もしも貴女が遠い世界の人間ならば[1]
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その日セプター4に舞い込んだのは、何とも奇妙な事件だった。

篠山駅から徒歩十五分の閑静な住宅街に、木造二階建ての六世帯アパートがある。
このアパートの一階に住む女性が、最初の通報者だ。
通報といってもそれは緊急性のあるものではなく、彼女は最寄りの交番に勤務する警官に相談をしただけだった。
しかし話を聞いた警官がそこに事件性を認めたため、事は大きくなった。

毎晩二十時から二十一時頃になると、それは起こる。
二階に繋がるアパートの屋外階段を、誰かが上っていく音がする。
しかし見上げてみてもそこには誰もいない。
ただ階段を上って行く音だけが聞こえるのだ。

それが、相談の内容であった。


「何すかそれ。恐怖の十三階段とか、そういう都市伝説的なやつっすか?」

警察庁からの捜査依頼を最初に聞いた日高の反応に布施が顔を引き攣らせ、伏見があからさまな舌打ちを漏らした。

「残念、日高。階段は十四段だね」

送られてきた資料をモニターに映し、ナマエが笑う。
目の前には、築九年というアパートの見取り図があった。

その後の警察の捜査により、目に見えない何かが歩いている、ということが判明した。
というのも、アパートの隣に位置するマンションの外廊下から監視をしていた警官が、二階にある一室のドアが独りでに開く瞬間を目撃したのだ。
そのタイミングが、階段を上り切って廊下を歩く音と完全に一致したため、そこには何かがいるのだろう、という結論に至った。
この時点で警察庁警備局警備課の特殊事象対策室理事官によりストレインの介在が認められ、指揮権が警察からセプター4に委譲された。

監視を担当していた警官のハンディカメラが捉えた映像が流れる。
なるほど確かに、誰もいないのに二階の真ん中に位置する部屋のドアが勝手に開いた。
そしてゆっくりと閉まっていくまでを見届ける。

「透明人間か!」
「んふふ、そんな感じですねえ」

道明寺が目を輝かせ、五島が同調した。
確かに、そのようなものである。

「自分の身体を透過させることの出来るストレイン、か?」

腕を組んでモニターを見据えていた弁財が、また厄介な能力だな、と唸った。

「該当する部屋に入居しているのは、塚原遼太郎。二十六歳男性、職業フリーター。八ヶ月前からこの部屋を賃貸契約しています」

ナマエが捜査資料を読み上げると、伏見がふんと鼻を鳴らす。

「大学卒業後はずっとアルバイトを転々としていたようですねえ。定職に就いたことはないそうです。前科はなし。身辺調査の結果も特に問題はなさそうとのことで、……これが顔写真です」

ホログラフには、特に何の特徴もない男の顔が浮かび上がった。
敢えて言うならば、少し唇が厚いだろうか。
どこにでもいそうな顔の男である。

「今は篠山駅前のスロット店にアルバイトとして勤務しているとのことで、その勤務時間が毎日十九時までだそうです。退勤後に近くのレストランや定食屋で夕食を食べるところまでは警官が確認しているのですが、その後忽然と姿を消す、と」
「チッ……んだその報告。職務怠慢だろ」

人混みに紛れてから異能を発現させる、ということか。
何にせよ、警察がその真相に迫る前に指揮権が委譲されてしまったので、ここからの捜査はセプター4主導で行うしかない。

「休日はどうなってんだ?週休二日だろ?」
「それが、どうにもグレーな企業のようで、塚原はここ半月以上休みを取っていないそうです」
「そりゃご苦労なこった」

伏見は面倒臭そうに鎖骨の瘢痕を掻き毟り、思案するように目を細めた。
モニターの光を反射して眼鏡のレンズが光る。

「張り込んでとっとと引っ捕まえるか。それが一番手っ取り早いだろ」

伏見の意見に皆が同調した。

「アパートに空き部屋は?」
「一階の真ん中が空き家です」
「んじゃそこに二人。全体を見たいから、隣のマンションの外廊下に二人。対象の動向確認で勤務先のスロット店に二人」

そう言って、伏見が情報室に詰める隊員をざっと見渡す。
皆が何となく居住まいを正した。

「俺と弁財で隣のマンション。勤務先は道明寺と榎本。一階はミョウジと秋山」

伏見の人選に、もちろん誰も意見など挟まない。
各々が了解です、と頷いた。

「今日もシフトは十九時までか?」
「はい、勤務表ではそうなっていますね」

現在時刻は十四時半。
残り四時間半である。

「一発で終わらせたいから、早めに張り込むぞ。家の中に入られたら流石にこの段階じゃ踏み込めないから、何としても廊下で押さえる」

手筈を整えろ、という伏見の指示に、ナマエは早速アパートの管理会社と連絡を取った。
一階の空き家を捜査のため借り受けられるよう手配する。
手続きは滞りなく進んだ。

道明寺と榎本は、さっそく件のスロット店に向かう。
十五時すぎには、塚原が勤務していることを確認したという連絡が入った。
伏見と弁財、ナマエと秋山のペアでそれぞれ張込み用の準備を整える。
その後、秋山の運転で塚原のアパートに向かった。
隣接するマンションの駐車場に車を止め、ナマエと秋山はアパートの一室に入る。
間取りは1K、単身者向けだ。
カーテンレールに持参した暗幕を取り付けながら、秋山はこっそりと背後を振り返った。
フローリングの上に胡座を掻いたナマエが、ノートパソコンを二台設置している。
二人での張込みという初めての状況に、秋山は不謹慎だと自覚しつつも僥倖を噛み締めていた。






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