王様には敵わない[2]
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「……いえ、その、なんと言いますか……」

代表して口を開いた榎本が、しかし隣から滲み出てくるオーラに言葉を濁す。
代わりに、恐る恐る日高が後を継いだ。

「その、どういう女の子が好みか、っていう話だったんです、けど……」

どうせ宗像は疾うに話題の内容を把握しているのだから、今更誤魔化しはきかない。
ならばここで恥じらう方が恥ずかしいと、男らしくストレートに説明すれば、宗像はさも今知りましたとばかりに「ほう」と相槌を打った。
ここで、下世話な雑談に興じる部下たちを笑ってくれるなら、それでよかった。
否、いっそ、職場でそのような話を、と叱責してくれても救われる思いだ。
だが、そう簡単に事を済ませてくれないのが宗像礼司という男だった。

「君たちの女性の好みですか。それは非常に興味深いですね」

眼鏡のレンズをキラリと反射させた宗像を見て、五人は頬を引き攣らせる。

「して、日高君はどのような女性がお好きなのですか?」

そして、個人的に狙い撃たれた日高はさらに口元をも引き攣らせた。
果たして、宗像を前にして性癖を暴露するなど許されることなのか。
あまりにも恐ろしい話だ。
だが同時に日高は、自身の中で好奇心がむくむくと沸き上がることにも気付いていた。
目の前にいるのは、常日頃、清廉潔白を地でいく青の王、宗像礼司である。
性の匂いどころか、食の好みや寝室の場所に至るまで一切のプライベートを部下に見せない宗像は、一体どのような顔でこの手の話に耳を傾けるのか、興味がないとは言えなかった。

「……俺は、その、胸が大きい女性が好き、と言いますか、」
「ほう、胸ですか」

意を決して白状すればさらりと反芻され、日高は何とも居た堪れない心地を味わう。

「胸が大きいというのは、実際どのくらいのサイズを指すのでしょう。ああ、君の私見で構いませんよ」

淡々とした口調で質問され、場の空気がいよいよ面談や査問の様相を呈した。
まるで、執務室のデスクの前に立たされたような心境だ。

「ええと……どのくらいか、と言いますと……」

センチメートルの単位で答えるべきなのか、それともアルファベットのサイズを答えるべきなのか、日高は逡巡する。
そもそも日高とて、巨乳好きを主張してはいるが、さして女性の胸のサイズについて詳しいわけではない。
道行く女性の胸元を見て、それが何カップなのかを当てることが出来る、などという特技も持ち合わせてはいない。
口ごもる日高を見て、宗像は言葉を付け足した。

「たとえば淡島君は、君から見て胸の大きな女性に当てはまりますか?」

宗像にとっては、助け船のつもりだったかもしれない。
しかし、日高にとってはより一層窮地に追い込まれる要素に他ならなかった。
どう答えたものか、日高は冷や汗を垂らして焦る思考を急激に回転させる。
否定すれば嘘になるが、肯定すれば上官侮辱罪かセクハラになるかもしれない。
厳密に言えば先にセクハラをしているのは宗像の方なのだが、追い込まれた日高はそこに思い至らなかった。

「……そう、すね。そうなると、思います」

結局正直に言うしかないと判断した日高の回答に、宗像は愉しげに目を細める。
日高としては、宗像がこの発言を淡島に告げ口しないことを祈るばかりだった。

「なるほど、分かりました」

それを解放の合図と受け取った日高は、上司の前だと分かっていても思わずテーブルに突っ伏す。
宗像はそれに対しくすりと笑っただけで、叱責することはなかった。
そして、次のターゲットが選ばれる。

「五島君はどうですか?」

名を呼ばれた五島がぴくりと肩を揺らし、残った三人は処刑が先延ばしとなったことに安堵すればいいのか絶望すればいいのか判別出来ぬまま俯いた。
宗像に真っ直ぐ見つめられた五島は、思わず視線を彷徨わせる。
しかし次の瞬間、いっそ開き直ってしまおうと変人気質を存分に発揮した。

「俺は一概にこういう人、というのは説明出来ないんですけど、女性の皮膚の薄いところが好きですねえ」
「皮膚の薄いところ、ですか」

五島のマニアックな好みは、然しもの宗像にも理解出来なかったらしい。
珍しくもきょとんと不思議そうな顔をした宗像を見て、五島はついつい己のフェティシズムを熱弁してしまった。

「……なるほど、重要なのは血管の透け具合というわけですね。興味深い」

一通り話を聞き終えた宗像は、その言葉通り興味深そうに頷く。
皮膚の透明感がどうの、血管の見え方がどうのとかなりマニアックで本人以外には理解しがたい話だったが、宗像は五島の長広舌にまるで事件の報告を聞くかのごとく、否それ以上の真剣さで聞き入っていた。
その姿を目にした面々は、宗像が意外とこの手の話を共有するに相応しい相手なのかもしれないという思いを抱き始める。
揶揄して愉しむくらいはするだろうが、少なくとも茶化したり否定したりはしないだろう。
そう判断した道明寺は、自ら切り出してみることにした。

「俺、実はタイプとかフェチとか、自分でも良く分かんないんですよ」
「と、言いますと?」
「なんか、漠然と、可愛い子が好きだなーっていうのはあるんですけど」
「可愛い子ですか、なるほど。では道明寺君は、どのような女性を見て可愛いと感じるのでしょう」

案の定宗像は、笑うこともなく真摯な態度で話に乗ってきてくれる。
日高も、伏せていた顔を上げて道明寺と宗像を交互に見つめた。

「えーっと、そうですね……目が大きめの子?あとは、あんまり背が高くなくて、肌が白くて、細めで」
「なんかそれって、まるで、」

道明寺が挙げ連ねる条件を四つ目まで聞いたところで、不意に日高が声を上げた。
まるで、の後に続く名前を瞬時に察した布施が、テーブルの下で慌てて日高の太腿を抓る。
残りの面々が、恐る恐る宗像の様子を窺うように視線を動かした。

「ほう」

眼鏡の奥で紫紺が不気味に光ったように見えたのは、気のせいだと思いたい。
一拍遅れて発言内容の問題に気付いた道明寺が、さっと顔色を変えた。
無意識だった日高も、あ、と小さく声を漏らす。
恐ろしい沈黙が落ちた。

「……え、えーっと、室長は?室長はどのような女性がお好きですか?」

とりあえずこの重い空気をどうにかせねばと、榎本が努めて明るく話を逸らす。
全員で、回答が心底気になる、という顔を宗像に向けた。

「ふむ、私ですか」

粛然と微笑んでいた宗像が、考え込むように右手の指を顎に添える。
青の王、宗像礼司の女性の好み。
誰かがごくりと唾を飲み込んだ。







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