愛するということ[2]
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その後も、宗像の葛藤は続いた。

相変わらずナマエは、頻繁に私用タンマツを弄っている。
頻繁にと言っても一般的な同世代の女性と比べればかなり少ないのだろうが、これまでナマエは宗像の前で私用タンマツを見ることなどなかったのだから、宗像にとっては十分にその単語が当てはまった。
メールが届けば画面を確認し、ふっと柔らかく目元を緩める。
それは、嬉しそう、と思える表情だった。
そして、そう長くはないが丁寧だと察せられる返信を打ち込む。
メールのやり取りは順調のようだった。

誰と、どんな話をしているのか。
何に、そのような嬉しそうな顔をするのか。

何度も聞きかけて、その度に宗像は最後の一歩が踏み出せずに口を噤んだ。
干渉しすぎてはいけないと思ったのは建前で、恐らくは怖かったのだろう。
ナマエの口から宗像の知らぬ名前が出て来ることが。
ナマエが宗像の与り知らぬところで誰かと関わっているという事実を突き付けられることが。

しかし、数日のうちに宗像は限界を迎えた。
非番を共に過ごしていたところ、宗像の目の前でメールを確認したナマエが、小さく笑ったのだ。
笑い声、というほどのものでもなかったが、間違いなくふっと吐息を漏らした。
宗像でさえ滅多に聞くことのない音だった。
優しげな、柔らかな視線が液晶に、延いてはその向こうの誰かに向けられている。
宗像には、それが許せなかった。
狭量で情けない話であろうとも、宗像にはそれ以上耐えることが出来なかった。

「………ナマエ、」

いつもとは違う声が出てしまったことを、宗像は自覚した。
頭の片隅で、言ってはいけないと警鐘が鳴る。
もう十分に、縛り付けているのだ。
青の力を与え、首輪をはめ、手元に置き続けている。
これ以上束縛することなど、許されるはずがない。
そう、理性は宗像を諌めるのに、感情がそれを聞いてくれなかった。

「最近、頻繁にメールのやり取りをしているようですね。仲の良い友人でも出来ましたか?」

言ってしまった、と宗像は自身に呆れ、そしてそれは最後の一滴ではなく最初の一滴だということに気付いた。

「仲が良いのは結構ですが、秩序を司るセプター4の隊員としては、節度のある行動に留意してもらいたいものです」

あまりにも理不尽な言い掛かりだった。
ナマエはただ友人知人とメールのやり取りをしているだけで、そこに不謹慎な行動などない。
たとえば就業中に私用タンマツばかり弄っているのであればその程度によっては叱責の対象になるのかもしれないが、ナマエはプライベートの時間にしかメールをチェックしていないので宗像の台詞はお門違いにも程がある。
ましてや今は上司と部下ではなく、対等な立場で時間を共有しているのだ。
宗像が上に立ってナマエを批難する権利などない。
当然といえば当然、宗像の不条理な指摘にタンマツから顔を上げたナマエは首を傾げた。
確かに宗像は普段からその立場と明晰な頭脳を存分に活用して無理難題をさも当然とばかりに押し通す嫌いがあるが、だからこそ不条理なことは決して言わない。
その宗像が道理を完全に無視したのだから、それは訝しむだろう。

「……なんか、怒ってます、か?」

戸惑いがちに見上げられ、宗像は唇を引き結んだ。
適当な建前をつけてみたが、結局ナマエに通用するはずもない。
宗像は一つ溜息を吐き出すと、苦く笑った。

「……君が、嬉しそうに笑うから。私といるのに違う誰かを見ているので、気になってしまって、」

馬鹿正直に嫉妬しましたとは言えず、宗像は無難な言葉を選ぶ。
それでもナマエは意味を掴みかねたらしく目を瞬かせるので、宗像は視線でナマエの手に握られたタンマツを示した。
宗像を追うようにして視線を落としたナマエは、そこでようやく意味を理解したらしい。
何かを言おうとして唇を二度ほど開閉させた後、結局説明するよりも見せた方が早いという結論に達したようで、タンマツの画面を宗像に方に向けて突き付けた。
反射的に液晶を覗き込んだ宗像の予想に反し、そこに開かれたのはメールの文面ではなく画像だった。

