いつか見つかる解
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※KRK#12オンエア前の執筆のため、今後公式との矛盾が発生します。









その瞬間、宗像は己の限界を悟った。

身体の芯を揺さぶられるような、眩暈にも似た感覚。
確認するまでもなく、頭上に掲げた剣に無数の亀裂が走ったことを理解した。
体内の青が不安定に揺れ、溢れ出す。

「……ここまでですか、」

限界まで走った、その終着点。
宗像は血塗れのサーベルで宙を切った。
二度目の、王殺しの負荷。
すでに傷付いていた剣が、それに耐えてくれることはなかった。
宗像自身、それをどこかで悟っていたように思う。
鳳聖悟を斃した瞬間に激しく揺れた力の波動を、意外に感じることはなかった。
ここまでが、宗像の天命だったのだろう。
サーベルを鞘に収め、返り血を浴びた右手を見下ろした。
一年前に酷似している。
だが、雪は積もっていなかった。

軋む大剣。終焉の音。
目の前で、鬼がサーベルを抜いた。
己を殺させる、ただそれだけのために連れて来た男。
その表情には躊躇も憐憫も、ましてや悔恨など欠片も見当たらなかった。
それでいい。
そのために、飼っていたのだ。
意地も大義も理想も、全て貫き通した。
剣先は最終目標まで僅かに届かなかったが、それもまた定めなのだろう。
宗像はゆっくりと瞼を伏せた。

さあ、お終いです。

この世界に、この命に別れを告げる。
二十五年、長いとは言えない人生だったかもしれない。
しかし、それが己の運命だった。
その中で、一度も大義を曲げることなく貫いた。
恥じることも悔いることもない、宗像が理想とした生き方だった。

殺意のない殺気という、矛盾した気配に身を委ねる。
善条の行動もまた、天命なのだろう。
彼個人の意思で、宗像を殺すのではない。
天命という大きな理が、青の王の命を絶つのだ。

一月の冷えた空気を吸い込み、頷こうとした。
その時だった。

「室長っ!!」

絶叫と称すべき声音。
それも、一つや二つではない。
間違いなく宗像を呼ぶ悲鳴のような声に、思わず瞼を持ち上げた。
視線を巡らせれば、道の向こうから見慣れた青が飛び込んでくる。
その数、十人分。
淡島、特務隊の面々、そしてナマエ。
誰も彼もが必死の形相で、宗像の方へと駆けて来た。

「………おやおや、これは……」

驚いた。
そう、心の底から喫驚したのだ。
宗像礼司ともあろう者が、この展開を予測していなかった。

己の最期を見せたくなかった。
だから、置いてきた。
彼らの知らぬうちに、逝きたかった。
万が一情報が流れたとしても追って来たりはしないよう、本心を秘匿することで不信感を植え付けるために動きさえした。
彼らは、宗像の今際を目撃することにはならないはずだったのに。

「……困りましたね、まったく」

どうして、追いかけて来たのだろう。
出来る限り遠ざけ、信頼を裏切るような真似をしてみせたというのに。
なぜ、泣きそうな、はたまた怒ったような顔付きで、ここにいるのだろう。
尊敬や畏怖の対象ではあったかもしれないが、決して愛し慕われる王ではなかったはずだ。
命令に忠実であったはずの部下たちが、それを無視してまで走り寄ってくる理由は何なのだろう。

「説得の時間はありません、善条さん」

だが、その答えを探す時間は残されていなかった。
視線を善条に戻し、小さく顎を引く。
心得たように、善条がサーベルを構えた。

「宗像室長っ!」
「室長!お待ち下さいっ!」

口々に、悲鳴染みた声が聞こえる。
だから嫌だったのに、と宗像は笑った。
両手を広げ、死を迎え入れる。
正面に迫り来る白刃と、視界の端に映る青。
緩やかに微笑んだまま、宗像は最期を待った。

