Love you Darling [3]
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秋山の作った親子丼は、ナマエに好評を貰えた。
秋山が味の感想を訊ねる前にナマエが美味しいと言ってくれたのは、今回が初めてだった。
もちろん、和食を久しぶりに食べる、という状況が間違いなく最大のスパイスであったことは理解している。
しかし秋山は、ナマエが喜んでくれるならば理由は何でも良かった。

食後もお茶がいいと言われたので、秋山はナマエのリクエスト通りに緑茶を淹れる。
今度は二人分用意した。
ベッドを背凭れに並んで座り、秋山はようやく手に入れたナマエとの時間を満喫する。
帰国したばかりでロサンゼルスの話はしたくないかと思ったが、秋山が訊ねるとナマエは嫌がる素振りも見せずに現地での話をしてくれた。
うんざりするほど量の多かったハイカロリーな食事の話、オフの日に少し足を伸ばして観光したハリウッドの話。
メールでは一切触れなかった仕事の内容についても、ナマエは秋山にも理解出来るよう噛み砕いて簡単に説明してくれた。
曰く、国が違えばアプローチの方法も異なる、とのことだ。
今回の出張で世話になったというFBI国家公安部次長のマシュー・K・ゾルバ氏は、国防軍で情報分析官を務めていたナマエにとって非常に興味深い相手であったらしく、ナマエは疲弊した態度の中にも満足げな雰囲気を滲ませていた。

秋山はようやく聞くことの出来たナマエの声に耳を傾けながら、その横顔に眺め入る。
二週間離れてみて嫌というほど痛感したのは、秋山の日常におけるナマエの占める割合が自覚していたよりもずっと大きいということだった。
文字通り、秋山の世界の中心にはナマエがいた。
この二週間、秋山の日常は主軸を失ったかのように不安定で、心の真ん中にぽっかりと大きな穴があった。
何をしていても、常に虚無感が付き纏うのだ。
もちろん、仕事を疎かにしたつもりはない。
責任感と矜持にかけて、職務は忠実に遂行した。
しかしプライベートな時間、たとえば食事や休憩、仕事の合間の小さな隙間が、どれも色褪せていた。
機械的に胃に収めていく食事は大して味がなく、同僚との他愛ない会話もいつも以上に引いた位置から眺めてばかりだった。
先ほど食べた親子丼は、久しぶりに美味しいと思える食事だったのだ。
それは決して、自画自賛ではない。
そこに、ナマエがいたからだった。


「秋山は?どうだったの?」

それまで正面の壁紙を眺めていたナマエが、不意に秋山の方へと首を傾げる。

「寂しかったです。ずっと、貴女に会いたかった」

ここで、仕事の話をする必要はなかった。
ナマエは、業務報告も兼ねて定期的に淡島と連絡を取っていただろう。
この二週間、屯所が大した事件もなく平和そのものであったことは既に聞き及んでいるはずだった。
馬鹿正直な返答に、ナマエがくすりと笑みを零す。

「私も、秋山いたらもっと楽しかっただろうなあ、って思ってた」
「……え……?」

再び前を向いてしまったナマエの横顔を、秋山は食い入るように見つめた。

「日本と違ってあっちは遊ぶことまでが仕事みたいなもんだからさ、結構いろんな所に連れて行かれて。ロスは初めてだったんだけど、面白かった」

ビーチも綺麗だったし、と目を細める。

「実は三分の一くらい、本当にバカンスみたいなもんだったんだよ。だから、やっぱり秋山も連れて行けば良かったって、ちょっと後悔した」
「……ナマエ、さん……」
「まあ、言ったところで伏見さんに却下されてどっちにしろ一人だったんだろうけどねえ」

確かに、その通りだろう。
だが秋山は一緒に行けなくて残念だという思いよりも、ナマエが離れていても秋山のことを考えていてくれたことに対する歓喜の方が大きかった。

「いつか、一緒に行けたらいいね」

この仕事をしていては、叶わないかもしれない。
いつか、は来ないかもしれない。
でも今、ナマエがそう思ってくれることが秋山にとっては大切だった。

「はい……!……俺、英語は駄目なので、その辺に放置しないで下さいね」
「あれ、そうだっけ?」
「学校英語しか分かりませんから、英会話となると全然自信がないんです」
「……まあ、ベニスビーチが似合う顔じゃないよね」

楽しげに喉を鳴らして、ナマエが笑う。
久しぶりに聞いた笑い声は、秋山の鼓膜を優しく擽った。
この際、自分が笑われていることなど瑣末な問題でしかない。
やはり自分はこの人がいなければ駄目なのだと、改めて実感した。


