たとえ何を敵に回そうとも
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伏見に夜刀神狗朗の尾行を命じた宗像は、御柱タワーに赴くべく本棟の大階段を下りた。
隊員たちが頻発する事件の対応に追われているせいか、誰とも擦れ違わない。
宗像一人分のブーツの音が、広大なエントランスに木霊した。

「……おや、」

建物から外に出ると、正門前に一台の公用車が停まっているのが目に入る。
ドアガラス越しに、運転席に座っているのがナマエだと分かった。
宗像は足を進めながら、喉の奥で小さく笑う。
本来後部座席に座るべきなのだが、敢えて助手席のドアを開けて車内に身体を滑り込ませた。

「送ってくれるのですか、ミョウジ君?」

剣帯から外したサーベルを立て掛け、ドアを閉める。
首を傾けて隣を窺えば、ナマエが操作していたタンマツを制服の内側に仕舞った。

「……法務局、出るんで、ついでです」
「ふふ、ありがとうございます」

妙なところで強情なナマエを下手に突いても仕方ないと知っているので、宗像は深追いせずに、しかし底意を拾い上げたことだけは主張しておく。
ナマエは少し面映そうに視線を泳がせてから、行きますよ、と小さく呟いて車を発進させた。
御柱タワーに行くという予定は伏見以外の誰にも伝えていなかったはずだが、夜刀神の退所手続きが済んだことを確認したナマエは宗像のその後の行動を予測したのだろう。
単に部下として、上司の送迎を務めようと思ったのか。
それとも、最近多忙でなかなか顔を合わせる時間が取れないことを、寂しいと思ってくれていたのか。
後者ならば嬉しいが、同時に申し訳なさも感じた。
正直、ここ二ヶ月程は石盤に掛かり切りで、屯所にいる時間よりも御柱タワーにいる時間の方が長いくらいだ。
自身が不在の屯所にナマエを置くことで代わりに"目と耳"になってもらっているため、顔を合わせる機会も少なかった。
最後に同じベッドで眠ったのはいつだったか、もう随分と遠い昔のことのような気がしてしまう。
寂寥を感じているのはナマエではなく、宗像の方かもしれなかった。

「体調は問題ありませんか?最近働かせすぎていますからね……」
「……礼司さんより、ましです」

返された言葉に、宗像は少しばかり意表を突かれた。
名前で呼ぶということは即ち、ナマエはこの空間をプライベートにしようとしている。
そして、随分と宗像のことを案じてくれている。

「私は大丈夫ですよ。君こそ、ちゃんと食事をとっていますか?」
「……食べてますよ、礼司さんよりは」
「こらこら、ナマエ。言い掛かりですよ」
「ここ最近で、ちょっと、痩せましたよ」

ちらりと横目に見られ、宗像は首を傾げた。
毎日体重計に乗る習慣などないため、自分の体重など大凡でしか把握していない。
ナマエはそれを、見ただけで判断出来るのだろうか。

「それはすみません、気を付けます」
「……人のこと、とやかく言う暇あるなら、自分のこと、ちゃんして下さい」
「ふふ、これは一本取られましたね」

肝に銘じます、と宗像は苦笑した。

「……随分と心配を掛けてしまっているようで、申し訳ないのですが。その割に、君は何も聞きませんね」

赤信号で車を止めたナマエが、視線を僅かに宗像へと寄せる。

「何か、聞いた方が、いいですか」

そう返されるとは想定しておらず、宗像は言葉に詰まった。
質問してほしいという宗像の要望ではなく、ナマエが何も問わないことに対する疑問だったので、そう訊ねられると肯定も否定もしづらい。

「そういうわけでは、ないのですが。君は我儘一つ言わず、ずっとこの状況に耐えてくれているので。私を問い質したいのに我慢しているのではないか、と思いまして」

jungleによる御柱タワー襲撃事件から凡そ二ヶ月。
事件の前後で、宗像の日常は随分と異なるものになってしまった。
そのことを最も実感しているのはナマエであるだろうに、宗像が理由を問われたことは一度もなかった。

