口付けに祈りを込めて[5]
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「……ねえ、れーしさん。知ってますか」

少し甘えた声で、ナマエが小首を傾げる。
何を、と問う前に、ナマエは言葉を続けた。

「副長が言うには、牛乳をいっぱい飲んだら、胸が大きくなるらしい、んですよ」
「…………はい?」

あまりにも状況に不釣り合いな単語が並び、宗像は思わず素っ頓狂な疑問の声を上げる。
それを予想していたのか、ナマエが小さく笑った。

「だから、この……半年くらい、かな。試してみた、んですけど、」

そう言われ、つい視線を下げてナマエの胸元に目をやってしまったのはほとんど無意識だった。
その瞬間、鳩尾にナマエの拳が飛んで来る。
さほど力は込められていなかったが、一瞬息が止まった。

「……まあ、ご覧の通り、です」

二、三度咳き込んでから宗像が顔を上げれば、ナマエは少し拗ねたように外方を向く。
ご覧の通り変わっていない、ということだろう。
以前からナマエの胸は確かに、どう見積っても大きいとは表現出来ないサイズだった。

「……ええと、それがどうかしましたか?」

いくら互いの裸を見慣れているとはいえ、女性にとってはデリケートな問題であろう話題をどう拾えば良いのか分からず、宗像は戸惑う。

「……おっきく、ならないかなあ、って思ったんですよ。副長は、あんなに、おっきいのに。なんでだろう、って」

ちらりと宗像に視線を寄越したナマエが、再度目を逸らしてから小さく付け足した。

「男の人は、おっきい方が、好き、なんでしょ」
「え……?」

それは、どういうことだ。
宗像は、常ならばあり得ないほど回転数を落とした思考で必死に考える。

「れーしさんも、その方がいい、のかと思った、から、試してみたけど、……全然、」

頬に僅かな赤みを乗せ、唇を尖らせて不服を唱えられ、宗像は言葉を失くした。
だって、それは、つまり。

「……私だって、副長に、嫉妬、するのに、」

彷徨っていたナマエの視線が、宗像を捉える。
恥ずかしい、照れくさい、そんな感情を添えた瞳に見つめられ、宗像の鼓動が一際大きく跳ねた。

「礼司さんだけだと思ったら、大間違い、なんですよ。……だから勝手に、自己完結して、勝手に、手放さないで、下さいよ」

視線が、重なる。
感情が、重なる。

「……次、同じこと言ったら、今度は許さない、ですからね」

そして、吐息を。
宗像はナマエの腰を勢いよく抱き寄せ、唇を重ねた。
あたたかく、そして激しい感情が、溶岩のように身体の奥から湧いて溢れ出す。
唇を離し、ナマエの後頭部に手を添え、そのまま胸元にきつく抱き締めた。

「……肝に銘じます」

掠れた声で、そう答える。
自分だけだと思っていた。
醜い、不適切で不必要な感情だと思っていた。
だがそれを、全く同じ温度で、同じ想いを返された途端、醜悪に思えた感情が途端に尊いものへと変わる。
それは、互いが相手に抱く愛情の証に他ならなかった。

「それと、ナマエ。一つ、重要なことをお伝えしておきます」

腕の力を少し緩め、その顔を覗き込む。
首を傾げたナマエに、宗像は悪戯心を混ぜて笑いかけた。

「私は、女性の外見についてさほど頓着しないのですが。しかし、敢えてどちらかと答えるならば、私は胸の小さな女性の方が好みですよ」

ふふ、と無意識のうちに柔らかな笑声が零れる。
一拍遅れて言葉の意味を理解したらしいナマエが、驚いたように目を瞠った後、乱暴な仕草で宗像の胸元に額を押し付けた。
それが余計に宗像の笑いを誘う。
宗像がくすくすと喉を鳴らしていれば、ナマエの小さな拳が宗像の脇腹に落とされた。
今度はこれっぽっちも痛くない。

「全く、手癖が悪いですね」

宗像は笑いながらその手をとり、握られた指の関節に口付ける。
奇しくもそこは、左手の薬指だった。





ゆるり、と思惟が揺れる。
やがて、陽の光が告げる朝を認識し、宗像は瞼を持ち上げた。
不鮮明な視線の先には、ほんの少しだけはみ出た黒い頭。
宗像は胸の奥から滲み出る感情のままに微笑み、そっと掛け布団を持ち上げた。
案の定そこには、宗像の着る浴衣の生地を掴んだまま、小さく丸まって眠るナマエの姿がある。
宗像は手を伸ばし、ナマエを優しく撫でた。
滑らかな頬を、長い髪を、そして宗像が贈った青いチョーカーをなぞる。
ケージもリードも必要ない。
それだけでよかった。

「おはようございます、ナマエ」

ぼんやりと瞼を持ち上げたナマエに、笑みを向ける。
気怠げに目を擦ったナマエは、朝の流れに逆らうように宗像の胸板へと顔を押し付けた。
幼子がするように、いやいや、と額を擦り付ける様は猫のようでもある。
宗像はくすりと笑い、その背に片手を回した。

「もう少し眠りましょうか。まだ時間はありますよ」

ゆっくりと華奢な背中を撫でさすれば、ナマエの呼吸が再び緩やかなものへと戻っていく。
それでもナマエの手は浴衣の端を掴んだままで、宗像にはそれが愛おしかった。
次にナマエが起きたら、今度は両腕で抱き締めよう。
今日も君のことを愛していると、きっと伝わるはずだ。
宗像はナマエの頭の天辺に一度唇を落とし、ゆっくりと瞼を伏せた。






口付けに祈りを込めて
- 永遠に、共にあるようにと -






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