王が人へと還る場所
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周防尊は友人には向かない男でしたよ。

最後にそう言い残し、宗像は石盤の間を後にした。
気を抜けば早歩きになってしまいそうな足を努めてゆっくりと進め、エレベーターに乗り込む。
そこまで来ても身の内に広がった動揺は鎮まることなく、むしろ狭い空間による圧迫感で身体の中心に凝縮されたような気がした。
天空とも呼べるような高いタワーから一気に地上まで下りたエレベーターが止まり、ドアが左右に開かれる。
宗像は先ほどよりも幾許か速い歩調でエントランスを突っ切り、ようやく建物の外に出た。
気配を察したのだろう、青い裾が翻り、階段の下で待機していたナマエが振り返る。
数メートルの距離を挟んで視線が絡み、宗像はやっとのことで深く息を吐き出した。
首元のスカーフを僅かに緩めながら、足早に階段を降りる。

「おかえり、なさい」

そう言って差し出された天狼と、ぎこちなく口角を上げたナマエとを交互に見、宗像はぐっと胸に迫り来るものの正体と対峙した。

友人には向かない男だったと、そう言った。
友が去るのはつらいものだと零した御前の「友」という表現を、宗像は否定しなかったのだ。

かつて、周防が友人であるのか否か、他者から問われたことはなかった。
自問自答もしなかったし、無論相手から確かめられたこともない。
だが先日、あの最期の夜、宗像は唐突に理解したのだ。
だから否定出来なかった。
あの、全てを宗像に押し付けて勝手に死を選んだ男が、友人だったということを。

両手で差し出されたサーベルに手を伸ばした宗像は、そのままナマエの手ごと鞘を掴んだ。
この鞘に収められた刃が貫いた心臓のことを思った。
宗像が自らの意思で以て人を殺したのは、あれが初めてだった。
ナマエにとっては不可解な行動だろうに、ナマエは何も言わない。
ただ、黙って宗像を見上げるだけだった。
あんまり喧嘩しないで下さいね。
初めて周防と会った日に、ナマエから掛けられた言葉を思い出す。
終ぞ、宗像がその忠告を守ることはなかった。
ナマエにはあの日すでに、この結末が視えていたのだろうか。
青の王である宗像すらまだ知らなかった終着を、知っていたのだろうか。
聞いてみようかとも思ったが、結局宗像は何も言わずにサーベルを受け取って剣帯に吊るした。

御柱タワーに背を向け、歩き出す。
宗像の後ろを、一歩下がってナマエが着いて来た。
空はあの日と違い、見事な快晴だ。
乾いた冷たい空気が、宗像の頬を引っ掻いて通り過ぎていった。

「ナマエ」
「はい」

徐に名を呼べば、一拍と置かずに返事があった。
仕事中です、という小言はない。
つまり宗像は、今この瞬間室長でなくてよいのだろう。
宗像はナマエの態度に甘えることにした。

「……今日はもう、仕事をする気分ではありません」

口にしてから、随分とストレートな我儘だと自覚した。
まるで子どものようだ。
だが、取り繕おうとは思わなかった。
ナマエは驚いたのか、それとも躊躇ったのか、少しだけ沈黙した。
やがて、背後から言葉が返ってくる。

「………家に、帰りませんか」

家。
久しぶりに聞いたその単語に、宗像は思わず立ち止まった。
それは、セプター4の寮を示す言葉ではない。
正真正銘、まだ王になる前の宗像とナマエが暮らしていた家のことだ。

「……家……に、」

家に帰る。
どこか懐かしいような、いつの間にか忘れてしまっていた、かつては当たり前だった言葉。

「非番の日にたまに、掃除しに行ってるんで、普通に使えますよ」

振り返れば、ナマエが微かに笑っていた。
椿門に居を移すことになった時、手放してしまってもよかった。
だが宗像はそうしなかったし、ナマエもそれを望んだ。
結局あのマンションの一室は未だに宗像の名義であり、家の鍵も持っている。
しかしセプター4に就職して以降、宗像は一度も家に戻ったことがなかった。
存在そのものを忘れていたわけではない。
だが忙しい日々の中、あの家を思い出すことも少なくなっていた。
それを、ナマエは憶えていてくれたのだ。
この口振りでは、月に一度くらいの頻度で掃除と換気をしに行ってくれていたのだろうか。
宗像は全く気付いていなかった。

「家に帰りましょう、礼司さん」

寮に帰る、家に帰る。
どちらも身体を休めるための場所なのだろうが、そこに込められた意味には天と地ほども差があった。
宗像は目の前で優しく笑うナマエを抱き締めたい衝動に駆られ、流石に制服のまま往来ですることではないと思い留まる。
愛おしくて、温かくて、嬉しくて、そして安らかだった。

宗像は先刻、御前に言いかけて途中で止めた言葉を思い返す。

王とは。
王とは、孤独な生き物ですね。

あの瞬間、後半の言葉を呑み込ませたものは何だったのか、宗像には分かった気がした。
いつも、いつだってナマエがくれるのだ。
宗像が人であるための感情を、時間を、空間を。
ただの宗像礼司でいられる場所を、ナマエが護り続けてくれた。
だから、孤独ではなかった。

「……はい、帰りましょう」

家に。
二人で暮らした、優しい場所へ。

宗像は前を向き、再び歩き出した。





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