「これ、は……」

そこには、小学生の宗像礼司がカブトムシでいっぱいの虫かごを抱えて立っていた。

「スライドさせて下さい」

訳の分からないままナマエの指示に従うと、次々に現れる写真。
生まれた時の写真に始まり、器用に箸を使って幼児食を食べる姿、真新しいランドセルを背負った入学式、学ラン姿の卒業式など、覚えのある写真が何枚も何枚も保存されていた。
被写体は全て、過去の宗像自身だ。
時折兄とのツーショットや家族揃っての写真もあったが、ほとんどは宗像だけのものだった。

「どこで、こんなものを?」

中学校卒業までの約十五年間を詰め込んだようなフォルダが、なぜナマエのタンマツに入っているのか。
顔を上げた宗像の視線の先、ナマエが少し気まずそうに目を泳がせた。

「礼司さんの、お兄さんが」
「兄さん?君は、私の兄とメールのやり取りを?」

宗像の脳裏に、豪快な笑みの似合う兄の顔が思い浮かぶ。

「前に、連れて行って、もらったじゃない、ですか。その時に、アドレスを、交換して」

そう言われて思い出すのは、まだ宗像が王になって数ヶ月ほど経った頃のこと。
ようやく身辺の整理と新生セプター4の体制作りがひと段落し、宗像は挨拶と就職の報告を兼ねて一度実家に赴いたことがあった。
その際、ナマエも連れて行って家族に紹介したのだ。

「それは知りませんでした……」
「まあ、何かあった時のため、っていうか、別に、これまでは特に、連絡とか、取ってなかったんです、けど」

ナマエが宗像の兄から聞いた説明によると、年末の大掃除ということで押入れを整理していた母が昔のアルバムや写真のデータを発掘したらしい。
ここ最近、ディスクに焼かれた写真をつまみ代わりに、毎晩両親と兄夫婦とで酒を飲み交わすのが恒例になっているのだそうだ。
そこでふと思い立った兄がナマエに宗像の幼少の頃の写真を面白半分で送り付けたというのが、膨大なデータをナマエのタンマツに作り上げることとなったけっかけだった。

「……最初にもらった写真が、なんか、可愛くて。いいなって、思って。よかったらまた送って下さいって、返したら、それからほとんど毎日、送られてくるように、なって」

そう事情を説明したナマエが、ほんの僅かに困ったような顔をする。

「礼司さんは、たぶん、私のこと気にして、そういう話、あんまりしないんだと思ってて。でも、私は礼司さんのことなら、知りたかったから。……先に説明しなくて、ごめんなさい。……なんか、恥ずかしかった?……のかな」

自分でも上手く整理出来ていないままなのだろう。
曖昧な言葉だったが、宗像はナマエの言わんとしていることを正しく理解した。
同時に、心底安堵し、堪らなく嬉しくなった。

「いえ。いいえ、謝らないで下さい、ナマエ。悪いのは私です。……嫉妬、したんですよ。楽しそうに、嬉しそうに、メールをしているから。私以外の誰を思って、そんな顔をするのか、と」

素直な言葉で気持ちを伝えられ、宗像もようやく同じことが出来る。
正直に説明すれば、ナマエは小さく笑った。

「見てたのは、ずっと、礼司さんですよ」

ナマエの視線の先、液晶の中には宗像がいた。
もう何年も前の宗像を見ていた。
宗像が両手を広げれば、ナマエは当たり前とばかりにその腕の中に飛び込んできてくれる。

「……でも、写真もいいけど、ほんとは礼司さんに、教えてほしいです」

胸に顔を埋めて昔話をせがむナマエを見下ろし、宗像はそっとその髪を撫でた。
視界の端、フローリングの上に放置されたタンマツの中で、少年の宗像礼司が人形のように笑っている。


ねえ、宗像礼司君。
君はあと十年と少し経ったら、誰よりも特別な、唯一無二の存在に出会えますよ。
その子に救われ、その子のために生きることが出来るようになります。
だからあと少し、待っていなさい。


「ええ、もちろんです」

宗像はナマエの頭のてっぺんに唇を落とし、柔らかく微笑んだ。






愛するということ
- それは、過去をも抱き締めるということ -





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