初めて抱き締めた温もり[2]
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初めて身体を重ねた時、宗像はナマエに対し何の説明も与えなかった。
ナマエも、戸惑いを垣間見せこそすれ、口に出して宗像に疑問を呈することはしなかった。
やがて、行為の回数が両手の指では足りなくなった頃から、宗像は酒の肴や甘さの欠片もないピロートークに、身体を求めた原因及び動機を漏らすようになった。
無論、直截的に全てを語り聞かせたわけではない。
遠回しに、曖昧な言葉を選んで、宗像は己の中に潜む厖大な力と、それが齎す激情を断片的に伝えた。
ナマエは、安易に理解したと言うこともなければ、その反対もまた然りだった。
言葉はなく、ただ受け止める。
それは、情事の最中に宗像が見るナマエの身体そのものだった。


そうして歪な関係のまま、三年もの年月を重ねた。


「こんばんは、ミョウジ君」

共に迎える、三度目の夏。
表向き、二人の関係性は当初と何も変わっていない。
上司と部下であり、ただそこに、身体の関係があるという、少し特殊な事情を抱えているだけだ。
他愛のない雑談は、多少増えたかもしれない。
だが互いの関係性について言及するようなことはなく、ナマエも相変わらず説明が足りない宗像に質疑を投げることはない。
それどころか、ナマエはこの三年ですっかりこの関係に慣れたのか、態度に怪訝な様子が混じることもなくなった。

恐らく、変わったのは宗像の胸臆だけなのだろう。

当初、宗像にとってこの行為に至る理由は一つしかなかった。
しかしいつからか、そこにもう一つ、別の理由が混じるようになった。
一つ目の理由は言わずもがな、内包する王の力を制御しきれない時に体外へと発散するためであり、ナマエにも断片的にではあるが説明した通りだ。
そして新たに芽生えた二つ目の理由を自覚した時、宗像は驚愕した。
それは、ただ単にナマエを抱きたいという、純然たる雄の欲望だった。
無論、宗像はすぐさまその感情を胸の底に仕舞い込んだ。

身体を重ねるという行為に先行して然るべき情が、遅くなったとはいえ芽生えたのだ。
それは、倫理的観点から見れば悪くない事柄だったかもしれない。
しかし宗像の場合、それは非常に厄介な感情だった。

宗像は、自らがナマエに与える行為の残滓が一等重いものであることを自覚していた。
勿論他者と比較したことなどないので正確には分からないが、ナマエの様子や屯所内で耳にする下世話な雑談から、宗像は己が相手に平均以上の負担を掛けていることを理解していた。
それもそのはずである。
ナマエは情の有無に関係なく性行為に当然付随する雄の性欲に加え、王の力を受け止めているのだ。
一時的とはいえ、宗像でさえ制御しきれない奔流を、宗像よりひと回りもふた回りも小さな身体で受け止めることがどれほどの負担であるか、宗像には想像するべくもない。

ただでさえ重い負荷がかかる行為に、さらに感情という厄介なものが乗ればどうなるか、結果は火を見るよりも明らかだろう。
だからこそ、宗像は気付いた感情に蓋をした。
それをナマエに悟られてはならないと思った。
そもそも、ナマエが宗像に許したのは身体だけだ。
宗像が半強制的に許容させたと言っても過言ではないが、結果論とはいえ、今のナマエは宗像が王の力を発散したい時があるのだと理解し、受け止めてくれている。
しかしそれだけの話であり、ナマエに宗像の想いを受け入れる義理などないのだ。
宗像は無自覚のうちに、暴走する力を受け止めてもらうためという理由を、半ば免罪符のように考えていたのだろう。
被害者だなんて、下劣なことは思わない。
だがどこかで、許される理由に足り得る気がしていた。
だからこそ、もう一つ芽生えた甘えを押し付けることなど出来はしない。
すでに年長者として、男として、さらには王として、上司として、過ぎた甘えを寄せているのだ。

そう、理性では正しく判断していた。


白いシーツの海で、素肌を触れ合わせる。
実際には宗像がナマエを抱き寄せているはずで、事実ナマエの指先はシーツを握り締めているだけなのだが、宗像はいつも包み込まれているように錯覚する。
それは、触れる肌が温かいせいなのだろう。
宗像が初めてナマエを抱いた時に最も強く脳を刺激したのは、性器に与えられる快感でもなければ射精の満足感でもなく、冷え切った身体の内側に沁み渡るような肌の温もりだった。
柔らかな肌を撫でれば、指先が痺れるように温まっていく。
上に覆い被さってそのまま胸と胸とを重ね合わせれば、言いようのない幸福感に包まれた。
それは、凍てつく青の力を受け入れてさらに温もりで包み込むほどの沖融だった。

「……本当に、君はあたたかいですね」

宗像は、ナマエの上に身体を重ね、首筋に顔を埋めてその温もりに酔った。
触れ合う肌と伝わってくる鼓動が、宗像の、かつては鉄壁と自負していた理性を揺るがす。

「し、つちょ、も、あったかい、ですよ?」

そして返された言葉に、宗像は息を飲んだ。
見下ろせば、不思議そうに首を傾げた姿があり、その言葉が嘘ではないと伝わってくる。

「……そう、ですか。それは、知りませんでした」

宗像はそう呟き、直後、奥歯を噛み締めた。
間違っても、言ってはならない言葉を口にしないように。

ゆっくりと、白磁の肌を指でなぞる。
そこに、愛おしさを込めないように。

一つ息を吐いてから、宗像は常のように激しくナマエを攻め立てた。
何一つ、ナマエに悟られないように。


宗像の理性が崩れ落ちる、三ヶ月前のことだった。






初めて抱き締めた温もり
- 愛されずとも、護りたいと思った -





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