たとえば雪のように
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昼過ぎに宙を舞った雪はその後降っては止み、降っては止みを繰り返し、夕方には地面をところどころ白く染めた。
都内での積雪は珍しい。
平時ならば子どものようにはしゃぐ隊員もいたのかもしれないと、宗像は指揮情報車の中から外を眺めて思った。
生憎現状は平時から真逆の位置にあるため、それを確かめる術はない。
隊員たちは皆、張り詰めた緊張感を漲らせて待機していた。

吠舞羅の参謀が指定した時間まで、残り五時間。
今は外の様子を窺いに出ている淡島が取り付けた約束だ。
随分と役に立つパイプを作ってくれたものだ、と素直に思う。
宗像の指示も多少は含まれていたが、どちらかというと淡島自身の裁量で動いていたところが大きいだろう。
そこに情報収集以外のやり取りがあったことを、宗像は黙認し続けてきた。
宗像としては、許す許さないの話ではないのだ。
だが恐らく、宗像がそれについて言及すると淡島は猛省するだろう。
だからこそ、宗像は何も気付いていないふりを通してきた。
せっかく築き上げた貴重なパイプだ。
こういう使い方をする日が来るとは思わなかったが、これもまた一つの道だろう。

その淡島は盛大に反対した。
基本的に宗像の言葉に対して否やを唱えない淡島にしては珍しく、かなり本気で咎めてきた。
それは宗像の我儘に対する怒りではなく、宗像の身を案じた不安だったのだろう。
宗像はやんわりと微笑み、尤もらしい建前を並べ立てて淡島を言いくるめた。
あの素直な忠実さは貴重だ。
時と場合によっては良くも悪くもだが、宗像はそれでいいと思っている。
淡島ならば、宗像が不在の間、何があっても隊を動かすことなく抑えておくことが出来るだろう。

宗像が一人思案に耽っていると、不意に指揮車のドアから人影が滑り込んできた。

「おや。ご苦労様です、ミョウジ君」

ナマエは宗像に一礼すると、車両後方でモニターを監視している隊員二人に片手で合図を出した。
その指示を受け、二人はすぐさま立ち上がると急いで車を降りて行く。
ナマエがその背後でドアを閉めると、宗像とナマエ、二人だけの空間が出来上がった。

「どうしましたか、ナマエ?」

基本的に、職務中にオンをオフに切り替えたがるのはいつも宗像の方だ。
ナマエがこうもあからさまにオフを要求することは珍しく、宗像としては堪らなく嬉しい。
ナマエは無言のまま宗像の斜向かいに腰を下ろした。
探るような、確かめるような視線を向けられ、宗像は内心で首を傾げる。
仕事中にしては珍しく、甘えたい気分なのだろうか。
急かしてはいけないと思い、宗像は辛抱強くナマエの言葉を待った。

「……別に、止める気はない、んですけど、」

そして、返された答えに少し息を詰めた。
何を、など聞くまでもない。

「おやおや、君はどこでそれを?」
「副長の電話、盗聴しました。様子、おかしかったので」

宗像は淡島に口外を禁じたが、ナマエには通用しなかったらしい。
あっさりとネタばらしをされ、宗像は苦笑せざるを得なかった。

「全く……君には敵いませんね」

淡島とは別の意味で、ナマエは宗像に忠実だ。
それは、宗像の言葉に忠実なのではない。
宗像礼司という存在に忠実なのだ。

「すみません、心配をお掛けしますか?」

恐らく、ナマエは淡島と草薙の通話を盗聴し、その内容を正しく理解したのだろう。
だからこうして、宗像に直接確かめに来た。

「……別に、命の心配は、してないです」

宗像は敵地のど真ん中に一人で赴くことになるわけだが、それについては宗像自身が何も問題ないと考えている。
淡島は頻りに危険だと主張していたが、宗像にとってはクランズマンなどいくら数を揃えたところで脅威にはなり得ない。
当然といえば当然で、ナマエもその心配は無用と考えているようだった。

