「アンナがこないだ、五條スクナに会いに行ってん」
「jungleの幹部だった少年に、ですか」

草薙が小さく顎を引く。

「話してみたい言うてな。……アンナは元々、あんま喋る方やない。せやけどな、王になってからはちゃんと言葉で伝えようとしとったわ」

短くなった煙草を灰皿に押し付け、草薙が笑った。

「八田ちゃんもな、伏見と話したんやて。和解って言うんかはよう分からへんけど、最近は連絡取り合うてメシ食いに行ったりもしてるらしいわ」

それは、宗像も気付いていた。
伏見から直接聞いたことはなかったが、雰囲気や態度から察することは出来た。

「話せば全部分かる、なんて言うつもりはあらへんよ。分からへんもんもある。せやけど、言わな分からへんことの方が多いんは確かやと思う」

アンナと八田、年若い仲間たちに想いを馳せているのか、草薙の表情は柔らかい。

「現に今も、あんたが喋ってくれたから俺はあんたの考えてることを理解出来た。あんたもそうやろ?」
「ええ、」
「確かにあんたと俺は脳味噌の出来がちゃうから、あんたの見てるもんが全部理解出来るわけやない。せやけどな、あんたには俺にも分かるように説明する頭の良さがあるやろ」

どこか戯けた口調で、草薙が宗像を評価する。

「せっかく頭ええねんから、上手いこと使いぃや。諦めんと、ぎょうさん話し。寡黙な男が持てるなんて嘘やで」

最後の一文に、宗像は思わず笑ってしまった。

「仲間に話したり。あんたの見たもん、思うたこと、あの子ぉらも知りたいんとちゃう?」
「……貴方は随分とお節介な人ですね」
「ははっ、よう言われるわ」

宗像は苦笑し、グラスを傾ける。
残っていた酒を飲み干し、そっとカウンターに置いた。

「同じものを頂けますか」
「Oui, monsieur」

仰々しく一礼する草薙に、宗像は苦笑を深める。
やがて、新たなグラスに琥珀色の液体が注がれた。

「あんたは餡子入れろとは言わへんねんな」

差し出されたグラスに手を伸ばしかけた宗像は、不用意に落とされた呟きに動きを止める。
中途半端に伸びた手で眼鏡の位置を直しながら、短く咳払いをした。

「彼女の嗜好をセプター4の共通意識だと思われるのは心外ですね」
「ああ、あれ世理ちゃんだけやねんな。そら一安心やわ」

宗像はかつて一度だけ飲まされたことのある餡子マティーニなるものの強烈な味を思い出し、微かに眉を顰める。
味蕾に蘇った不味を払拭しようと、ターキーを煽った。

「……その淡島君ですが。先週、貴方と一緒に出掛けたのだとか」
「なんや、知っとったんか」
「ええ。お二人はいつからお付き合いを?」
「………あーーー、うん、お付き合い、……うん、」

何気ない問い掛けのつもりが、草薙に煮え切らない態度を取られて宗像は眉を上げる。
そんな宗像の詰るような視線に気付いたのか、草薙が慌てて両手を振った。

「いやいや、ええ加減な気持ちやとかそういうことやないで?!」

草薙が、どこか焦ったように声を上擦らせる。

「これまではお互いクランのナンバーツーゆう立場やったからそういうんは考えてへんかったし、いざそれが突然なくなると戸惑うゆうか、」

若干の早口で弁明する姿が、自身の中にある草薙出雲という人物のイメージとは重ならず、宗像は少し可笑しくなって喉を鳴らした。
くすくすと笑う宗像を見て、はっと口を噤んだ草薙がやがて深々と溜息を吐き出す。

「……勘弁したってえな、タチ悪いわ……」
「失礼。少々意外でしたので」

眼鏡のブリッジを指先で押し上げ、宗像はそのレンズの奥から項垂れるバーテンダーを見遣った。

「状況は理解しました。心中もお察しします。ですが、あまり彼女を待たせるのは得策とは言い難い」

ん、と顔を上げた草薙の前で、宗像はターキーを舐めるように飲んでから左頬に手を添える。

「私の二の舞になりたくなければ、淡島君を怒らせないことです。彼女はなかなかの豪傑ですよ」
「……もしかして、ビンタでも喰らったん?」
「いいえ。……右ストレートでした」
「はあ?!」

