初めて抱き締めた背中[2]
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身の内から食い破られそうな激情、なのだという。
その奔流に身を任せ、全てを破壊し尽くしたくなるそうだ。
宗像からそう聞かされたナマエは、なるほど確かに青の王らしくない衝動だという所感を抱いた。
何を司ろうが、どんな言葉で装飾しようが、結局は王の力。
石盤から齎される厖大な力は、一人の人間には重すぎるのだ。
宗像は普段、それを静謐な青の意匠に包み、涼しい表情で以て従えている。
暴れ狂うエネルギーを支配下に置き、完璧な微笑を浮かべている。
その潜熱を解放するのが、今この瞬間なのだ。


「し、つちょ、……あ、ぅ……っ、あ、」

いや増して激しくなる動きに、ナマエの身体は揺さぶられる。
その上で、宗像は柳眉を微かに顰め、唇から熱のこもった息を吐き出した。
ナマエの顔の両脇に付かれた白い腕に、はっきりと血管が浮いて見える。
肌蹴た浴衣からは、着痩せして見えるだけで実は適切に鍛えられた肉体が覗いていた。
ナマエはそれまでシーツを掴んでいた手を伸ばし、宗像の腰帯に指を掛ける。
結び目を解き、宗像の肩から浴衣を落とした。
上体を起こした宗像がその浴衣を脱ぎ捨て、乱雑にベッドの下へと放り投げる。
普段の宗像からは考えられないような所作が、余裕のなさを如実に表していた。

「あ、ン……っ、う、……っ、は、ぁ……っ」

大きな両手に腰を掴まれ、乱暴に突き上げられる。
肌のぶつかり合う音と粘着質な水音が鼓膜を揺すった。

「……すみま、せん」

僅かに掠れた声で、宗像が唐突に謝る。
ナマエがその底意を捉えきる前に、身体が一瞬で反転させられていた。
必然的に枕に顔を埋めたナマエの背後から、宗像の屹立が深く突き立てられる。
それはナマエの中で特に感度の良い場所を違うことなく刺激し、ナマエは悲鳴染みた嬌声を枕に染み込ませた。

「止まらないんです。すみません、」

再び繰り返される謝罪。
それに応える余裕など今のナマエにあるはずもなく、厖大な熱量に身体を貫かれ、ナマエは一気に絶頂へと上り詰めた。
圧倒的な倦怠感に、ナマエの膝が力を失って崩折れる。
しかし、宗像はそれを許さなかった。

「ま、ってくださ、しつ、っあああっ」

欲望を吐き出すことのなかった宗像の熱芯が、ナマエの状態を鑑みることもなく抽送を続ける。
絶頂を迎えたばかりのナマエに、その刺激は苦痛でしかなかった。
背後から齎される暴力的な快感に、ナマエは呼吸すら儘ならなくなり喘ぐ。
枕は涎と涙であっという間に濡れそぼった。
二度目の絶頂は呆気ないほど早く訪れ、ナマエには抵抗の術などない。
子宮どころか肺までもが殴られるような鈍痛を訴える中、ナマエはもう一度快楽の海に投げ飛ばされた。
烟る思考で、身体の中に滲む熱を感じ取る。
欲望を吐き出した宗像が、少し乱れた呼吸をナマエの耳元に落とした。

しかし、それで終わりではなかった。

弛緩したナマエの身体が、宗像によって容易く抱き上げられる。
そのまま再度仰向けに倒され、ナマエは目を瞠った。
滲む視界の中に、微かに髪を乱した宗像の姿が映る。

「明日は、有給扱いで構いません」

常の明瞭さを僅かに損なった声音と共に、宗像が眼鏡のブリッジを押し上げた。
隠された顔に、どのような表情が浮かんでいたのか。
再び押し当てられた熱のせいで、ナマエがそれを知ることはなかった。

「ーーっ、しつちょ、」

制止の言葉を一音すら紡ぐ暇なく、滾った欲望が中を抉る。
背を仰け反らせ、ナマエは声にならない悲鳴を上げた。
体力か、それとも精力が底なしなのか、先と何ら変わらない勢いで宗像がナマエの中を暴いていく。
常よりも激しい交わりに、ナマエは擦り切れそうな喘ぎ声を漏らした。
天井の白を背景に、一糸纏わぬ宗像の整い過ぎた顔と上半身が見える。
ナイトランプに照らされた肌理細かな肌は、僅かに汗を滲ませていた。
レンズの向こうの紫紺に、雄の淫欲が揺れている。
それは、青の王には到底不釣り合いな様相で、だが恐ろしいほどに嬋媛としていた。
乱暴かつ的確な抽送は、またしてもナマエを絶頂へ追いやろうとする。

