不利な戦況における有効な反撃法
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R-18









仮に寝ているのがもっと簡素なベッドならば、軋んで安っぽい音を立てたのだろうな、とナマエは霞みがかった頭の片隅で思った。
だがありがたいことに背中を受け止めているのはそこそこ高級なベッドのようで、不愉快な音は聞こえない。
その分、下肢から響いてくる水音がより鮮明に聞き取れてしまい、果たしてベッドの軋む音とどちらがましなのか判断に少し迷った。

「考え事とは、随分と余裕ですね」

不意に、聴覚が自らの啼く声と淫靡に濡れた音以外を拾い、ナマエはその発信源に視線を向ける。
しかし何か答える前に好い場所を深く刺激され、唇からは意味のない音だけが漏れた。
中に入った、涼しげな顔に似合わぬ熱量がナマエを蹂躙する。
宗像のことではなくベッドのことを考えていました、なんて馬鹿正直に報告する必要もないので、ナマエはそのまま喘いでおくことにした。
実際、勝手に嬌声が漏れてしまうくらいには気持ちが良い。
宗像礼司という男はつくづくセックスが上手かった。

「あ、あっ、……ひ、ぅ……ン……っ」
「確かここでしたね、君の好いところは」

仰け反った背中の理由を的確に判断され、その洞察力にナマエは翻弄される。
宗像のセックスが気持ち良いのはもちろん身体のパーツ、たとえば指や棹の長さや大きさと持ち前の器用さに起因するのだろうが、さらに厄介なのが反応を一つたりとも見逃さない観察眼だ。
どれだけ隠そうとしても全て見抜かれてしまい、さらに宗像は一度覚えた箇所は決して忘れてくれない。

「ふ、ぁ……っ、ん、ああ……っ、や、」
「ああ、いい顔ですね、ミョウジ君」

ついでに性格は最悪、と、ナマエは愉しげに腰を揺らす上司を心の中で罵った。
好い場所を外して中を擦られ、ナマエは物足りなさに啼く。
これが下手で外しているのならばまだ救いようがあるのだが、宗像の場合は故意だ。
分かっていて敢えてやっているのだから始末に負えない。
そうやって、ナマエが陥ちるのを待っているのだ。

「や、……も、たりな……っ、しつちょ、」

つくづく歪んだ性格、否、性癖をしている。
的確な場所だけを突いて完璧に終わらせることだって出来るくせに、こうしてしつこく甚振ってくる。
結局、その日どのパターンで行為に及ぶのかは全て宗像次第なのだ。
宗像の匙加減一つで、ナマエは天国にも地獄にも放り出される。
そして今日はしつこいパターンらしい。
眼鏡の奥で紫紺が愉しげに細まった。

「おく、……ン、ぁ……っ、や、も、おくまでっ、きてくださ……っ、ああっ」

ナマエが耐え切れずに強請れば、宗像は一層愉しげに唇を歪める。
なんともサディスティックな表情だ。

「おや、物足りませんか?」

相変わらずポイントを外した腰使いで、宗像が声だけは優しげに問いかけてくる。
足りないと言っているのに、つくづく宗像は人の話を聞かない傾向が強い。
ナマエが必死で頷き、いい加減に焦れて自ら腰を深く押し付けようとすれば、宗像はそれを待っていたかのようにタイミングを合わせて腰を引いた。
届くと思ったはずの熱が奥に当たらず、ナマエはいよいよ気が狂いそうになる。

「もっ、ばか……っ、さいて、い……!」

仮にも上司を相手に吐く暴言ではないのだろうが、部下に手を出している時点で宗像にナマエの発言を咎める権利はないはずだ。
宗像はナマエの言葉に気分を害した様子もなく、それどころかこれ以上ないほど面白そうに目を輝かせた。
もちろんそれは、宗像が罵られて気分を高揚させるような変態だからではない。
なりふり構わず訴えかけるナマエを見るのが愉しいのだ。
そういう意味では、変態であることに違いはないのだろう。

「早くっ、おく、……しつちょ……っ、も、」
「ふふ。それでは、君の要望にお応えしましょうか」

投げ出していた脚を宗像の腰に回してようやく、宗像はナマエの痴態に満足したらしい。
人形のような顔に綺麗な笑みを浮かべると、宗像はナマエの腰を両手で掴んで熱を一気に最奥まで突き立てた。

「ひっ、あああああっ!」

散々焦らされて敏感になった内壁は宗像の形に沿って締まり、ナマエを快楽の海に投げ込んだ。
先程までの緩やかな挿入が嘘のように、宗像は激しく腰を振ってナマエを攻め立てる。
そうなってしまえばもう揺さぶられるままに喘ぐしか術はなく、ナマエは焦点の定まらない目で宗像を見上げながら涙を流した。
宗像が、それで結構、とばかりに目を細める。
これだけ激しい運動をしていてもなぜ宗像の眼鏡はずれないのだろうかとか、この人に汗腺はないのだろうかとか、そんなことを考えながら、ナマエは三重くらいにぼやける視界に映る宗像を眺めた。

