玉座を降りたあと[1]
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※ K RETURN OF KINGS #13「Kings」ネタバレ注意












「お邪魔しますよ」

宗像がその扉を開けるのは二度目のことだった。
前回とは異なり、カウンターの席に小さな少女の姿はない。

「ああ、宗像はん。待っとったわ」

カウンターの内側で、草薙出雲があの日よりも柔らかな笑みと共に宗像を迎え入れた。
宗像もまた、警戒心など見せることなく笑みを浮かべる。
背後で扉の閉まる音を聞きながら、椅子に足を運んだ。

「外、寒かったんとちゃう?先に何かあったかいもんでも飲むか?」
「いえ、問題ありませんよ」
「さよか。ほんなら何にする?」
「……ターキーを、ダブルで」

腰を下ろした宗像の前に灰皿を置きながら、草薙が淡いサングラスの奥で目を細める。
草薙はロックグラスを二つ用意し、背後のシェルフからボトルを持ち上げた。
宗像が、ジャケットの内側から煙草を取り出す。
草薙は何も言わずにZippoの火を翳した。

「ありがとうございます」

一口吸い込み、吐き出した宗像が穏やかな口調で礼を言う。
ふう、と白い煙が広がった。
草薙は同じボトルをそれぞれのグラスに傾け、一方をカウンターに乗せる。
宗像が左手でそのグラスを掴んだ。

「乾杯、ゆうても何に乾杯すればええんやろな」

同じようにグラスを掲げた草薙が、困ったように苦笑する。
宗像は一呼吸分置いてから、ふふ、と小さく笑った。

「では、柄ではありませんが、互いの無事に、ということでいかがです?」
「ははっ、確かに柄やないわ。でも、せやね。それにしよか」

からん、と二つのグラスがぶつかる。
その後、互いにグラスの縁に唇をつけた。

「でも、よう時間取れたなあ。そちらさんはまだ何かと忙しいんとちゃう?」

石盤は破壊された。
だが、異能全てが即座に消失したわけではなかった。
王の力とは比べるべくもないが、宗像の中にも僅かな青の力はまだ残っている。
異能者事件はその件数を劇的に減らしたとはいえ、皆無ではなかった。
その上、石盤解放時に全国各地で多発した異能暴走の後始末は一向に片付く気配を見せない。
宗像は王であった時同様に多忙の身だった。

「そうですね。相変わらず忙しい毎日です。しかし、セプター4には優秀な隊員が揃っていますから」

一晩くらい屯所を空けても問題はない、と宗像は微笑む。
とん、と灰皿の上で煙草を弾いた。

「……あんたは、これでよかったんか?」

グラスをからりと回しながら、草薙が囁くように訊ねる。
宗像以外に客のいない、BGMすらない店内で、その声は空気を震わせた。
宗像は片眉を上げて草薙を見遣る。

「石盤。あんたは壊したくなかったんやろ?」
「……そうですね。適正な管理のもとで行使することが最善である、とは考えていました」

前回このバーに呼び出された時、宗像は石盤を破壊すると宣言した赤の王にそう告げた。
その言葉に偽りはなかった。

「なら、この結果に納得は出来てへんのとちゃうんか?」

草薙の問いに宗像は顎に指を添え、やがていいえ、と静かに首を振った。

「若輩者の青臭い理想と笑って頂いて構いませんが、」

そう前置きした宗像が、煙草の先端に視線を落とす。

「私はこれまで、自らを他者とは隔絶された存在だと思っていました。たとえ理想を同じくする者がいたとしても、決して同じ視点で物事を見ることはない、と」

薄い唇にフィルターを咥え、息を吸い込んでから煙草を離した。
肺を満たしてから、紫煙を吐き出す。
草薙は黙したまま話の続きを待った。

「王は私にとって、存在意義だったのです」

生まれた時から、宗像は特殊だった。
両親とも兄とも異なる、圧倒的に秀でた存在。
何をしても常人より優れた結果を弾き出し、壁に阻まれることなどなかった。

「私は、私の夢である理想を私一人の手で創り出そうとしました」

その優秀すぎる能力は、集団からの排除という孤独を生んだ。
誰も宗像を理解することは出来ず、またそうしようともしなかった。
穎悟な宗像は、その孤独すらも当然のことだと理解し、そして許容した。

