同じ夜を何度も繰り返す[9]
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「話を蒸し返すようで、申し訳ないのですが、」

縺れ込むようにベッドに寝転び、散々求め合った後の乱れ切ったシーツの上、秋山はようやく整った呼吸の合間でナマエに声を掛けた。
微動だにせず裸のままシーツに沈んだナマエが、視線だけで如何を問う。

「……あの夜、どうして加茂だったんですか?」

和解した直後にこんなことを聞いて、また機嫌を損ねてしまっては元も子もないと理解はしているのだが、秋山はどうしてもその人選の理由を知りたかった。

「ああ、シフトの都合による消去法とか、つまみを作ってくれそうだったからとか、そんな理由」
「そう、ですか」

ナマエの言葉に嘘は見当たらない。
本当に、秋山が危惧するような大した理由はなかったのだろう。

「どうして俺を、誘ってくれなかったんですか?」
「秋山、ワイン駄目でしょ」

ぐうの音も出ないとはまさにこのことだ。
そういえば、あの夜部屋にあったボトルはワインだった。
秋山はワインを飲むと悪酔いするので、自ら好んでは飲まない。
秋山が部屋で酒を楽しむ時は、専ら日本酒だった。

「………特訓します」

秋山の言葉に、ナマエが笑う。

「じゃあ、もう一本あるから今度一緒に飲も」
「はい。約束ですよ」

ん、とナマエが小さく頷いた。

「……ナマエさん、」

手を伸ばし、ナマエの髪に触れる。
乱れた髪は、しかし秋山が手櫛を通すだけですぐさま元のように真っ直ぐ流れた。

「全部、俺の我儘です。だから、聞き流して下さいね」

なに、と首を傾げたナマエを眺め入り、秋山はゆっくりと言葉を続ける。

「……俺以外の男に、無防備な姿を見せないで下さい。貴女のオフの姿は、俺に独り占めさせて下さい。二人きりで酒を飲まないでほしいとは言いませんが、事前に教えて下さい。あの夜俺は、危うく加茂を殴り飛ばすところだったんです」

情けない前置きで保険をかけ、秋山は内心のみっともない独占欲を吐露した。

「烏滸がましいことを言っている自覚はあります。でも、貴女のことに関しては、俺は狭量なんです。俺の知らないところで、他の男と仲良くしないで下さい」

言ってしまった。
自信のなさに起因する嫉妬心と図々しい独占欲を全て吐き出し終え、秋山はあまりの情けなさにナマエの目を見れなくなってシーツに顔を押し付けた。
男の嫉妬など、鬱陶しいだけだ。
呆れられるだろうか、笑われるだろうか。
それだけならまだいいが、怒られてしまっては振り出しに戻る、だ。
秋山は流れる沈黙に物理的な痛みを覚え、ぎゅっと瞼を閉じてナマエの言葉を待った。

「……分かった」

やがて鼓膜を揺らした声に、秋山は耳を疑う。

「………え?」

顔を上げれば、そこには苦笑もせずに真剣な表情を浮かべたナマエがいた。

「ナマエ、さん……?」
「ん?」
「……あの、分かった、って……?」

それは、この状況では承諾の意味に聞こえてしまう。
そう聞き返した秋山に、今度こそナマエは苦笑した。

「だから、承諾の意味を込めて言ったんだけど?」
「……聞いてくれるんですか……?あんな、身勝手で、どうしようもない、俺の我儘を?」
「ばか、しつこい。そうだって言ってるのに」

じわりと、目頭が熱くなる。
輪郭がぶれたナマエの顔に浮かぶ苦笑が、より深みを増したように見えた。

「ただ、一つ確認。秋山の基準で、無防備ってどこ?」
「……そうですね。髪を、下ろさないで下さい」
「そこ?」
「はい。あと、出来ればパーカーのファスナーは閉めておいてほしいです」

秋山が付け足した条件に、ナマエがくすくすと喉を鳴らす。

「それと、酒を飲むのは構いませんが、頬が赤くなるまで深酒しないで下さい」
「……ん、りょーかい」

滲んだ視界の中でナマエが柔らかく笑った気がして、秋山は瞬きを繰り返した。
こんなことまで、ナマエは聞いてくれるのか。
きっとナマエにとってはどうでもいい、煩瑣なことだろう。
それなのに、秋山の出す条件を飲んでくれるのか。

「……いいんですか?こんなことまで、俺に合わせて。束縛なんて、お嫌いでしょう?」

秋山の目から見たナマエは、いつも自由だった。
必要がなければ自分の意思は曲げないし、枠の中に自らを当てはめることを好まなかった。

「まあ、諸手を挙げて何でもどうぞ、とは言わないけどね。でも、そのくらいならいい」
「……それは、どうして?」
「それで秋山が安心するなら、髪を上げたままにしておくこともパーカーの前を閉めておくことも吝かじゃないってだけの話だよ」

ああ、と秋山は内心で嘆息する。
ナマエは、秋山の抱える不安などお見通しだったのだ。

「……そんなことを言われたら、俺はもっと図々しくなってしまいますよ?もっと、貴女を束縛してしまう。独り占めしたくなってしまう」

こんな風に甘やかされては、際限なく求めてしまいそうで怖かった。

「その都度言えばいいよ。聞けることなら聞く。聞けないことなら、それは出来ないってちゃんと言うから」

ナマエの言葉に、秋山は微笑む。
言葉もなく切り捨てるのではなく、きちんと話をしようと言ってくれているのだ。
それがどれほど嬉しいことか、ナマエは分かっているのだろうか。

「……少し、俺に甘過ぎませんか」
「君にだけは言われたくないなあ」

睦言のような苦言をあっさりと切り返され、秋山は静かに目を瞠った。
その言葉は、ナマエが秋山に甘やかされていると感じてくれている証拠に他ならない。
この、きっと何の不自由もなく一人で生きていくだけの力を持つ人を、秋山は甘やかせているのか。
ナマエが秋山にくれる幸せを、秋山も同じように返せているのだろうか。
そう思うと堪らなくなり、秋山はナマエに覆い被さってその唇を塞いだ。

「……ナマエさん、」

たっぷりと舌を絡めてから唇を離し、その首筋に顔を埋める。
僅かな汗の匂いに、先ほど吐き出したばかりの欲望が再び頭を擡げた。

「このまま、もう一度、」

熱を帯び掠れた声で懇願すれば、無言のままに背中を抱き締めてくれた両手。
それを承諾と受け取り、秋山は薄い耳殻に舌を這わせた。





同じ夜を何度も繰り返す
- やがて、永遠になる日まで -






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