愛するということ[1]
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ここ最近、ナマエのタンマツを弄る頻度が高い。
それが、宗像の専らの悩み事だった。

たとえばそれがセプター4支給の仕事用タンマツならば、宗像は何も思わなかっただろう。
否、仕事のしすぎだと軽く咎めるくらいはしたかもしれないが、少なくとも悩むことはなかったはずだ。
だが生憎と、ナマエが頻繁に操作しているのは王になる以前に宗像が買い与えたプライベート用のタンマツなのである。

ナマエには、セプター4に入る以前の友人知人と呼べる相手がいない。
今もナマエの交友関係はセプター4内に留まっており、それならば仕事用のタンマツで事足りるはずなのだ。
宗像の知る限り、ナマエの私用タンマツには宗像のデータしか登録されていなかった。
宗像とのプライベートな電話やメールに使われるだけで、それ以外の用途を持たなかった。
それなのに最近、なぜかナマエはそのタンマツを良く弄っている。
宗像といる時に、わざわざ宗像から送られてきたメール履歴など見ないだろうし、当然目の前にいる相手にメールを打つこともない。
ならばアプリゲームなどに興じているのかと思って注意深く観察してみても、そのような指の動きではない。
そして宗像にとって致命的なことに、先日二人でいたところ、目の前でナマエのタンマツがメールを受信したのだ。
着信音は鳴らず、マナーモードの振動のみだったが、宗像はそれを聞き逃さなかった。

宗像以外登録されていなかったはずのタンマツ。
宗像しか知らなかったはずの、電話番号とアドレス。
一体誰が、ナマエのタンマツにメールを送るような仲になったのか。
一体誰が、基本的に自分の情報を他人に明け渡さないナマエのアドレスを聞き出すことに成功したのか。
宗像は、そばに自分がいるにも関わらずメールに気付いてすぐさまタンマツを起動させたナマエを見て愕然とした。



「それ、浮気じゃねえのか」
「黙れ野獣め」

一通りの事情を聞き終えた周防の一言を、宗像は冷たく切り捨てた。
人の話を最後まで聞いて意見を述べた、という点に関しては評価してやらんこともないが、あまりにも的外れかつ短絡的だ。

「別に、俺とナマエはそういう仲ではない」
「だったら誰と連絡取っててもいいだろうが」

しかし次の台詞は非常に的確で、宗像は言葉を詰まらせた。
それはそうなのだ。
宗像とて分かっている。
ナマエが誰かと職場の同僚という関係以外の交友を持つのは、決して悪いことではない。
生きてきた環境のせいで普通とはかけ離れているが、本来は友人が多くいてもおかしくない年頃なのだ。
ナマエがもし友人を作り、メールのやり取りをするようになったのであれば、それは全ての人間に怯えたあの頃と比べ大きく成長したと言えるだろう。

「……だが、悪い男に引っ掛かりでもしたら、」
「てめぇは父親か」

ナマエの頭脳が平均より遥かに優れているのは、宗像とて承知している。
ネットの悪質な商売だとか、ウイルスだとか、そういった罠に掛かる心配は全くしていない。
だが、人付き合いという点に関してだけ言えば、ナマエはあまりにも未熟なのだ。
誰かに騙されたり、傷付けられたりしないだろうか。
周防は父親と評したが、強ち間違ってはいないと宗像は自負している。
無論、親のように躾や教育をしてきたつもりはないし、するつもりもない。
あくまでも宗像とナマエの立場は対等で、宗像はナマエに何かを強要することも、反対に何かを禁じることもなかった。
しかし、気持ちの面では父や兄のような感覚がずっとあった気がする。
全てに怯えたナマエを包み込み、少しずつその心を開き、外の世界に羽ばたく準備を整えたのは宗像だ。
宗像とナマエの関係は、とても一言で言い表せるようなものではない。
親子や兄妹とも違う、かといって恋人や友人でもない、特別で唯一無二の存在だ。

「喜んで、あげるべきなのは分かっているが……」

そのナマエが、宗像にとって世界で一番大切なナマエが、誰かに心を開き仲良くなったならば、それは喜ばしいことだ。
セプター4の隊員たちとは少しずつ打ち解けてきた様子だが、やはりそこには職場という枠組みがある。
仕事とは全く関係のないところで友人を作ることが出来たのであれば、ナマエにとっても大きな進歩だろう。
新しい関係、新しいコミュニティ。
宗像は喜び、褒めてあげなければならないはずなのに。

「……てめぇのもんに手を出されるのは気に食わねえ、ってか」

直接的な表現に、宗像は咄嗟に反論しようとし、しかし唇を噛んだ。
周防の言葉は、確かに宗像の胸の底にある心情を刺激した。

嬉しいのだ。
それは嘘ではない。
ナマエの世界が広がるのは、素晴らしいことだ。
宗像は本当にそう思っている。
だが同時に、その事実はひどく宗像の胸を焦がした。
宗像の知らない誰かが、あの不器用な子の心を開いたのだろうか。
ぎこちない笑みを見たのだろうか。
分かりにくい感情を読み解き、内側に入り込んだのだろうか。
それらは全て、宗像だけの特権だったのに。
独占欲なのか、それとも依存なのか。
自分でも醜いと理解している感情が、素直に喜ぶことを拒否していた。

「大人で、いたかったんだがな」

そう、物分かりの良い寛容な大人でいたかった。
ナマエの行動全てを許し、受け入れ、時に手を差し伸べ、時にその背を押す。
そんな存在でいたかった。
だが実際はどうだ。
宗像はナマエに首輪を贈り、クランズマンという形で自らの側に縛り付け、近くに見えた己以外の存在の影に嫉妬している。
物分かりの良い大人どころか、ただの我儘な子どもだ。
自分の所有物に手を出されて癇癪を起こす子どもと変わらないのだ。

「ハッ。そんな台詞はてめぇの面見てから言うもんだ」

酷い顔を、しているのだろう。
澱んだ、醜い感情だ。
この男の側にいると、負の感情に対する制限が緩むから困る。
宗像は残りの酒を飲み干し、スツールを降りた。
今夜はもう、ここにいたくなかった。





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