「それを必然だと思っていた。でも、それは私が努力を惜しんだ結果だったと、今は思うのです」

宗像は悟っていたのではなく、諦めていたのだ。

「理想を創り出すために必要なのは、石盤でもなければその能力や才知でもない、と。彼らに気付かされました」

それを教えてくれたのは、宗像を凌駕する不羈の才を持った者でも、宗像を打ち負かした者でもない。
確かに優秀ではあるが宗像と比較すればどこまでも凡庸で、どこにでもいるような者たちだ。

「……きっと、仲間と呼ぶのでしょうね」

臣下でも部下でも、ましてや駒でもない。
あの日地に伏した宗像を庇うよう並んだ背は、宗像に教えてくれた。

「理想とは一人で追い求めるものではなく、皆で創り上げるものだ、と」

まるで当然のことのように、彼らは宗像に手を差し伸べてくれた。
これまで、誰もが宗像を自分たちとは別の生き物か何かのように扱い、近付こうともしなかったのに。
彼らは何の衒いもなく、宗像の傍に立ってくれた。

「自己は、他者の認識によって初めて成立する。私の存在意義は、彼らの中にありました」

宗像は薄く笑い、グラスを傾ける。
舌の上を滑る重厚な甘みを感じながら、かつてこの酒を好んだ男を思い出した。
いじましい友情、と冷罵しながら、宗像はどこかで僅かな羨望を抱いていたのかもしれない。
孤高の王が傍に置く、仲間と呼べる存在を。

「……笑わへんよ、」

それまでバーテンダーらしく一言も口を挟まず宗像の話に耳を傾けていた草薙が、静かに告げた。

「あんたが辿り着いた結論を、俺は笑わへん」

きょとん、と宗像が年相応に目を瞬かせる。
草薙は頬を緩めて宗像を見下ろした。

「尊はな、」

まさにたった今思い浮かべていた男の名に、宗像は小さく息を呑む。

「あいつは俺のダチやった。それを親友と呼ぶんか悪友と呼ぶんかは分からへんけど、確かに友人やってん」

煙草のケースから一本引き抜いた草薙が、唇にフィルターを咥えた。
Zippoに火が灯り、先端を焦がす。

「せやけど、尊のことをちゃんと理解しとったんかて聞かれたら、自信はあらへんわ。十束の方が分かっとった部分もあるやろし、あんたしか知らんかった一面もある」

立ち昇る煙が二本に増えた。

「尊は自分の思うたことを喋らへん奴やった。何でも仕舞い込んで、言葉にはせえへんかった」

亡き友人を語る草薙の瞳に翳りはない。
そこにはただ、懐かしむような穏やかな温度だけがあった。

「こないだここでアンナが言うたこと、憶えとるか?」
「櫛名くん、ですか」
「あんたと尊はちゃうって」
「ええ、憶えています」

幼き王に諌められたことは、宗像の記憶に新しい。
かつてと立場が逆転したと、妙に可笑しくなったものだった。

「あんたと尊はどっか似てるわ。せやけどな、俺は同じようにはなってほしないねん」
「同じように、と言われましても。もうその心配は、」
「ちゃうよ。剣のことでも、今際の話でもない」

もう周防と同じ末路を辿る可能性はなくなった、と言いかけた宗像を遮り、草薙は少し険しい声音で付け足した。

「理解されへん、ってな。決め付けて黙ったらあかん」

はたり、と宗像の花瞼が瞬く。
どこか飄々とした態度を取ることが多い草薙の双眸が、真摯に宗像を見据えた。






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