もしも貴女が遠い世界の人間ならば[2]
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「カメラと集音マイクの設置、終わりました」

十六時すぎ。
秋山は工具箱を片手に部屋のドアを開けた。

「ん、りょーかい」

部屋の真ん中に寝転んだナマエが、床に直置きされたノートパソコンのキーボードを叩いている。
しばらくすると、モニターの右半分に塚原の部屋のドアを中心とした廊下の映像が映った。
左半分には、周波数解析ソフトのグラフが表示される。
後は塚原の帰りを待つだけだった。

秋山はジャケットのポケットから缶コーヒーを二本取り出し、その内の一本、カフェオレの方をナマエに手渡す。
室内にエアコンがないため、自販機でホットを購入した。

「ありがと」

受け取ったナマエが、手を暖めるように缶を包み込む。
秋山はその隣に腰を下ろした。

まるでナマエの部屋にいるような気分になってしまうのは、恐らく服装のせいだろう。
伏見が事前に指示した通り、秋山もナマエも私服だった。
囮捜査にも近い今回の作戦に、セプター4の目立つ制服は不適切だ。
こちらから相手が見えない以上、何か予定外のことが起こった際に、相手に気付かれたか否かということすら分からない。
相手に警戒させないためには、一般人を装うのが最適だった。
というわけで、秋山とナマエだけでなく、スロット店を張っている道明寺と榎本も当然私服だ。
サーベルすら携帯していない。
通常通り制服を纏っているのは、確保するまで塚原と接触しない伏見と弁財だけだった。

ブラックジーンズにカットソー、その上に黒のライダースという格好で、身体を起こしたナマエがプルタブを開ける。
秋山はベージュのチノパンツにワイシャツ、上からグレーのミリタリーウールジャケットを羽織っていた。
ナマエが、襟元に仕込んだインカムのスイッチをオンにする。

「こちらポイントB、準備オーケーです」
『ポイントC了解。ポイントAから連絡があるまで待機しろ』

伏見の応答に、ナマエは了解と短く答えて通信を終えた。
塚原の退勤時刻まで、あと三時間弱。
念のためモニタリングは行うが、他にこれといってすることもない。
秋山は缶コーヒーを傾けながら、ヘアクリップを一度外して髪を纏め直すナマエに眺め入った。

「……秋山ぁ」
「はい?」

慣れた手つきでヘアクリップを差し込んだナマエが、呆れ顔を秋山に向ける。
首を傾げれば、ナマエは小さく嘆息した。

「そりゃ確かに暇だけどさ、一応仕事だからね?その緩みきった顔どうにかしなさい」

屯所を離れ、二人きり。
張込みの最中とはいっても、何かあればモニターが教えてくれるためそこまで気を張る必要もない。
この状況は、秋山にとっては褒美に等しかった。

「はは、すみません、つい」

ナマエの口調も、言葉の内容とは裏腹に柔らかく、本気で咎めていないことは明白だ。
秋山の笑みに、ナマエも仕方ないとばかりに苦笑した。

「まあ、道明寺たちもどうせスロット打って遊んでるだろうしねえ」

スロット店での張込みなら、何もしてない方が怪しいのだ。
適度に客のふりをして遊んでいることだろう。

「となると、ちょっと不憫なのは弁財ですかね」
「伏見さんと二人きり、会話なしかなあ」

伏見は文句の多い勤務態度とは裏腹に根が真面目だ。
その真面目な上官を前に、さらに頭に超が付くほど真面目な弁財が無駄口を叩くとは思えない。

「俺も元々はそういうタイプだったはずなんですけどね」
「私のせいで不真面目になったみたいな言い方やめてくれないかな」

ナマエが不服げに唇を尖らせるので、秋山はまさかと首を振った。

「俺は至って真面目ですよ。ただ、貴女の前では単なる男に成り下がるという話です」
「大した開き直りだよ秋山」

顔を見合わせて笑う。
職務中、こんな風にナマエがプライベートの顔を覗かせてくれるのは初めてのことだった。
周囲の目が一切ないからだろう。
インカムをオフにしてしまえば、ここはナマエの部屋と変わらない二人だけの空間だった。

「伏見さんも、狙ったんだかそうじゃないんだか」
「え?」

ナマエの独白にも近い台詞の意味を図りかね、秋山は聞き返す。
視線を上げたナマエが、ああ、と思い出したかのように苦笑した。

「言わなかったっけ?伏見さんは知ってるよ」
「………えっ?!」

寝耳に水な暴露に、秋山は危うく缶を取り落とすところだった。

「え、知ってるって……どうして……」

当然秋山は喋っていない。
弁財が言うはずもない。
ならばナマエが自ら告白したのか、それとも宗像が伏見に話したのか。

「うんまあ、流石伏見さんっていうか。勘付いたらしくて、直接聞かれたから誤魔化すのもあれかと思って認めたよ」

何でもないことのようにさらりと告げられ、秋山は絶句した。
あんなに見事に隠し通していたナマエが、まさか伏見に真相を喋っているとは思ってもみなかった。
伏見も伏見で、知っている素振りなど全く見せない。
底の読めない上官二人に、秋山は情けないやら恥ずかしいやらで項垂れた。

「伏見さん、何で分かったんでしょうか」
「ああ。秋山が分かり易すぎるってさ」

そして、止めの一撃にぐうの音も出ない。

「……すみません………」

抱えた膝に顔を埋めた秋山の隣で、ナマエが楽しげに喉を鳴らした。

「えっと、何だったかな。……ああ、伏見さん曰く、秋山サンの鬱陶しさに拍車が掛かったから、だそうだよ」

まさかの追撃に、秋山は顔を上げることも儘ならない。
まさに伏見が言いそうな台詞であるから、恐らく一字一句そのままなのだろう。
その一文から、伏見はナマエの態度からは一切何も感じ取れなかったのだろうと察せられた。
つまり気付かれた原因は全て秋山にあるということだ。

「本当にすみません……俺、全然隠せてないみたいで……」

秋山のナマエに対する恋慕の情が特務隊に筒抜けなのは、秋山も自覚していた。
そこは今更隠しようがないことだと諦めている。
だが、まさか交際を勘付かれるとは思ってもみなかった。
ナマエのあの徹底した公私の区別があっても、秋山を見れば分かってしまうものなのか。
もちろん伏見の慧眼によるところが大きいのだろうが、自分がそんなに分かり易い態度を取っているのかと思うと居た堪れない。

「……あの、他にも誰か気付いてるんですか……?」
「ん?いや、特務だと今のところ知ってるのは伏見さんと弁財だけじゃない?」

これで他のメンバーにも気付かれていたら、いよいよナマエに申し訳ない。
伏見と弁財という、公私混同をしない分別のある人ならばまだいいが、日高などに気付かれればナマエに迷惑を掛けてしまうのは明白だった。

「すみません、以後気をつけます」

秋山は、そう言って恐る恐る顔を上げる。
しかし秋山の予想に反して、ナマエは特に呆れた顔をすることもなく楽しげに笑っているだけだった。







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