「ひ、う……っ、ン、ぁあっ、」

やがて、視界が端から白く染まっていく。
思考が途切れ、身体はまるで自分のものではないかのように勝手に跳ね、ナマエは限界を悟った。

「しつちょ……っ、あ、や…っ、も、いく、いっちゃ、……んぁ……っ」
「ええ、構いません。どうぞ」

まるで経費の申請を受諾するかのような落ち着いた口調に促され、ナマエは宗像の屹立を締め付け上り詰めた。
直後、薄いゴム越しに宗像の熱が吐き出されるのを感じる。
恐らく我慢することも出来たのだろうが、今回は流れに身を任せることにしたらしい。
中に入った宗像が硬度を失う様子を内壁で感じ、ナマエは荒い呼吸の中に安堵の吐息を織り交ぜた。
宗像が本気になると、自分は達さないままナマエを五回以上絶頂に導くなんてこともざらなのだ。
そうなった時の翌日、ナマエの腰が使い物にならないのは言うまでもない。

息ひとつ乱さないまま、宗像はナマエの中から自身を引き抜いた。

「大丈夫ですか?」

見事なまでに形だけの心配だが、宗像にとってはそれがエチケットなのだろう。
それをよく理解しているナマエは、まともに取り合う必要もないと曖昧に頷いた。
後始末を手早く済ませた宗像が、サイドテーブルから煙草のパッケージを取り上げる。
漂ってきた煙と匂いにナマエもニコチンが恋しくなり、宗像に一本強請った。
先程好い場所に欲しいと乞うた時は散々焦らされたのに、今度は呆気なく白いフィルターを唇に挟まれる。

「どうも」

宗像の手で火をつけられ、ナマエは仰向けに寝転んだまま煙を吸い込んだ。
流石にそのままの体勢では危険だと分かっているので、すぐに俯せになり両肘をつく。
ベッドの縁に腰掛けた宗像が、ガラスの灰皿を枕元に置いた。
互いに煙草の長さが残り半分ほどになるまで、黙って毒素を身体に巡らせる。
先に口を開いたのは宗像の方だった。

「最近、伏見君と随分仲が良いそうですね」
「……はあ……、そうですか?」

唐突に挙げられた名前に、ナマエは煙草の灰を指先で弾き落としながら首を傾げた。
宗像はカーテンの方を見たままで、ナマエに視線を向けようとはしない。

「なんでも、伏見君は君に気があるらしい、と。専らの噂ですよ、知りませんでしたか?」
「初耳ですね」

噂なんて、本人の耳には入って来ないものですから。
ナマエはそう答えたが、実は丸っきり嘘だった。
それどころかナマエは先日その伏見に告白とまではいかないものの、それらしいことを告げられている。
恐らく宗像は、そこまで知っているのだろう。

「念のためにお伝えしておきますが、私は君を伏見君と共有するつもりはありませんので、覚えておいて下さいね」

付き合ってはいないしそうするつもりもないだろうに独占欲だけを主張され、ナマエは呆れた。
王様の所有物扱いかと思うと、分かってはいても僅かに苛立ちが沸き起こる。

「……それは、伏見さんと誠実にオツキアイをしろ、って意味で合ってます?」

だから腹癒せに真逆の解釈をしてみせると、宗像が首を傾けて見下ろしてきた。
煙草を咥えた唇が微かに歪む。

「君がそれで満足出来るのでしたら、止めはしませんが」

伏見君に君を満足させられるでしょうか。
言外に匂わされた内容に、ナマエはふっと煙を零した。

「さあ?それは試してみないことには何とも。……でも、今日くらいならいい勝負なんじゃないですか?」

馬鹿なことをしているな、という自覚はあった。
ただでさえサディスティックで粘着質なセックスをする宗像から今日はせっかく早めに解放されたというのに、自分で煽っては世話がない。
しかし、今夜の安眠を引き換えにしても見たいものがあった。

「ほう。なかなか面白いことを言いますね」

宗像の長い指が、ナマエの唇から短くなった煙草を奪う。
二本まとめて灰皿に押し付けた宗像は、身体を反転させるとそのままナマエの背中に覆い被さった。

「ですが、二度は聞きたくない」

ナマエの口内に、微かに煙草の匂いがする宗像の指が差し込まれる。
頬の内側や舌をなぞられ、ナマエは呻いた。
的確に泳ぐ指先に軽く噛み付き、微かに首を捻って背後を振り返る。
レンズの向こう、僅かに苛立ちの色を乗せた双眸があって、ナマエは大層満足した。

そう、それが見たかったのだ。






不利な戦況における有効な反撃法
- 本当は最初から最後まで負け戦 -





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