アイシテルの代わりに[3]
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文字通り、余裕のない荒々しいキスだった。
早々に歯列を割って入り込んできた厚みのある舌が、ナマエの口内を縦横無尽に掻き回す。
舌を吸われ、その先端に柔く噛み付かれた。
微かな痛みを訴えるそこを、今度は唇で挟んで愛撫される。
声も呼吸も全て奪い尽くされた。
角度を変え、何度も何度も唇が重なる。
甘噛みされる度、明日には唇が赤く腫れ上がってしまうのではないかと危惧の念を抱く羽目になった。
逃れるつもりなどないのに、秋山の武骨な手はナマエの頭を強く引き寄せる。
後ろ髪に差し込まれた指の力は痛いほどだった。

やがて、貪るような口付けを解いた秋山が、その勢いのままにベッドの上から一気にコンフォーターを引き摺り落とす。
かと思いきや腋窩に両手を差し込まれ、あっという間にシーツの上に押し倒された。
スプリングを軋ませて乗り上げた秋山が、膝を立ててナマエを跨ぐ。
見下ろしてくる秋山の瞳が、明らかな情欲を灯していた。
ナマエの両手首をそれぞれ拘束してシーツに縫い止め、上体を倒した秋山が再び唇を重ねる。
真上から齎される口付けは、さらに激しさを増した。
絡められる舌も、流れ込んでくる唾液も、全てが火傷しそうなほどに熱く感じられる。
角度を変える度に微かに漏れる秋山の荒い吐息もまた、熱を帯び濡れていた。

「……は……っ、ぁ、……すみません、」

少し顔を上げた秋山が、余裕のない声で小さく謝る。
謝罪は必要なかった。

「いいから、もっと」

僅かに力の緩んだ秋山の五指から手首を引き抜き、そのまま両手を秋山の首に回す。
柔らかく跳ねた髪に手を押し付け、そのまま強く引き寄せれば秋山は抵抗せずに顔を寄せた。
再び唇が塞がれる。
もう、互いの舌がどちらのものかさえ判然としなかった。

秋山の濡れた唇が、少しずつその位置を変えていく。
フェイスラインをなぞり、首筋へと落ちた。
啄むように口付け、舌でなぞり、時々甘く歯を立てる。
荒い呼吸と、熱い皮膚。
交互に齎される刺激は擽ったくあると同時に、ひどく性的でもあった。

「痕をつけても構いませんか」

高い温度を孕んだ声で乞われ、一瞬言葉に詰まる。

「……制服で隠れる場所にしてね」

しかし、思案したはずが、結局碌に考えることもないままに唇が動いていた。
途端に、鎖骨近くの皮膚を強く吸われる。
長めの口付けに、恐らく皮膚の下で毛細血管が切れただろうと察した。
僅かな痛みの残るそこに、唇を離した秋山の舌が這う。
慰めるかのように肌を愛撫していた秋山が、恍惚とした溜息を漏らした。

「夢みたいです。ここに、俺の印があるなんて」

重畳の至り、とばかりに嬉しそうな顔をされ、ナマエは奇妙な感覚に少し戸惑う。
ナマエを見下ろした秋山が、つけたばかりの痕を幸せそうに指でなぞった。
何となく、悔しい気がする。
ナマエは感情の趨くままに秋山の頭を思い切り引き寄せて顔の向きを変えると、秋山の横髪を手で流し露わになった左耳の後ろに唇を押し付けた。
驚き固まった秋山を尻目に、薄い皮膚の上から強く吸い付く。
適当なところで唇を離し、やがてじわりと浮き上がった赤い内出血の痕を確認した。

