王様には敵わない[1]
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それは、哀しき男の性だ。

「やっぱり胸だよ、胸!」
「お前はそればっかりだな、日高。それ、世理ちゃんの前で言ってみろよ」
「あーー、勘弁してそれは無理」
「んふふ。俺は胸にはあんまり興味ないけどねえ」
「五島はあれだろ、膝の裏」

健全な若い男が三人以上集まれば、気が付くと話題がそっち方面に流れていく。
それは最早、自然の摂理だ。

「皮膚の薄いところがさ、いいんだよねえ」
「皮膚の薄いところ……ってどこだ?」
「肘の内側とか、首筋とかさ」
「分かるような分からないような、だな」
「布施は?」
「ん?俺は脚」
「ああ、そうだった。あの、足首がきゅっと締まってるのでしょ?」

青雲寮、午後九時すぎの食堂は、特務隊の元剣四組、と呼ばれる榎本、布施、五島、日高の貸し切り状態となっていた。
緊急出動もなく、比較的平和だった一日の終わり。
いつもならば食事の後すぐ部屋に戻って各々疲れを癒す時間だが、一日中デスクワークに徹したせいか、普段よりも体力が余っていた。
そんな状態で仲の良い四人が偶然揃えば、そのまま雑談を交わすに至るのは至極当然の流れで、最初は直近の任務や遭遇したストレインの話をしていたはずが、気が付けば赤裸々な男子会のノリに様変わりしていた。

「日高お前、なんだかんだ世理ちゃんのこと好きだろ」
「ええっ?!いや確かに、見た目はストライクゾーンど真ん中だけどさ、恐れ多いっていうか」
「まあ、淡島副長は女の子って感じの人じゃないもんねえ」

気心の知れた仲間だけの席ともなれば、普段は言えないようなことが零れ落ちて行く。
それぞれが好みの酒やジュースの入ったコップを傾けながら盛り上がっていると、偶然食堂の前を通りかかった道明寺が中を覗き込んだ。

「よーお!なんか楽しそうだな」
「あ、道明寺さん!お疲れ様ですっ」

特務隊の中でも元隊長格とあって特別な道明寺だが、榎本らにとっては、かつての直属の上司。
もちろん尊敬の念は充分にあるが、それ以上に友人のような感覚で接することの出来る相手だ。
それは道明寺の年齢が故というよりも、彼本人の醸し出す雰囲気や、みんな友達、と言い切る彼の信条によるところが大きい。

「何の話だ?」

冷蔵庫の中から牛乳パックを取り出した道明寺が、四人と同じテーブルに着く。
日高が、これまでの会話の内容を掻い摘んで説明した。
と言っても、要は女の子のどこが好きか、どんな女の子がタイプか、というありきたりなテーマである。

「道明寺さんは?どんな子がタイプっすか?」

正直、前にも同じことを聞いたことがあるような気がしなくもない。
だがここ手の話は酒の席で交わされることが多く、また大人数で賑やかに語り合うため、互いに何を言ったかなど碌に覚えてはいないのだ。
結局のところ、大事なのは誰の好みというよりも、こうして仲間内で集まって他愛のない話をする、という時間なのだろう。

「えーー、俺かあ。別に、何フェチっていうのは特にないんだよなあ」
「俺っ!俺は胸フェチっす!」
「知ってるよ馬鹿」

自分から聞いておいて碌に答えも聞かぬまま挙手した日高の頭を、道明寺が叩く。
いってえ、と日高が大袈裟に喚いた。

「お前らは?」

道明寺の問いにそれぞれが、唇、脚、膝の裏、と三者三様の答えを返す。
見事に即答されたフェティシズムに、道明寺は数度目を瞬かせた。

「そーゆーのって、みんなあるもんなんだ」
「どうでしょう。人それぞれだと思いますよ」
「こないだ、加茂さんは特にないって言ってました」
「……日高、聞いたんだ」

榎本が苦笑する。
特務隊の中でも、秋山、弁財、加茂の年長者組三名は、あまりこの手の話題を歓迎するタイプではない。
もちろん興味が全くないわけではないのだろうが、いかんせん気質が真面目なため、職場で下世話な話に興じることは少なかった。

「秋山さんは確か、年上好きだったよな?」
「うん。弁財さんがそんなことを言った時、否定しなかったしね」
「へえ。秋山は年上がいいんだ」
「弁財さんは……聞いたことないっすね」
「んふふ。妹さんがいるし、面倒見もいいから、秋山さんとは反対に年下好きかもねえ?」

ついにはここにいないメンバーのことまで話題に乗せ、五人は好き勝手に喋り続ける。

「……なあ、伏見さんは?」
「………あーーー、……伏見さん、かあ」
「あの人、女の子に興味とかあるのかなあ」
「……あんまり、なさそう、だよねえ?」

それぞれが脳裏に、舌打ちと暴言を繰り返す年下の上司を思い浮かべ、苦笑した。
とても、女性と付き合ったりデートをしたり、という男性であれば普通なはずの行為が似合わない。

「……なんか、女なんてめんどくせーだけだ、とか言いそうっすよね」

日高の想像は恐らく、かなり的を射ているのだろう。
残る四人が同意するように頷いた。

「あ、じゃあさじゃあさ。室長は?!」

そして、沈黙を埋めるかのように勢い込んだ道明寺から落とされた王の名に、今度こそぴたりと空気が止まった。

「…………室長、っすか……」

脳裏にあった伏見の顔が、今度は宗像の顔にすり替わる。
硬質なレンズの奥で泰然と微笑む姿を想像し、五人は揃って唸り声を上げた。

「……室長ってさ、女の人と付き合ったこととか、あるのかな。あの子は別に、恋人とか、そういうわけじゃないんでしょ?」
「まあ、特殊な関係っぽいけど、付き合ってるわけではなさそうだよねえ」
「でもあれ、溺愛だろ?」
「確かに、そうなんですよね。王になる前からずっと一緒だ、って」
「…………え、じゃあ、室長ってもしかしてさ、ロリコ、」


「私がどうかしましたか?」


日高が決定的な言葉を全て言い終える前に頭上から降ってきた低音に、五人は揃って椅子から飛び上がった。

「ひ……っ!!」

グラスの中身が跳ね、何人かの手を濡らす。
だがそんな些事に構う余裕もないまま、全員が椅子を半数以上蹴り倒す勢いで立ち上がり、姿勢を正した。

「しっ、室長!!」

榎本の背後から、顔を突き合わせて話し合う五人を覗き込んでいた宗像が、それぞれの不審な挙動を愉しげに眺めて微笑む。
宗像は右手を軽く挙げて五人に着席を促し、くすりと唇の端で笑った。

「たまたま廊下を歩いていたら賑やかな声が聞こえたものですから、つい立ち寄らせて頂きました。何か面白いお話をしていたのですか?」

恐らく大体の会話を聞いていたのであろう宗像の白々しい質問に、倒れた椅子を最小限の音で直し腰を下ろした五人は、蒼白になった顔を恐る恐る見合わせた。
さも自然な流れとばかりに、宗像が空いていた椅子、榎本の隣に腰掛ける。
気兼ねない仲間内での雑談が、突然上司との集団面接に切り替わった。







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