王様へ、愛を込めて
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午前三時すぎ、宗像は青雲寮の薄暗い廊下を一人歩いていた。
隊員たちは各自の部屋で深い眠りの中にいるのか、物音といえば自身の靴音のみである。
宗像は廊下の突き当たりで足を止めた。
私室に戻る目的は休息ではなく、着替えだ。
鍵のついていない簡素なドアノブに手を掛け、右に回した。
ドアを開けて中に入り、壁に嵌め込まれた照明のスイッチを押す。
蛍光灯が明るく光り、見慣れたベッドとデスクが宗像を迎えた。
二日前と全く変わらぬ布団の皺、閉め切られたカーテン。
しかし宗像は、時が止まったかのようなその室内で唯一の例外を見つけ、はて、と首を傾げた。
一先ず脱いだブーツを揃え、部屋に上がる。
そのまま、一直線に違和感の原因となっている場所へと歩み寄った。
デスクの上にぽつんと、小さな包みが置かれている。

「……揚げ饅頭、ですか」

それは、どこからどう見ても紛うことなき和菓子だった。
宗像の掌にすっぽりと収まってしまうほど小さな包みの横に、一枚のメモ用紙がある。

"もしよろしければお召し上がり下さい。秋山"

簡潔な一文に、宗像は二度ほど瞬きを繰り返した。
さて、一体何事か。
宗像はゆっくりと思考の圧力を上げた。

宗像がセプター4の室長を拝命している以上、命を狙われる覚えがないとは言い切れない。
屯所に侵入して宗像の部屋に毒物を混入させた菓子を置いておく、という行為は犯人にとってかなりのリスクを伴うだろうが、可能性はゼロではない。
しかし可能性の話をすれば、本当に秋山が宗像に差し入れを用意する確率の方が高いのは確かだった。
書き置きの筆跡も秋山本人のものである。
如何なる理由で菓子を用意したのかは宗像の知るところではないが、部下から上司への厚意として不自然ではないだろう。

「頂いてみるとしましょうか」

仮にこれが毒入りだったとしても、そう簡単に王は死なない。
宗像は椅子に腰掛けると包みを丁寧に開封し、揚げ饅頭を半分ほど齧った。
胡麻の香りと漉餡が優しい風味を広げる。
宗像も、適切な量の餡子ならば好ましく思うのだ。
素朴な甘みは、仕事漬けだった身体に優しく沁みた。



その、二日後のことだ。
宗像が自室に戻ると、またもやデスクの上に見覚えのない物が置かれていた。
秋山がまた何か菓子を用意したのだろうかと思いながら近付くと、今度は一昨日とは全く異なる物がデスクの真ん中にあった。
透明なパッケージの中に、色違いの小さなボトルが三つ並んでいる。
水色、淡い紫、そして白。
ボトルの中は液体で満ちていた。

「……シャワージェル、ですか」

英語で書かれた商品名を読み上げた宗像は、人生で初めてお目に掛かった物に少し困惑する。
一昨日同様、隣にはメモ用紙があった。

"もしよろしければ使ってみて下さい。弁財"

ふむ、と宗像は小さく唸り、透明のパッケージを開けてみる。
水色のボトルを取り出し、背面の商品説明を読んだ。
つまるところ、身体を洗うための液体石鹸だということを理解する。
そしてどうやら浴槽に適量を入れると泡風呂になるらしい、ということも分かった。
蓋を開けて匂いを嗅いでみれば、見た目に反して落ち着いた香りが鼻腔を擽る。

「……お風呂、ですか。行ってみましょうか」

宗像は小さなボトルと着替えを手に、浴場へと向かった。



さらにその翌日もまた、デスクに置かれた贈り物が宗像を出迎えた。
今度は市販品ではなく手製のクッキーだった。

"お口に合うか分かりませんが、よろしければお召し上がり下さい。加茂"

残されたメモ書きから、加茂の手作りだということが窺える。
クッキーは見慣れたクリーム色ではなく、深い緑色だった。

「抹茶のクッキーでしょうか」

宗像は椅子に腰を下ろし、キッチンペーパーのようなものに包まれたクッキーを一つ摘んで口に運んだ。
予想通り、抹茶の風味がふわりと広がる。
甘さも丁度良い、優しい味だった。

「……これで三度目ですが……、皆さん一体どうされたのでしょうね」

二枚目のクッキーに手を伸ばしながら、宗像は独り言ちる。
答えが返ってくるはずもなく、宗像はクッキーを咀嚼しながら加茂のメモをデスクの抽斗に仕舞った。



その三日後、宗像が自室に戻ると、これまでとは打って変わり随分と大きな物がデスクに鎮座していた。

「……これはまた、なんとも……」

折り畳み式のポラロイドカメラである。
ダークベージュを基調とした筐体に"POLAROID"と刻印されているので間違いはないだろう。
組み立てられた状態のそれを、宗像はまじまじと見下ろした。

"フィルム入ってるんですぐ使えますよ!道明寺"

そうは言われても、取扱説明書などついていない。
宗像は思わず苦笑した。
これを一体どうしろと言うのだろうか。
だが、写真や映像などタンマツで撮ってしまうこのご時世、宗像もカメラというものを手にするのは初めてで非常に興味深く感じるのは事実である。
自分でも旺盛だと自覚している好奇心を擽られた。

「ふむ。これはじっくりと研究してみる価値がありそうですね」

宗像はカメラを抱え、ベッドに座り込んだ。



その頃にはもう、宗像は自室に戻ることが一つの楽しみとなっていた。
秋山、弁財、加茂、道明寺と続いた、宗像への小さなサプライズ。
次は誰だろうか、どんな物が待っているのだろうか。
宗像は、子どものように純粋な期待を抱いてドアを開けた。

「……ほう、」

そこには、日本酒の一升瓶が立っている。
その銘柄に、宗像は思わず口角を上げた。
四国の隠れた名酒である。
随分と渋い選択だ、とメモを見遣り、宗像は意外な名前に少し驚いた。

"ネットで美味しいと評判だったので、よかったら。榎本"

なるほど。
本人の舌によるものではなく、優れた調査能力を発揮しての選択だったということか。

「これは美味しく頂かねばなりませんねえ」

ご丁寧にも瓶の横に添えられたグラスの縁をなぞり、宗像は微笑んだ。



翌日には、意外性抜群の物に出迎えられた。
なんと、デスクの上にあったのは手編みのマフラーだったのだ。
淡島もこの企画に参加しているのだろうか、と訝しみながらメモを見て、宗像はさらに驚いた。

"よかったら今年の冬に使って下さい。布施"

筆跡の男らしさと、丁寧に編まれたと分かるマフラーは非常にミスマッチである。
深い藍色のマフラーは、既製品と見紛うほどに見事な出来栄えだった。

「まさかこんな特技があったとは知りませんでしたね」

まだマフラーを使用する季節には遠いのだが、宗像は上着を脱ぎ、柔らかな手触りのそれを首に巻いてみる。
そのままマフラーに顔を半分ほど埋め、ふふ、と笑った。



さらにその二日後、宗像は何とも珍妙な物に出迎えられた。
犬なのか狼なのか虎なのか、とにかく何かしらの生き物を模した陶器の置物である。

「……いや、鬼でしょうか、これは」

全体的に青い。
耳なのか角なのか、とにかく頭の上に金色の尖りが二つ付いている。

"飾っておくと良く眠れるそうです。五島"

「ふむ……、なるほど」

見た目以上に重量のある置物を掌に乗せ、目線の高さまで持ち上げてじっくりと見つめ合った。
これがなぜ安眠グッズになるのかは分からないが、深く考えるべきものではないのだろう。
宗像はそれをテーブルの端、ポラロイドカメラの隣に並べた。



数日間出動が連続し、次に宗像が自室に戻ったのは四日後のことだった。
執務室にまだ残っている未処理の書類に思惟を巡らせていた宗像は、照明をつけるなり目に飛び込んできた物に思わず微笑む。

「ああ、そうでした」

すっかり忘れていた、と短く呟き、ブーツを脱いで近寄った。
一言で述べると、大きな箱である。
外側には何も記されていない、真っ白な箱。
特に封もされていないので、宗像はその上蓋を持ち上げた。

「おや、ジグソーパズルですか」

そこには、バラバラの小さなピースがぎっしりと詰まっている。
ぱっと見の目算では、千ピースといったところだろうか。
完成図も何もない、ただピースだけが詰まった箱。
宗像はピースを無造作に掴み、絵柄を特定しようと注意深く観察した。

「………ああ、もしかして、」

箱を丸ごと持ち上げると、下から一枚の紙が現れる。

"こないだみんなで撮った集合写真っす!日高"

思わず笑みが溢れた。
何やら青いピースが多いと思ったが、恐らく全員制服のまま写真を撮ったのだろう。
これは楽しみだ、と宗像は丁寧に蓋を閉じた。



宗像はてっきりこれで終わりかと思っていたのだが、その翌日、ドアを開けた宗像を出迎えるものがまだあった。
しかし宗像は、照明をつける前に開けたばかりのドアを閉めた。
ばたん、と所作の丁寧な宗像らしくない音が響く。

「……気の所為であってほしいところですが……そうもいかないのでしょうね……」

一瞬漂ってきた、甘い香り。
宗像は小さく嘆息し、覚悟を決めるともう一度ドアを開けた。
恐る恐る照明のスイッチを押せば、目に飛び込んでくる予想と違わぬ光景。
デスクの上に高々と聳え立つ、餡子のタワー。

"もし足りなければお申し付け下さい。淡島"

流れるような筆跡で書かれた禍々しい一文に、宗像は思わず眼鏡のブリッジを押し上げた。

「……充分ですよ、淡島君………!」

流石に今回ばかりは誰かに押し付けるという選択肢を選べそうにない。
気の遠くなるような思いで、宗像は黒い塔を眺めた。



宗像が餡子と格闘した翌日、前日を思い返して僅かに身震いしながら慎重にドアを開けると、幸いにもそこに淡島からのお代わりはなかった。
その代わりに置いてあるのは、一枚の書類である。
まさか決済待ちの書類をこんなところに置いたのだろうか、と手に取ってみると、それは有給休暇の申請書だった。
申請日は今日で、休暇日時は明後日の丸一日。
そして氏名欄には、伏見の筆跡で書かれた宗像の名があった。

「…………ふふっ、そうですか、」

デスクを見ても、書類はその一枚で、いつものようなメモ書きはない。
伏見は、気付かれないと思ったのかもしれない。
だが、宗像がその筆跡を見逃すはずはなかった。

「君らしいですね、伏見君」

空白の確認欄を指先でなぞる。
そこに捺印するのは宗像の役目だった。
明日自分で判を捺せ、という意味なのだろう。
明後日は会議も外出もないし、今は差し迫った案件も抱えていない。
そこまで全て見越した上で、伏見はこの日付を選んだのだろう。
宗像は書類をデスクに戻し、仕方ないですね、と苦笑した。



翌日、伏見が作成した宗像の有給休暇申請書は、宗像の手によって受理された。
一日で仕事を全て熟し、執務机を更地にした状態で室長室を後にする。
非番なんて、一体いつ以来のことだろうか。
休日の前夜という慣れない状況を味わいながら、宗像は私室のドアを開けた。

「……おや、」

今日もまた、紙があった。
しかしそれは書類ではなく、小さなメモ用紙だ。
今度はメモ書きがあるだけで、何かしらの贈り物はない。
宗像はデスクの端に置かれたメモを取り上げた。

"ほしかったら部屋まで来て下さい。ミョウジ"

「………ふっ、ふふ……っ、」

きっとこれが、最後だ。
宗像は小さな紙を摘んだまま、くつくつと喉を鳴らした。

「なかなか可愛いことをしてくれますね、ナマエ」

抽斗を開け、最後の一枚を仕舞い込む。
計十枚のメモ用紙に、思わず目元を緩めた。

「結局、これは何だったのか。その答え合わせも、君がしてくれるのでしょうか」

抽斗を閉め、宗像は半月前よりも少しだけ賑やかになった部屋を見渡す。

悪くないですね、これも。

宗像は小さく独り言ち、私室を後にした。






王様へ、愛を込めて
- 貴方の幸せを願う臣下より -






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