「……へえ、」

何よりも先に、好奇心が満たされる。

「……あの、ナマエさん……?」
「ああ、ごめん」

明らかにおかしな首の向きで硬直していた秋山に呼ばれ、ナマエは頭を固定していた手を離した。
上体を起こした秋山が、呆然と左耳の後ろを押さえる。

「キスマークって初めてつけた」
「……初めて、ですか?」

日常から恋愛事まで、基本姿勢が受動的なナマエは、セックスの最中も必要に迫られない限り自ら積極的に動いたことがなかった。
当然、相手にキスマークを残した経験もなかった。

「うん。秋山が初めて」

一方的に受けるのではなく、返したいと思ったのは初めてだった。
素直にそう答えれば、秋山が自分では見えない位置の痕をなぞり、情けなくも幸せそうに苦笑する。

「ここ、制服じゃ隠れないですよ……?」
「だろうね」
「どうするんですか、もう」
「大丈夫だって。秋山髪長いし」

くすくすと、互いに喉を鳴らして笑う。
ちゅ、と可愛らしい音を立てて、秋山がナマエの唇を啄んだ。
そのまま、再び秋山の口付けが肌の上を撫でていく。
デコルテを余すところなくなぞり、やがて秋山の手がナマエの着るカットソーの下に滑り込んだ。
少し湿った指先が、僅かに震えながらナマエの肌を這う。
捲り上げられた生地の下、身を屈めた秋山が鳩尾の辺りに唇を落とした。
ナマエは自らカットソーの裾に手を掛け、頭と両腕を抜いて無用になったそれを放り投げる。
露になった下着一枚の上半身を見て、秋山が息を飲んだ。
ナマエは、自身の胸が控えめに言ってもさほど大きくないことを自覚している。
小さい、なんて言ったら蹴り飛ばしてやる、と物騒なことを考えながら秋山を見上げた。

「ナマエさん……」
「……なに、」

しかしどうやらそれは杞憂だったようで、目元を僅かに赤く染めた秋山はそれ以上何も言わずに下着の上からナマエの胸元に口付けた。
背中に回された秋山の手が、下着のホックを弄る。
決してスマートとは言い難い時間をかけて外された下着から腕を抜くと、秋山はそれを丁寧に置いてからナマエを見下ろした。
視線が、痛い。
ナマエは自身の羞恥心が人より控えめであることを知っているが、それにしてもここまで凝視されると流石に多少の抵抗を覚えた。

「……なに、胸のサイズがご不満?」

思わず、照れ隠しに可愛げのない台詞が漏れる。
すると秋山は、滅相もないとばかりに激しく首を左右に振った。

「違いますよっ、そんなことを言わないで下さい。……そうじゃなくて、……その、綺麗だな、と」
「……は?」

後半部分、聞き取りづらいほど不明瞭な声で独り言のように零された言葉を、思わず聞き返す。
途端に、秋山が頬を染め上げた。

「分かっていたつもり、だったんです。貴女が美しい人だということは、ずっと前から知っていました。でも、こうして見ると、改めて、」

それ以上は羞恥心が邪魔をして言葉にならなかったらしいが、ナマエとしては幸いなことだった。
そんな歯が浮くような台詞は、聞かされる方も恥ずかしいのだ。
情けないように眉を下げた秋山が、上体を倒してナマエの胸元に唇を寄せる。
片手で包み上げた胸に口付け、柔らかく指を動かしながら吸い付いていく。

「……ん、……ぁ、」

先端を舌で刺激され、意図せぬままに声が漏れた。
その瞬間、秋山がそこを口に含んで嬲るように舌で包み込む。
手の動きはそのままに舐めて、吸っては甘噛みして、と激しく攻め立てられ、意味を成さない声が喉の奥から迫り上がった。

「……あ、……ぅ、……ん……っ」

左右どちらにも、愛撫が繰り返される。
ナマエが声を漏らす度に、秋山の動きは激しさを増した。
時折、柔らかな皮膚に強い刺激が走る。
後で鏡を見るのが怖いようで、同時に少し楽しみでもあった。
そこにきっと、秋山の印がたくさん残されているのだろう。
それを想像すると、腰の奥が甘く疼いた。






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