「ひ、ぁ、あ……っ、んぅ……、し、つちょ……っ」

不意に、それまで放置されていた胸元に噛み付かれ、想定外の刺激にナマエの目の前は真っ白に弾けた。
噛み殺し損ねた嬌声が、一等大きく寝室を満たす。
驚くほど跳ねた身体をシーツに沈み込ませたナマエは、荒い息を繰り返した。

「も、むりです、しつちょ、っ、も、だめ、」

このまま思惟が溶け落ちてしまうと、微かに残った気力で声帯を震わせる。
しかし宗像は、ナマエの状態を斟酌する気など毛頭ないのか、熱を保ったままの怒張を更に奥へと押し込んだ。

「赦して下さい、ミョウジ君」

音もなく口を開閉させたナマエを見下ろした宗像が、僅かに眦を下げて呟くように言葉を落とす。
その殊勝にも見える態度とは裏腹に、宗像の熱芯は再び激しくナマエの中を蹂躙した。


それはきっと、宗像が抱える激情の十分の一にも満たないのだろう。
ナマエを追い詰める熱量の何倍、何十倍ものエネルギーを、宗像は常に身の内で飼っている。
その力の趨くままにサーベルを振るうことは、許されない。
青の王として、秩序の体現者として、宗像は常に力を制御し続けなければならない。
全てを解放する場所など、どこにもないのだ。

ならば、せめて。


「あ、ン……っ、ぅ、……っ、しつ、ちょ……っ」

せめて、ほんの僅かでもいいから、吐き出せる場所になりたい、と。
そう思ったのは、いつの頃だったか。
気力体力共に消耗し、終わった後はまるでぼろ雑巾のようになると分かっていても、ナマエは宗像を拒絶したことがない。
譫言のように限界を訴えることはあれど、根本からの拒否は決して口にしない。


「あ、ああっ、ン……っ、し、つちょ……っ」
「もう少し、もう少しですから」

それは、麾下だからではない。

「……ん、は……っ、あ、……だい、じょ、……ぶ、しつちょ……っ、だ、いじょう……っ、ぶ……、だ、から……っ」

拒否権がないから拒否しないのではない。

「……ミョウジ、君……?」

力を持て余し、余裕を失くし、形振り構わぬとばかりに腰を振って解放を希う宗像を、受け止めたいからだ。

「きて、くださ、……っ、い、……ここに、ちゃ、んと……っ、あ、ン……っ、ぅ、い、ます、から……!」

藍色の髪を乱し、頬を若干火照らせた宗像の、息を飲む気配が伝わってくる。
喉仏が微かに上下する様を見つめ、ナマエは小さく口角を上げた。
この行為を、宗像の恣意だとは思っていない。
そこに愛だの恋だの、そんな明確な名称がなくたって、ナマエにとっては取るに足らない瑣末なことだ。
最初の頃は確かに、なぜ自分なのかと王の気紛れな人選を恨んだこともある。
翌日ベッドから動けず、そんなナマエに対して清澄たる笑みを浮かべた宗像を心の中で罵ったこともある。
だが、時を経て回数を重ねる度に、思いも変遷した。
他の誰にも見せることのない姿を晒す宗像を、この小さな手では到底足りぬだろうが出来得る限り受け止めたいと思うようになった。


「ん、あ……っ、あ、ああ、ン……っ、」

一層激しくなった動きに翻弄されながら、ナマエは必死で宗像の顔を見上げる。
その紫紺に滲むのは、捕食者のような激しい衝動と、同じだけの憂懼に感じられた。
壊してしまうことを恐れているのだろう。
大丈夫だと伝えたくて、だが唇から漏れるのは意味を成さない断続的な音ばかりで、ナマエは宗像の背に手を回す。
しっとりと濡れた肌に掌を添えれば、身体の中で宗像の熱芯が一際大きくなった。

「ーーっ、」

宗像が、瞬間的に息を詰める。
欠片も余裕を残さぬ貪婪な双眸に射抜かれ、ナマエは総毛立つような感覚に腰を震わせた。
長い睫毛に縁取られた紫紺が、その濃さを増して深く揺らめく。
そこに浮かぶのは、ナマエの見間違いでなければ飢渇だった。

刹那、宗像が肘を崩してナマエに顔を寄せる。
そのまま、ナマエの唇は宗像のそれによって、まるでパズルのピースをはめるかのごとくぴたりと塞がれた。
シーツと背中との間に宗像の腕が回され、肺が潰れそうなほど強く抱き寄せられる。
呼吸も思惟も、何もかもが瞬時に奪われた。

触れ合う湿った肌の感触と、鼻孔いっぱいに広がる宗像の匂い。
それだけが、鮮明だった。





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