宗像がやんわりと苦笑して訂正すると、草薙が大袈裟に仰け反った。
反応は人それぞれだな、と宗像は感心する。
たとえば伏見は、宗像が淡島に殴られたと知った途端に失笑したものだった。

「なんで?!いつ?!」
「石盤が破壊された直後ですね」

勢い込んで問い質され、宗像は静かに答えを返す。

「眼鏡が吹き飛ぶ、なかなか強烈な一撃でした」

宗像が殴られた箇所を指先でなぞれば、草薙が半笑いで頬を引き攣らせた。

「労に感謝したら、それだけでは足りない、と」
「……さよか」

草薙が一瞬眩しいものを見るように目を細めてから、やがて柔らかく苦笑する。

「……ほな、俺は世理ちゃんに殴られる前にはっきりせなあかんなあ」
「ええ、それがいいでしょう」

宗像は瞼を伏せて唇を緩め、新しい煙草に手を伸ばした。
草薙がすかさずZippoを鳴らして火をつける。

「あんたはどないなん?」
「ーー 何のことでしょう」

吸い込んだ煙をゆっくりと吐き出してから、宗像は問い返した。

「しらばっくれなさんな。そうゆう子ぉはおらへんのか、ゆう話や」
「………生憎と多忙の身ですので」
「世理ちゃん曰く前よりずっと余裕あるらしいし、伏見もしょっちゅう八田ちゃんと遊んでんで」
「…………先程の意趣返しというわけですか」

宗像は、はあっ、と白い溜息を吐き出す。
草薙がレンズの奥で意地悪く目を細めた。

「その様子やと何かあるらしいな。酒の席や、口滑らせてもうてもおかしくはないで」
「まだ二杯目ですよ」

そう冷静に返しながらも、宗像はぐいっと杯を呷る。
草薙が新しいグラスを手に取った。

「ミョウジナマエちゃん、やったか」

草薙が出した一つの名に、三杯目のターキーを俯き気味に眺めていた宗像の肩が揺れる。
それは、目敏い草薙でなくとも気付くほど明確な反応だった。

「……なぜ、その名を?」

ゆっくりと顔を上げた宗像の表情は取り繕われていたが、紫紺は僅かな戸惑いを宿している。

「吠舞羅の参謀を嘗めたらあかんよ」
「……まったく、厄介なことこの上ない御仁ですね」

宗像が薄く苦笑を零す。
そしてグラスに手を伸ばした。

「あんたが警察庁情報通信局から直々に引き抜いた子ぉやな。世理ちゃんも可愛がっとる」
「……ええ、そうです」
「青の王の懐刀」
「ええ、そうでしたね」

宗像は諦念を織り交ぜたように再び溜息を吐き、僅かに乱暴な手付きで煙草を灰皿に押し付ける。

「……もう、ええんとちゃうん?」
「何がでしょう」
「分かっとるはずやで。あんたはもう巨大な剣に四六時中命狙われとるわけやない。肩書きは一介の公務員や。普通の幸せかて望んでもええやろ」
「………今更、ですか」

宗像がふっと自嘲気味に呼気を零した。

「今やから、やろ」

草薙の答えに宗像は何か反論しかけ、しかし何も言うことなくその口を閉ざす。
あからさまな葛藤を見せる宗像の姿に、草薙は小さく笑った。

「あんたも人の子ぉやね。俺らと何も変わらんわ」
「……ええ、そうですね」

釣られたように、宗像が笑みを零す。
少し情けない、だが柔らかな表情だった。

「あんた、ええ顔してはるよ。少なくとも、こないだよりずっとええ顔やわ」

草薙の言葉に、宗像は少し目を瞠る。
次いで戸惑ったように視線を逸らしてから、面映い様子で唇を綻ばせた。







prev|next

[Back]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -