Never Say Goodbye [2]
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嫌な予感が、したのだ。
王の勘、と称してもいいのかもしれない。
何にせよ、宗像は己の直感が人並み以上に優れていることを自覚していた。
その不吉な予感に突き動かされ、御柱タワーから屯所まで、力場を展開して宙を駆けた。
屯所に近付くにつれて、不穏な気配が濃くなっていくのを感じた。
その正体に気付いたのは、屯所の敷地内上空に差し掛かった頃だった。
明らかに、己の青ではない王の力。
赤でもない。
その力の発生源を辿った瞬間、舌打ちが漏れた。

屯所の本棟ではなく、隊員寮に向けて跳躍を続ける。
正確には、女子寮の一部屋を目指す。
そこから気配を感じるということは即ち、これは攻撃ではなかった。
そもそも、わざわざ王が自ら相手の消耗を目的とした嫌がらせを率先するとは考えられない。
攻撃ではないならば、これは何か。
問うまでもなかった。
宗像は三年前に一度、同じ手口を目撃している。
比水流による、ネットワークを介した勧誘。
否、強制的なインスタレーション。
あの時、対象は宗像が目を付けていた伏見だった。
みすみす比水の手に渡すわけにはいかないと、宗像は間に割って入り伏見を掻っ攫ったのだ。
しかし、前回と今とでは状況が全く異なる。
比水は今、宗像のクランズマンに手を出そうとしているのだ。
そして、宗像にとってナマエは単なるクランズマンの一人ではなかった。

間に合え、と宗像は焦燥に身を焦がす。
巻き込まないために傷付けてまで遠ざけたというのに、こんなところでその痛みを無駄にするわけにはいかない。
何よりも、ナマエを他の男に奪われるなんて、耐えられない。
たとえ二度とこの腕に抱けなくても、ナマエにとっての特別が宗像でなくなったとしても。
宗像にとって、ナマエは何よりも特別だ。


鍵を開ける間すらもどかしく、ドアを打ち破る。

「ナマエっ!!」

充電器に差さったタンマツ、緑色の簡素な衣服を纏うアバター、床に転がったナイフ。
そして、ベッドの上で立て膝になったナマエ。
振り返ったナマエの表情が僅かな安堵を滲ませたことに、宗像は何とか間に合ったのだと理解した。

「そこまでです、比水流」

大股で歩み寄り、ナマエを立たせて背後に庇うと小さなアバターに対峙する。
ナマエの私用タンマツで、ぱちりぱちりと緑の電流が弾けた。

「久しぶりですね、宗像礼司」

平坦ながらも圧力のある声音。
確かに、久しぶりに聞く声だった。

「生憎と私には、他人のものを欲しがり、剰え勝手に奪おうとする幼稚な思考回路しか持たぬ貴方とのお喋りに興じる暇はないのですよ」

冷然とした口調であることに、唇を閉じてから気付く。
身体の内側で腸が煮えくり返っていた。

「奪う?それは違います、宗像礼司。俺はただ、優秀な人材のスカウトに来ただけですよ」
「おや、強制的にインスタレーションをしかけておいて、スカウトですか。厚顔無恥の極みですね」
「俺はそうは思いません。君が手放したものを俺がどうしようと、問題はないはずです」
「手放した?どうやら貴方は勘違いをしているようですね」

じわり、と力を滲ませる。
剣状光輝現象を引き起こすことも辞さない覚悟だった。

「彼女は私のクランズマンです。指一本触れさせはしませんよ」

左腰に佩いたサーベルの柄を指先で按じる。
無邪気な笑みを浮かべるアバターが、宗像を見上げた。
タンマツから火花が散り、細微な電流が筐体から波状に膨れ上がる。
それを抑え込むように、宗像は部屋全体を青の力で満たした。
広がる力と押し留める力が鬩ぎ合う。

「やる気ですか、比水流。今ここで、実体を持たぬ貴方が私と戦うのは不都合なのでは?」
「俺も見縊られたものですね、心外です」

顎を持ち上げたアバターが、不敵な笑みを浮かべた。

「そちらがその気なら、致し方ない」

宗像は目を細め、部屋を包む青いオーラを更に密度の濃いものへと変化させる。
青い火柱が立ち、見えはしないが上空にダモクレスの剣が浮かんだことを感じ取った。

「君と差し向かいで戦うというのも興味深いですね」

生々しい動きで、アバターが自らの手を顎に添える。
しかし次の瞬間、宗像の力と拮抗していた気配が不意に萎んだ。

「ですが、今はまだその時ではありません。残念です」

肩を竦め、やれやれ、とばかりにアバターが両手を広げる。
本当に残念そうな顔をしたアバターが、大きな丸い目で部屋を見渡した。

「お楽しみはまたの機会にとっておきましょう、宗像礼司。では、さようなら」

ぺこり、と二頭身のアバターが頭を下げる。
見事に自分の言いたいことだけを言い残し、アバターは忽然と姿を消した。
そこには、細く煙を上げるタンマツだけが残されている。
宗像は目を閉じて力を身の内に封じ込め、サーベルの柄から手を離した。

「大丈夫ですか、ミョウジ君」

振り返れば、呆然と立ち竦んでいたナマエが恐る恐る顔を上げて微かに頷く。
その全身にざっと視線を走らせ、外傷がないことを確かめた。
安堵の息を吐き出した宗像の前で、ナマエは緩慢に屈むと床に落ちていたナイフを拾う。
ベッドの側に歩み寄ったナマエが、それをひび割れたタンマツに突き刺した。

「……すみませんでした」

宗像に背を向けたまま、ナマエが小さく呟く。

「私用タンマツだと思って、油断しました」
「いえ、君が謝ることではありません。私がこの事態を想定し、警戒しておくべきでした」

まさか王自らが一介のクランズマンに直接手を出して来るとは思ってもみなかった。
完全に宗像の落ち度である。
辛うじて間に合ったから良かったものの、あと一分到着が遅れていれば取り返しのつかない事態になっていたかもしれない。
宗像は危うく、ナマエを奪われるところだったのだ。

「……間に合って、良かったです」

思わず零してしまったのは、紛れもなく本心だった。
ナマエが他王にインスタレーションを施されるなんて、想像しただけでも耐え難い。
どれほど距離を置こうとも、恋人でなくとも、ナマエは宗像のクランズマンなのだ。
その唯一残された繋がりだけが、宗像の拠り所だった。

「室長。……一つ、聞いてもいいですか?」
「はい、何でしょう」

華奢な背中を見つめたまま、宗像は頷く。
しかし次の問いは、宗像の呼吸を妨げた。

「……さっき、何で、名前を?」

思い返すまでもなく、部屋に飛び込んだ際に発した第一声のことだろう。
ナマエ、と。
宗像は咄嗟に、この二週間で一度も本人を前に呼ぶことのなかった名前を叫んだ。
弁明も誤魔化しも、通用する余地はない。
ゆっくりと振り返ったナマエの眼差しに、宗像は眼鏡のブリッジを押し上げながら目を伏せた。








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