交代でシャワーを浴び、ラフな部屋着でベッドの縁に座るナマエの隣に腰を下ろす。
オーバーサイズのシャツから覗く鎖骨の下に、二週間前、秋山がつけた徴がまだ薄っすらと残っていた。
何度も何度も吸い付いて、どうか二週間保ちますようにと願った所有印。
肌に口付けた感触を思い出し、秋山の腰が重く痺れた。
秋山は慌てて目を瞑り、不埒な想像を振り払う。
ナマエの白い肌を極力視界に入れないよう、先ほどまでとは打って変わってナマエではなくローテーブルを見つめた。
鎮まれ、手を出すな、自制しろ、と呪文のように胸の内で唱える。
それなのに、欲望だけが理性を裏切って暴走しようとするのだ。
抱き締めるだけなら、キスまでなら、と許容範囲の線引きを曖昧にしていく。
国防軍で培われたはずの強靭な精神など、ナマエが絡んだ途端に風前の灯火だ。
身体中の理性を掻き集め、秋山は欲望を抑え込む。
この状況でキスなんてしようものなら、そこで止まれるはずもなかった。

「ね、あきやま」

それなのに。

「ちゅう、もういっかい」

普段の臈長けた雰囲気は一体どこに置いてきたのか、常からは想像もつかないような甘えた声音で、ナマエが強請るのだ。
意図しているのか否か、僅かな上目遣いまで追加される。

「え、っと……、ナマエさん……っ、俺も、したいんですけど、その……キスをしてしまうと……我慢、出来そうにないので……あの……」

何とも情けない言い分に、ナマエがきょとんと目を瞬かせた。
それはそうだろう。
性的な意図のないキスだってある。
実際、玄関で交わしたキスはまさにそれだった。
しかし今の秋山には続きのないキスが出来ないなんて、あまりにも即物的だ。

「だから、その……今夜は、」
「氷杜ぃ」

しかし、切り替わった呼び名に秋山の弁明は遮られた。
え、と目を瞠った視線の先、ナマエが訝しむように小首を傾げる。

「誰が我慢しろって言ったの?」
「……え、だって、ナマエさん、お疲れですよね?」
「そりゃ、疲れてないとは言わないけど、明日非番だし。秋山もでしょ?」
「そう、なんですけど……。あの、俺、正直に言いますけど、ずっとしたくて、だから……その、一度じゃ、終われないっていうか……」

小っ恥ずかしい告白に、頬が熱くなった。
学生でもないのに、いい年の大人が一体何を言っているのか。
自分でも居た堪れない。
これが他人事であれば間違いなく苦笑するだろう。
だが生憎、当事者である身としては一ミリたりとも表情筋を緩めることが出来なかった。

「だから、誰が一度で済ませろって?」
「……え……あ……、でも、」

確かに、ナマエからは何も言われていない。
今日はしたくないとも、回数を抑えろとも、何一つ意思表示はなかった。
だがそれは、ナマエが秋山も空気を読んでいると分かっていたからではないのか。

「君のセックスが一度で済まないことなんて、とっくに知ってるんだけど」
「ぅ……はい……」

否定する余地はない。
毎回絶対にとは言わないが、高確率で一晩に二度以上求めてしまうのは事実だった。

「いつも、それでもいいから誘ってるし、今日もそうなんだけど」
「……大丈夫、なんですか……?無理、してないですか?俺のためとか、そういうのなら、」

ナマエは常に、男という生き物の欲求に大して寛大だった。
仮に知識として理解していても女性にはなかなか納得しづらい事柄だろうに、いつも笑って許してくれる。
それは男にとって普通のことだと、女性の身で言ってくれる。
秋山はいつもその寛容な態度に許され、救われてきた。
だが、本当につらい時まで無理をしてほしくない。
この二週間で秋山が我慢していたことを察し、だからこそ疲れていても受け止めようとしてくれるのならば、確かにそれは幸せなことだが、ナマエにこんな時まで負担を掛けたくない。
ただでさえ、いつもナマエに対してのみ底なしとなる秋山の性欲に付き合わせてしまっているのだ。
今夜くらい、何も気にせずナマエ自身の欲求に従ってゆっくりと休んでほしい。
それは、確かに秋山の本心だった。

「ねえ、氷杜」

情欲に蓋をして笑みを浮かべて見せた秋山の頬に、ナマエの指先が触れる。

「二週間、触れたかったのは君だけじゃないんだけど」
「……え………?」
「私も触れたかったし、触れてほしかった」
「ナマエ、さん……?」

ナマエの右手が、秋山のフェイスラインを嫋やかに滑った。

「だから、満たしてよ。私も、君にあげるから」

そこが、秋山の限界点だった。
顔のすぐ側にある手首を掴んで引き寄せ、倒れ込んできたナマエの身体を腕の中に閉じ込める。
辛うじて保っていた箍が崩れ落ち、強烈な情欲が腹の底で吼えた。
恋人からこんな風に誘われて抗える男がもしいるのなら、是非ともその方法を教えてほしい。
少なくとも、秋山はそれを知らなかった。
シャツの下へと性急に手を滑り込ませ、二週間ぶりにナマエの素肌に触れる。
それだけで、我慢に我慢を重ねた熱芯はスウェットパンツの下で限界まで昂った。
首筋に埋めた鼻が、いつもと同じナマエの匂いを嗅ぎ取る。

「つらくなったら、蹴り飛ばしてもいいので止めて下さいね」

熱によって掠れた声を絞り出し、それを最後に秋山は理性をかなぐり捨てた。





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