「でも、その様子では何か気に掛かっているのでしょう?」

年甲斐もなく喧嘩なんてしませんよ、と宗像が片眉を上げて見せれば、ナマエに半眼で睨まれた。
前例があるからだろう。
少し空気を緩ませてみたつもりだが、ナマエは何も言わなかった。
どうやら、宗像に言えないことというよりは、ナマエ自身の中で整理がついていないのかもしれない。
漠然とした不安を抱えているのだろうか。

「どうしました、ナマエ?」

宗像は、殊更優しい声音で甘やかすようにナマエを呼んだ。
片手を伸ばし、難しい顔をしてるナマエの頬を擽るように撫でる。
すると、ナマエが緩やかに目を伏せた。

「……礼司さんは、」
「はい」

ぽつり、とほとんど吐息だけで紡がれた音。
丁寧に返せば、ナマエは目を閉じたまま宗像の手に頬を擦り寄せた。

「礼司さんは、分かってて、行くんですよね?」

核心を突くかのような口調で、しかし曖昧に問われ、意味を図りかねた宗像が目を瞬かせる。

「傷付いたり、しない、ですよね?」

そして、続けられた問いに目を細めた。
それは言うまでもなく、身体的な外傷という意味ではない。

「……本当に、君という子は……」

どこまで分かっているのだろうか。
宗像は頭に浮かんだその問いを、すぐに無駄なものだと片付けた。
ナマエは全て、分かっているのだ。
宗像が、王という線引きをしたその向こうまで、ナマエはそれが宗像のことである限り理解出来るのだ。

「大丈夫ですよ、ナマエ」

ナマエが何を憂慮しているのか知った宗像は、穏やかに微笑む。
大丈夫、と繰り返して頬を撫でれば、逆にその手をナマエに掴まれた。

「ちょっとした憂さ晴らしだとでも思って下さい。私が不在の間に屯所の地下は大破され、こんな無謀に付き合わされて君とゆっくりする時間もない。文句の一つや二つを言わなければ気が済みません」

宗像の言葉に、ナマエは薄く笑った。
それが、面白かったからという理由ではないことを、宗像は良く分かっていた。
言葉にされなかったのは、そういうことにしておいてあげます、だろう。
ナマエは宗像の手から逃れるように身体を引き、ジャケットの内側に手を差し込んだ。
とん、と卓上に投げ出された煙草の新箱。
その銘柄を見て、宗像は微笑んだ。

「ありがとうございます」

我儘を、許してくれて。
目的を、正しく理解してくれて。
そして、背を押してくれて。

ナマエは何も言わずに立ち上がり、ドアのロックに手を伸ばした。
最後に振り返ったナマエが、真っ直ぐに宗像を見つめる。

「礼司さん、………どうしても、ですか」

言葉を選んだかのような慎重さで、しかしありのままを紡いだ直接的な問い。
宗像は一瞬目を見開き、そして瞼を伏せた。

「……ええ、どうしてもです」

一拍の間を空けて、ドアが開く音。
車内からナマエの気配が消え、ドアが再び音を立てて閉まる。
宗像はゆっくりと目を開け、無機質なテーブルの上にぽつりと残されたBLUE SPARKSに手を伸ばした。



指先から弾けた炎が、宗像の咥える煙草に火をつける。
二本の煙はゆっくりと立ち昇り、闇夜に消えた。
約束通り、宗像は傷付かなかった。
ただ、確かめただけだった。

周防、……どうしてもか。

思わず口を突いて出た言葉に、宗像自身が少し驚いた。

どうしてもだ。

そして返された言葉に、苦々しい気分を味わった。
結局は、似た者同士なのか、と。
決して認めたくはないが、きっとナマエは知っていたのだろうと思った。

馬鹿野郎。

それは、誰に向けた暴言だったのか。
目の前の男にか、あの日死んだ彼の片翼にか、それとも彼を止めようとしなかったもう一方の翼にか。
あるいは、自分自身への言葉だったのかもしれない。

薄っすらと施された雪化粧を、ブーツで踏み締めながら歩く。
明日の朝にはもっと積もっているだろう。
ブーツが重い。
サーベルが重い。
宗像は白い息をゆっくりと吐き出し、やはり約束は守れそうにないと心の中でナマエに詫びた。






たとえば雪のように
- いつか溶けて消えるならば -





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