「……別に、何もないですよ」

信号が青に変わり、ナマエが車を発進させる。
その横顔に、これといった表情は浮かんでいなかった。
ならばそれは本音なのだろう。

「それはそれで寂しいですね」

宗像はやんわりと苦笑を零した。
確かに宗像は青の王で、セプター4の室長だ。
秩序を維持し、国民を守る義務がある。
宗像が最善だと自負している今の動き方を部下の疑念一つで変えるわけにはいかないし、仮に度が過ぎた我儘を突き付けられれば窘める必要もあるだろう。
だが、宗像は王になったその時、ナマエに告げた。
宗像礼司は君のものだ、と。
だからもっと干渉してくれていい。
もっと我儘になってくれてもいい。
そう思うのに、宗像の意に反してナマエは聞き分けが良すぎた。

御柱タワーまで残り二分弱の距離で、不意にナマエが口を開いた。

「……れーしさんは、」
「はい、」
「……私に、生きててほしい、ですよね」

突拍子もない質問に、宗像は面食らう。
質問の意図が掴めず思惟を巡らせていると、ナマエが少し唇を尖らせた。

「何か、聞きたいことはないかって、言うから、聞いたんです。答えて、下さいよ」

正論である。
宗像は戸惑いながらも、素直に肯定した。
含まれた意図がどうであれ、答えは天地がひっくり返っても変わらない。

「……なら、そのために必要な条件も、知ってます、よね」
「必要な条件、ですか」

それが、生命維持のためには呼吸・循環・代謝がどうの、という話でないことは明白だった。
ならばナマエは、何を言いたいのか。

「ーーー、ふふっ」

ようやく一連の流れが意味するところを把握し、宗像は思わず笑みを零した。

「ええ、理解していますよ」
「……なら、いいです。それが、あるなら、他に聞くことなんて、ないです」

愚問だった、と宗像は後悔する。
ナマエはそういう子だった。
宗像に絶対の信頼を寄せてくれる、全てを肯定してくれる、そういう子だ。


御柱タワーの前に、車が停止する。
宗像はシートベルトを外し、サーベルの柄に手を掛けた。

「ありがとうございます、助かりました」

本当に、助かった。
僅か十数分の距離だが、貴重な時間だった。
今日ここで言葉を交わすことが出来て、本当に良かった。

「……れーしさん、」
「はい、」

ドアのインナーハンドルに指を掛けたところで呼ばれ、宗像は首を捻る。
振り向けば、ナマエが運転席から宗像を見つめていた。

「どうしました?」

続きの催促ではない。
穏やかに、柔らかく、ナマエを前にすると自然と唇から落ちる、愛しい相手を包み込むためだけの音。
遠慮なのか躊躇なのか、ナマエは視線を彷徨わせてたっぷり十秒は沈黙した後、蚊の鳴くような小さな声で呟いた。

「………でも、ちょっと、だけ……、さみしい、です」

表面上、宗像は僅かに瞠目する程度の反応しか見せなかった。
だが、内心では激しく喫驚していた。
今すぐ運転席のリクライニングを限界まで倒して上に伸し掛かって抱き締めたい衝動に耐えなければならなかった。

「……あ、の……、やっぱり、なんでもな、」
「ナマエ」

言葉を失くした宗像の態度を誤解したのか、ナマエが発言を撤回して取り繕おうとするのを途中で遮る。
自分でも呆れるほど、掠れた声が出た。

「俺も、寂しいよ」

目を伏せていたナマエが、はっと顔を上げて宗像を見つめる。
その瞳が、目一杯に見開かれていた。
サーベルを左手に持ち替え、空いた右手を伸ばしてナマエの頬に触れる。
猫のように宗像の掌に擦り寄ってくる仕草が、心臓を鷲掴みにした。

「……すまない。言わせておいて応えられないなんて、甲斐性がないな」

頬を撫でれば、ナマエが心地好さそうに目を細める。
下がった眦を緩やかになぞった。

「れーしさんなら、なんでも、いい」
「……ああ。ありがとう」

そう答えて貰えることが分かっていて、懺悔したのかもしれない。
己の卑怯さを痛感した。
だがナマエにとってはきっと、そこまで含めて"なんでも"なのだろう。
与えられる絶対的な依存に、眩暈がしそうだった。

「……いってらっしゃい、れーしさん」

宗像の手の感触を確かめるようにしばらく目を閉じていたナマエが、そっと囁く。
その声に促され、宗像は最後に首のチョーカーをひと撫でしてから手を離した。

「行って来ます、ナマエ。君も気を付けて」

何とか時間を作って、近いうちにナマエと同じベッドで眠ろう。
そう決意しながら、宗像は車を降りた。
ドアを閉め、走り去る車を見送ってから、宗像は背後を振り返る。
聳え立つ高層タワーと石盤が、青の王を待っていた。







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