初めて抱き締めた背中[1]
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R-18









以上が今回の事件の概要です、詳細は書類にてご確認下さい。
ナマエはそう言って、先日発生したストレインによる傷害事件の報告を終えた。
数枚に渡る報告書を受け取った宗像が、執務机の向こうで満足げに頷く。
特に質疑が飛んで来ないことを確かめ、ナマエは「それでは、」と暗に退室の許可を求めた。
しかし頭を軽く下げかけたところで、不意に宗像の低音が鼓膜を揺らす。

「ああそうだミョウジ君。この後は?」
「……本日の業務はこれにて終了ですが」
「結構。では二十一時に」
「了解しました」

まるで業務連絡のような簡素さで往復したこのやり取りを仮に端から聞いた者がいたとしても、誰一人としてその内実を正しく理解することは出来なかっただろう。
ナマエはまるで何事もなかったかのように一礼し直し、執務室を後にした。
宗像もまた、常と変わらぬ優艶たる微笑で以てそれを見送った。

互いにだけ伝わるこの簡潔な会話も、果たして何度目のことだろうか。
ナマエには正確に思い出すことが出来なかった。
一つ確かなのは、今夜の睡眠時間が宗像の都合により短縮されたということだけだ。

色気も雰囲気もない、しかしそれは所謂夜のお誘い、というものだった。



唇が性急に触れ合う。
宗像に誘われて訪れた寮の私室、普段の手順を数段飛ばした接触に、ナマエは少し嫌な予感を抱いた。
浴衣一枚を纏って待ち構えていた宗像は、晩酌も会話もなくナマエを寝室へと連れ込む。
ナマエの形ばかりの抵抗は、常よりも熱く感じられる唇に封じられた。
薄めの唇が、ナマエのそれを食む。
そう時間を置くことなく、空隙から宗像の舌が器用に滑り込んだ。
早々に抵抗をやめたナマエの舌は呆気なく絡め取られ、くちゅり、と淫靡な水音を響かせる。
角度が変わる度に、宗像の眼鏡のフレームがナマエの肌に触れた。
その硬質な冷たさと、相反する舌の熱さに、ナマエは奇妙な心地でベッドに沈み込む。
覆い被さってくる宗像の長い前髪が額や頬を掠め、擽ったかった。

「………ん、………ぅ、」

鼻から抜ける息に、熱と微量な音が混じり始める。
宗像の舌は的確に、ナマエの歯列をなぞり、味蕾を擦り付け、舌の付け根を這った。
聞くに堪えないような激しい水音と、卑猥なリップノイズ。
よほど余裕がないらしい、というナマエの予想を裏付けるかのごとく、ようやく唇を離した宗像の双眸には明らかな淫欲が揺らめいていた。


宗像と初めて身体を重ねたのは、恐らくもう三年ほど前のことだろう。
それ以降、月に一度から二度。
ナマエはこうして、宗像に身体を拓かれる。
だが、二人の間に恋人という関係性があったことは一度もなかった。
敢えて枠に当てはめるならばこれは、身体のみの関係、ということになる。
青の王という秩序の体現者には到底似付かわしくない言葉だが、ナマエはもうすっかりこの関係に慣れてしまった。

もちろん、最初は驚いた。
何しろ、宗像が唐突すぎたのだ。
就業中の執務室で、自らが王と仰ぐ男に脈絡も何もなく突然「私とセックスをしてもらえませんか」などと言われれば、例外なく全ての隊員は確実に聞き間違いだと思うだろう。
当時のナマエも多分に漏れず、聴覚の異常を疑って聞き返した。
すると宗像は、一字一句違うことなく同じ台詞を繰り返してみせたので、ナマエは唖然とするよりなかった。
結果はすでに承知の通り、王の麾下という立場にあるナマエに宗像の提案を拒否する術などなく、ナマエはその夜のうちに宗像を受け入れた。
それが始まりだった。


手早く衣服を剥ぎ取られたナマエの素肌を、宗像の婉麗な指先がなぞる。
サーベルを握る者のそれとは思えないほど、宗像の手は美しかった。
花弁のような爪が性感帯を刺激せんと蠢く様は、なぜか受け止める側のナマエに背徳感さえ植え付けてしまう。

「……ぁ、ん………、ン……、」

我慢しきれず漏れた声に、ナマエの上で宗像が婉然と微笑んだ。
レンズの奥で紫紺が細まる。

「少し乱暴にしても?」

弧を描く唇から落とされた問いに、ナマエは少し呆れた。
情事の全てはナマエの否応なしに宗像主導で行われるのだから、その質問は形式だけであり、ナマエの回答もまた意味を持たない。
それを良く知っているナマエは、何も口にすることなく目を伏せた。
宗像がそれを諾と受け取ったのか否かなど、瑣末なことだ。
突然首筋に噛み付かれ、ナマエの身体が跳ねた。
しかし逃げようとは思わない。
逃げられるとは思っていない、というのが正確なところだが、仮に逃げられるとしてもナマエはそうしないと自ら確信していた。
首筋に、歯と舌と唇が代わる代わる刺激を落としていく。
食べられてしまいそうだ。
抱いた感想に、ナマエは内心で少しだけ笑った。


七人の王、七色の力。
その中でも青は、白銀、黄金に次ぐ安定を保つ色だという。
秩序を司る、という役割を考えれば妥当と言えるだろう。
間違っても、暴力を司る赤のように不安定かつ過激な力ではない。
しかし、いくら比較的安定感があると言えども王の力だ。
とても一人の人間に課すべき力ではない。
平時、清冽とした表情で王たる責務を全うしている宗像の中でも、その力を持て余し、その力に蹂躙される時がある。
ナマエがそれを知ったのは、宗像と身体を重ねるようになってからのことだった。


さほど慣らされてもいない中に、宗像の熱芯が突き立てられる。
閑麗な顔に似合わぬ大きさの楔は、容赦なくナマエの最奥までを貫いた。

「ひ、ああ……っ、あ、ぅ……っ」

内臓まで届く鈍痛に、ナマエは呻く。
裂ける痛みはなかったが、代わりに身体の中心を燃やされるような熱が広がった。
そんなナマエの反応などお構いなしに、宗像が抽送を始める。

「いっ、……あ、あ……っ、ン、」

痛みなのか快楽なのか、判別のつかない刺激が寄せては返す波のようにナマエを襲った。
視線の先、宗像は僅かに目を眇めてナマエを見下ろしている。
生理的な涙で滲む視界の中に映る、動きに合わせて揺れる艶やかな髪を見るともなしに見ながら、ナマエは唇から嬌声を零した。







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