王様には敵わない[3]
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「そうですね。私も道明寺君と同じで、あまり女性の特定部位に対する執着や、好みの共通点は意識したことがないのですが、」

デーブルの上に肘をつき、両手を組んだ宗像が何の躊躇いもなく語り出す。
明かされるであろう、これまで謎に包まれていた宗像のプライベートな一面を、部下たちは固唾を飲んで待ち構えた。

「改めて考えてみると、私は女性の胸というものに対してはあまり関心がないようです。どちらかといえば、肉感的な雰囲気は少し苦手かもしれません」

視線を日高に向けながら宗像が発した台詞に、全員が心の中で全く同じことを考えた。
これは、淡島副長にはオフレコだ、と。
無論、淡島が宗像に向ける好意はあくまで部下から上司への、そして麾下から王への敬愛であり、そこに恋慕が含まれていないことは周知の事実だ。
しかし、淡島の持つ抜群のスタイルを全否定した宗像の台詞を敢えて聞かせる必要はないだろう。
道明寺は「ならばなぜあの制服にしたのか」という問いを投げるかどうか一瞬迷い、結局、部下が上司の発言中に口を挟むべきではない、という常は意識もしないような尤もらしい言い訳に逃げた。

「皮膚の薄いところというのは、五島君の話を聞いていると私も分かる気がしてきました。確かに、そこに血管が透けて見えるというのは征服欲を唆られますね」

宗像が、今度は優艶たる笑みを浮かべて五島に視線を向ける。
その場に、先刻とはまた種類の異なる沈黙が流れた。
全員が、背筋に流れる奇妙な汗を自覚する。
五島はよっぽど、そういうことではない、と訂正しようかと思ったが、結局は肯定も否定もしない曖昧な笑みで誤魔化すに留めた。

「抽象的な表現にはなりますが、私は猫のような女性が好みですね」

さらり、と爆弾を落とされ、部下たちは揃って顔を見合わせる。
全員の脳裏に、同じ女性の姿が思い描かれた。

「……猫、ですか」
「はい。気紛れで、自由で、決して媚びず、ですが時折甘えてくる。そういう人が好きです」

最早、宗像の言う「そういう人」に当てはまる名前が一つしか思い浮かばないのは、仕方のないことだろう。
これはもしかして、女性のタイプについての話ではなく、惚気話なのだろうか。
交際していないのに惚気も何もあったものではないはずだが、こうなるとそもそもの交際していない、という根本的な前提さえ疑わしく思えてきた。

「……それはあの、誰か特定の恋人とか、そういうのっすか?」

ここで一歩踏み込んだのは、日高だった。
毒を食らわば皿まで、と若干ずれた決意を胸に、前のめりになる。
その問いに、宗像は微かに柳眉を下げた。

「いえ、違いますよ。生憎と、私も君たちと同じく寂しい独り者ですからね」

残念そうな素振りを見せるということは、宗像に交際を望む意思がある、ということだろうか。
しかしそこまで訊ねることは、誰にも出来なかった。

その時、不意にタンマツの音が鳴る。
各々が自分のものかと一瞬迷う中、宗像が慣れた手つきで制服の内側からタンマツを取り出した。
ケースを開き、通知を確認する。
どうやらメールの着信のようだった。
画面を数秒見つめた宗像の、その眦がふと柔らかく緩む様子を、全員が確かに目撃する。
やがてケースを閉じたタンマツを懐に戻した宗像は、さっと部下を見渡して苦笑した。

「すみません。飼い猫が寂しがっているようなので、私は先に失礼しますね。大変有意義な時間でしたよ、ありがとう」

そう言って席を立った宗像をぽかんと見上げた五人は、半拍後、我に返り慌てて立ち上がる。

「君たちも、楽しくお喋りをするのは大変結構ですが、明日の職務に支障のないようお願いしますね」

にこりと笑って食堂を出て行く宗像を、それぞれが頭を下げて見送った。
ブーツの音が遠ざかり、誰からともなく崩れ落ちるように椅子に座り直す。

「………なあ、今のって、」
「うん、まあ、」
「……牽制、だよな?」
「だねぇ」

顔を寄せ合って交わした議論は、一瞬で決着がついた。

「俺、そういうつもりじゃなかったんだって!」

廊下を歩き去る宗像が珍しく喉を鳴らして笑っていたことなど知る由もなく、道明寺が頭を抱える。
元部下たちは、曖昧に苦笑することしか出来なかった。

「まあ、付き合ってないって言ってたけどさ、」
「結局は溺愛っていうの?」
「なんかもう、付き合う付き合わないとか、そういうレベルの話じゃないんだろうねえ」
「……飼い猫、か」
「……猫、ね」


いつも目にする青いチョーカーを、まるで首輪のようだと思った。






王様には敵わない
- その王様も、飼い猫にだけは敵わない -






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