しかしその刹那、全ては止まった。

三年前、地上から三万五千フィートの上空で唐突に得た青が、弾けた風船のように一瞬で失われる。
久しく忘れていた、ただの人間であるという感覚。
サーベルの切っ先が、胸の数センチ手前でぴたりと静止していた。
ゆっくりと空を振り仰げば、先程まで剣の形を成していた青い結晶が細かな光となって浮遊する。
剣は崩れ、しかし真っ直ぐに落ちることもなく、ふわりと宙を漂った。

「……石盤、が……」

破壊されたのだ。
宗像は直感的に理解した。
油断なく構えていたサーベルを引いた善条が、宗像に釣られるよう視線を上げる。
青い結晶が、碧落に溶けた。
その瞬間、宗像礼司はただの人間に戻った。
呆然と己の手を見下ろしても、そこに青い光は宿らない。
体内のどこにも、馴染んだ力は存在しない。

「………貴方の手間が省けましたね」

宗像は、悠然たる面持ちで善条と向き合った。
彼の中からも、青の力は消え失せたのだろう。
善条は、僅かな困惑を滲ませた表情でサーベルの刃を見下ろしていた。

死ななかった。死ねなかった。

宗像が感じたのは安堵でも歓喜でもなく、途方もない喪失感だった。
王になるまでの二十一年間にずっと抱えていた疑問が、再び頭を擡げる。
己は、何者か。
その問いの答えが、今しがた失くなってしまった。
振り出しに戻ったのではない。
解はもう、どこにも存在しないのだ。

「これもまた、天命というわけですか」

王として去るはずだったこの世界に、人間として取り残された。
たった今、宗像礼司の存在意義は消失した。

酷なものですね、と。
そう零しかけた時、しかし宗像の独白は大声に遮られた。

「室長!!」
「宗像室長っ」

先程まで絶望に歪んでいた顔を喜色に染め上げた隊員たちが、一斉に宗像へと駆け寄って来る。
ある者は重畳の至りとばかりに笑い、ある者は心底安堵した表情で、ある者は盛大な男泣きをかましながら、しかし全員が何の遠慮も力加減もなく宗像に飛び付いた。
いくら鍛えているとはいえ、王の力を失った宗像は平均よりも幾分か細身なただの人間である。
比較的長身な男が大半を占める十人に飛び掛かられて、まさか無事なはずもなかった。
抵抗する隙も逃げる間もなくアスファルトに押し倒され、後頭部を強かに打ち付ける。
脳髄が揺れた。
しかし宗像のそんな状態を気に掛けるつもりなど微塵もないのか、隊員たちが宗像の上にのし掛かってくる。
頭の天辺から足の爪先まで誰かしらに押さえ付けられ、宗像は目を白黒させた。
淡島は豊満な胸を宗像の肩に押し付けて泣いているし、胸や腹の上にも誰かが顔を埋めている。
ブーツに縋り付いているのは秋山だろうか。
如何せん全身を拘束されているため、状況が全く掴めない。
人に押し倒されるのも、口々に名を呼んで泣かれるのも、その状況に至った理由が理解出来ないのも、全て初めての経験だ。

「しつちょおおお、よかったっす……!」
「むなかたしつちょおおお」
「おれっ、もう駄目かと……っ」

それなりに身体を鍛えた八人の男と、女性が二人の計十人が、各自に程度の差はあれど、皆泣いていた。
宗像の無事に安堵し、歓喜していた。

「……どう、して……」

地面に押し倒されたまま、宗像は呆然と呟く。
どうして、なぜこんなに。
不可解で扱いづらかったであろう元上司の無事を、どうしてこんなにも喜んでくれるのだ。
張り詰めていたものを全て流す勢いで泣くということは即ち、それだけ心配してくれていたということだろう。
今の宗像はもう王ではなく、室長でもない。
それなのに、なぜこんなにも。

「……あんたら、何やってんですか気色悪ぃ」

歔欷と嗚咽に混じって落とされた冷然たる声に、宗像は目線を上げた。
覆い被さってくる隊員たちの隙間から、伏見の姿が見える。
私服姿の伏見は宗像を見下ろし、嫌悪感を丸出しにした表情を浮かべていた。

「……ええと……。どうやら、私が泣かせてしまったみたいで……」

宗像にはそう答えることしか出来ない。
苦笑すれば、伏見がお決まりの舌打ちを鳴らした。
懐かしい音に、思わず頬が緩む。

「おかえりなさい、伏見君」
「……はあ、戻りましたけど」
「早速で申し訳ないのですが、彼らをどうにかして頂けますか?これではどうにも、」

間違いなく、制服は涕洟に濡れているだろう。
生憎今の宗像に、十人分の体重を押し退ける力はなかった。

「はっ、お断りですよ。精々そのみっともない姿を晒してればいーんじゃないですかぁ?」

伏見が、嫌味ったらしく間延びした声を出す。
取り付く島もない伏見に嘆息し、宗像は諦めて身体の力を抜いた。
眼鏡の位置は若干ずれているし、髪は先程までの戦闘時よりも激しく乱れている。
文字通り、揉みくちゃだった。

正直に言うと、どうすればいいのか分からない。
正真正銘、戸惑っている。
だが、嫌な気分ではなかった。
あまりにも衝撃的な展開のせいで、王の力を失った喪失感など思惟の外である。

「れーしさぁん……、れいしさん……っ」
「………はい?」

不意に「宗像」「室長」「良かった」に混じった別の単語に、宗像は思わず目を瞬かせた。
下の名を部下に呼ばれるなど、初めての出来事である。
宗像の胸に左側から縋り付いていたナマエが、真っ赤に泣き腫らした瞳で見下ろしてきた。

「礼司さんの馬鹿、阿呆、自己中、おたんこなす」
「………あの、……ミョウジ君?」
「もう知りません、礼司さんの分からず屋っ」
「いえ、あの……、すみま、せん?」

馬鹿、ともう一度罵られる。
突然上司を罵倒し始めたナマエに、他の隊員たちや伏見が流石に言葉を失くして唖然としていた。
それもそうだろう。
王でも室長でもない宗像に今さら礼儀を尽くせとは言わないし、そもそも宗像は部下から気安く名前を呼ばれたり稚拙な暴言を吐かれたくらいで、それを面白がりこそすれ目くじらを立てるタイプではない。
しかし今は、真面目で忠義に厚かった家臣の豹変に戸惑わないほど冷静でもなかった。

「ボスメガネ、頑固者、陰険、ドS、悪趣味」

羅列される悪態。
イレギュラーな事件続きで疲れているのだろうか、と宗像が体調を気に掛け始めたところで、不意にナマエが言葉を切り、酷く真摯な双眸で宗像を見下ろした。

「礼司さん」
「ーー はい」

凛とした声に、アスファルトの上で背筋が伸びる。
困惑の絡み合った思惟が、まるで引き寄せられるかの如く澄み渡った。

「好きです」
「………は、い……?」
「愛してます」
「……ええと……、それは、」
「だから、生きて下さい」

盛大に戸惑い、続く言葉を探していた宗像は、真っ直ぐに落とされた懇願に息を呑んだ。
冗談でも戯れでもないのだと分かるほど真剣な瞳が、宗像を射抜く。

「楽しいことも、嬉しいことも、全部教えます。いっぱい笑わせます。この先のことだって、一緒に考えます。だから私と、……私たちと一緒に、生きて下さい」

恐らくこの時、宗像は無防備に目を瞠ってナマエを見上げたのだろう。
視界の中心で、ナマエがいっそ泣き出しそうなほど切実な色を湛えた瞳を宗像に向けていた。
その周囲で、隊員たちが微笑んでいた。

生きましょう、宗像さん。

誰かが、否、きっと皆が、そう言った。
直後、自分でも驚くほど自然に、何の躊躇いもなく、宗像は頷いていた。
その途端、真上から重ねられた唇。
目を瞑る暇などなかった。
見開いた目いっぱいに、ナマエの伏せられた睫毛が映る。
誰かが歓声を上げ、誰かが口笛を吹いた。
宗像はただ、押し付けられた温もりに溺れた。


新たな世界に、王という答えはなかった。
だが、生きる意味は確かに存在した。
生きたい理由が出来た。
今はそれだけで充分だった。






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