初めて抱き締めた温もり[1]
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R-18








身体機能が全て正常に働いている以上、体温が三十度を下回っている、ということはないのだろう。
だが宗像にとって、時折身体の内側から肌を突き破るかのごとく押し寄せる奔流は、まるで氷のように冷たく感じられた。

青の力、それは秩序と制御。

しかし厖大過ぎる王の力は時に、皮肉にも当の宗像にさえ制御仕切れない暴走を見せた。
凛冽たる衝動が、身体の内から溢れ出る。
心臓から指の先まで、まるで血液の中を氷水が這っていくような感覚。
少しでも制御を緩めると、それは体外に溢れ出し、宗像の周囲を細氷のように覆い尽くす。

初めて力の暴走に翻弄されたのは、王になって一ヶ月が過ぎた頃だった。
正確に言うならば、初めて赤の王周防尊と、共にダモクレスの剣を掲げて戦闘に及んだ直後のことだ。
あの日、宗像は周防の暴走に引きずられるようにして、力を開放した。
王となってから、その力を秩序のために使役するのは、そもそも王になる契機ともなったハイジャック事件以来、二度目のことだった。
宗像としては、本格的な戦闘など描いたシナリオの範疇外だった。
しかし、口惜しくも敗北を認めて引き下がろうとした宗像に対し、周防は撤退を許さなかった。
恐らくあの時、周防は力の暴走に身を任せていたのだろう。
周防の圧倒的な暴力に対抗すべく、宗像はヴァイスマン偏差をバーティカル・オーバーさせ、大剣を宙に吊り下げた。
戦闘は三輪一言の介入により中断されたが、宗像にはかつてないほどに石盤から引き出した力の余韻が残った。
一夜明け、翌日の御前を間に挟んだ青赤の会談を終えてもその余波は消えず、凜然と宗像を蝕んだ。
真夏だというのに酷く寒かった。

温かいものに触れたい。
沸き上がる衝動を、どのような形でも良いから身の内から吐き出したい。
荒れ狂う雪嵐のような暴走を、どこかにぶつけたい。

思惟を占めるのは、紛うことなき欲望だった。
その欲求を満たすために宗像が選んだ手段は、恐らく青の王としても、人としても倫理に適っていたとは言えないだろう。
半ば突き動かされるように、しかし表面上は常と何ら変わらぬ微笑で以て、宗像はそれを実行に移した。

「私とセックスをしてもらえませんか」

相手は、誰でも良かった。
否、正確に表現するならば、余計な手間が増えず、組織の秩序に乱れが生じないならば、誰でも良かった。
しかし結論として、条件を満たす相手は一人しかいなかったので、それは選択した結果と言えるのかもしれない。
宗像が選んだのはミョウジナマエという、比較的よく顔を合わせる部下の一人だった。
間違ってもこの相手は、淡島であってはならなかった。
彼女にとって宗像礼司は絶対の王であり、一縷の綻びさえ許されない。
宗像は淡島に、王の右腕という役割以外のものを与えてはいけなかった。
それに対し、ナマエは宗像にとって然程何も取り繕う必要のない、言ってしまえば気楽な存在だった。
ナマエは淡島と異なり王を盲信することもなく、宗像に対する理想もない。
単なる一上司だ。
無論、突然自らの上司に身体の関係を求められたナマエは大層驚いた様子だったが、宗像の予想通りナマエはセクハラだと批難することもなければ、宗像に幻滅した様子もなかった。
抵抗という抵抗もなく、ナマエは宗像に誘導されるまま身体を拓いた。

それが、今もなお続く特殊な関係の始まりである。

頻度としては、月に一、二回だ。
それは即ち、宗像の中で王の力が制御を離れ暴走する頻度でもある。
その度に宗像は、他の誰にも悟らせることなくナマエにだけ合図を送った。
ナマエはそれを正しく汲み取り、宗像の私室を訪ねて来る。
そうして回数を重ねた行為は最早二人にとって習慣に近いものと化し、互いに暗黙のルールがいくつか出来上がった。

そのうちの一つが、まさにこれだろう。

宗像は、意識を失ったナマエを抱え上げ、部屋に備え付けの浴室へと足を向けた。
力なく垂れ下がった手足をぶつけぬよう注意しながら、宗像は行儀悪く浴室のパネルドアを足先で押し開ける。
毎回、ナマエの意識が飛ぶまで行為に及ぶ宗像が事後処理をするのは、最初の一回目から重ねられてきた慣例だった。
ナマエの頭から足先まで、滲んだ汗を洗い流し、そして宗像が叩きつけた欲望の痕跡を能う限り消していく。
とは言っても、皮膚に残った鬱血痕まではなかったことに出来ず、丁寧にシャワーを掛けた先には情事の跡がしっかりと残った。
こればかりは、致し方ない。
宗像はついでのように自らも簡単にシャワーを浴び、ナマエの身体が冷える前にと浴室を後にした。

身体を拭き、髪を乾かし、宗像の室内用の浴衣を着付け、白濁と汗に塗れたシーツを取り換えて、ようやくベッドにナマエを寝かせる。
その間、ナマエは微動だにしなかった。
平常時ではあり得ない気配への疎さは、間違いなく激しい行為の影響だろう。
宗像は、深く眠り続けるナマエの隣に腰を下ろし、その寝顔を見守った。
夜のうちにナマエが一度目を覚ますこともあれば、そのまま朝まで夢の中から戻らないこともある。
どちらにせよナマエが宗像の部屋で一夜を過ごすことに変わりはないので、宗像にとってはさして重要なことではなかった。

そう、重要なことではなかったのだ。


「……どうしてでしょうね、ミョウジ君。出来ることならば、一度目を覚ましてほしい、だなんて」

宗像はサイドテーブルから取り上げた煙草に火をつけ、僅かに唇の端を歪めた。
白い煙が薄っすらと、寝室の天井目掛けて昇っていく。
宗像は緩慢に目線を上げ、その空気の流れを見つめた。

「まあ、私のせいなわけですが、」

左手の指に煙草を挟み、上半身を捻る。
静かに眠る安らかな表情は依然として変わらず、目を覚ます気配はなかった。
それが、行為の激しさ故なのか、それとも仕事の疲労が積み重なった結果なのか。
どちらにせよ、直接的か間接的かの違いがあるとはいえ、元を正せば原因は宗像にあるため、目を覚ましてくれないのは謂わば宗像の自業自得である。
宗像は、空いた右手でナマエの頬を優しく撫でた。
普段サーベルを掲げる際と同じ手で、まるで硝子細工を愛でるかのごとく柔肌をなぞる。

零した問いの答えを、宗像はとうに知っていた。
しかし、それを認めてしまいたくはなかった。
無駄な悪足掻きだと、宗像は嗤う。
白い煙と共に吐き出した深い嘆息は、深夜の闇に暗澹と溶けた。



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