同じ夜を何度も繰り返す[8]
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ナマエの見立て通り、事件は秋山とナマエの二人で無事収束まで漕ぎ着けることが出来た。
パニックを起こしたストレインの暴走から身を守るべく、長時間に渡りサンクトゥムの庇護もないままにシールドを展開させたため体力的にはかなり消耗したが、互いに怪我はなかった。
ストレイン確保後に伏見に連絡を取れば、ちょうど柴公園の事件も問題なく片付いたとのことで、ナマエと秋山はそのまま屯所に直帰した。

両事件を合わせてストレイン七名の取調べに加え、報告書やら破損届やらを作成する。
結局、全ての後処理が終わった時には二十二時を回っていた。
秋山はナマエと共に、纏めた報告書を伏見に提出して情報処理室を後にする。
廊下に出たところで、秋山はナマエに声を掛けた。
椿門に帰着した辺りからずっと、退勤後に話をしようと決めていた。

「ミョウジさん。このまま、部屋にお邪魔しても構いませんか?」

先を歩いていたナマエが立ち止まり振り返る。

「……条件が一つ」
「はい」
「お腹すいたから、ごはんが先」

何と比べて先なのか、秋山は正しく理解した。
ナマエは、秋山の話を聞く気があるということだろう。

「分かりました。何がいいですか?」

拒否されなかったことに一先ず安堵し、秋山は微笑む。
再び歩き出したナマエは、しばらく思案した後に親子丼、と答えた。
ナマエが好きなものと、秋山が好きなものを纏めた料理。
秋山は笑みを深め、諾を伝えた。



二つの丼が空になる。
秋山は、久しぶりに感じた食欲のままに一人前をあっさりと平らげた。
全く現金なものだと自らを笑う。
実際にはまだ何も解決していないのだが、昼間の一件は秋山の沈み込んだ気分を掬い上げてくれた。
手早く食器を片付け、二人分のコーヒーを淹れる。
クリーム色の液面が揺れるマグカップをナマエに差し出せば、短い感謝の言葉と共に受け取られた。

「……ナマエさん、」

自分の分のコーヒーを一口飲んでから、秋山はマグカップをテーブルに置いて居住まいを正す。
ん、とナマエが顔を上げた。

「すみませんでした」

秋山は、そんなナマエの前に殆ど土下座に近い状態で頭を垂れる。

「……は?」

頭上から、呆気に取られたような声が降ってきた。
顔を上げれば、その声音と違わず驚いたように目を丸くしたナマエが秋山を見ている。
こんな状況でも、無防備に晒された表情が嬉しくて秋山は情けなく眉を下げた。

「この間、貴女に酷いことを言いました。あんな言い方をしてはいけなかったのに、カッとなってつい、思ってもないことを言ってしまいました」

真っ直ぐに見つめてくる双眸から視線を逸らさず、秋山は言葉を続ける。

「俺は貴女の想いを疑ってなどいません。加茂と何かがあるなんて、そんなことも思っていません。ただ、」

言ってしまってもいいものか、秋山は僅かに逡巡した。
しかし、真剣な瞳を向けてくれるナマエに隠し事はしたくなかった。

「……嫉妬、したんです。貴女が楽しそうに、無防備に、他の男と酒を飲んでいて。俺には声を掛けてくれなかったのに、と思うと寂しくて。加茂と貴女の間にある仲の良さや信頼関係が、羨ましかったんです」

結局のところ、原因は秋山の自信のなさだ。
言葉や態度でどれほど好意を示されようと、秋山は自らをナマエに釣り合う相応しい男だと思えない。
だから些細なことですぐ不安になるのだ。

「傷付けて、すみません。酷いことを言ってすみません。……怒ってくれて、ありがとうございました」

秋山はそう言って、もう一度頭を下げた。
許してくれるか否かはナマエ次第だ。
だが、伝えたいことは全て言葉に出来たはずだった。

数秒の沈黙。

「……秋山、」

ゆっくりと名前を呼ばれ、秋山は顔を上げる。
そこには少し困ったような、どうしていいか分からず戸惑ったような表情をしたナマエがいた。

「私、人と喧嘩したの人生で初めてだった」

呟くような声で零された内容に、秋山は驚く。
次いで納得した。
この人はずっと誰にも本心を見せなかったのか、と。

「ちょっと、戸惑った。一昨日から、避けられてるって思った?」
「はい」
「だよね。別に、秋山を避けてたわけじゃないんだ。まあ、結果としてはそうなったんだけど。でもそうじゃなくて、考えたかっただけなんだ」

言葉を探すように視線を落としたナマエを、秋山はじっと見つめる。
急かすことなく、続きを待った。

「こんなに感情を乱されたのも、理性を無視して怒ったのも、初めてだったんだ。だから、どうしたものかと思って。色々考えてはみたんだけど、結局よく分かんなくて」

ナマエが苦笑する。
いつもより、情けない笑みだった。

「でも、答えは秋山がくれた」
「……俺、ですか?」

言葉の真意を図りかね、首を傾げた秋山の視線の先。

「ごめん、秋山。悲しませたね」

そう言ったナマエが、崩していた足を正座の形に揃えて小さく頭を下げた。
それを見て慌てたのは秋山の方だ。

「ナマエさんっ、そんな、謝らないで下さい。貴女は何もっ、あの、頭を上げて下さい……!」

予てから敬愛して止まないナマエに頭を下げられている、という目の前の現実に焦り、秋山は必死で頼み込む。
顔を上げたナマエは、秋山が何に驚いたのかちっとも分かっていない表情だった。

「悪いと思ったから謝ってるんだけど、なんかおかしい?」
「いえ、普通はおかしくないのですが。今回に関しては俺が悪いので、謝らないで下さい」
「……そうなの?」
「そうなんです」

勝手に嫉妬し、八つ当たりをした挙句に謝られては立つ瀬がないと泣き言を漏らせば、ナマエが苦笑する。

「じゃあ、こうしよっか」

そしてその表情を一転、ナマエは酷く蠱惑的な笑みを浮かべて秋山を見つめた。

「……ありがとう、氷杜」

息を飲む。
この瞬間に名前を呼ばれる、その意味の重さ。
秋山は泣き出しそうになるのをぐっと堪え、手を伸ばしてナマエの身体をきつく抱き締めた。




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