真紅の輝きが照らす蒼穹[4]
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何もかもが、いつもの宗像とは百八十度異なっていた。

普段、宗像は基本にとても忠実だ。
抱き締め、頬を撫で、啄ばむようなキスを繰り返し、ゆっくりと舌先で唇を撫でてから口内を擽ってくる。
その間にも髪を撫で、息苦しくないようにと唇を離す度に労わるように微笑み、そしてまた柔らかなキスをする。
回数を何度重ねても変わらない丁寧な、慈しむような愛し方が宗像の常だった。

ならば、この状況は何だろうか。

乱暴に唇を重ねられたかと思えば、次の瞬間には何の遠慮もない所作で歯列を割られ、口内に宗像の舌が侵入してきた。
息も継げぬほど激しく舌を絡められ、逃げようとしてもそれを許されず、わざととしか思えないほど大きな水音を立てて唾液を吸われる。
眼鏡の縁が当たって少し痛い、などと考えられたのは最初のうちだけで、ナマエはすぐに思考を奪われた。
舌の根元、頬の内側、歯列、上顎。
ありとあらゆる箇所を蹂躙され、酸素が足りない。
いつの間にか両手首をそれぞれ宗像の手によってデスクに押さえ付けられており、のし掛かってくる身体を押し返すことも出来なかった。

「ん、……ふ、っ、……う、……っ」

必死で呼吸をしようとするが、まともに吐くことも吸うこともままならない。
体重を掛けられているせいで腰を浮かすことも足を動かすことも叶わず、完全に捕らえられた被食者の有り様だ。
ようやく唇を離された時には息も絶え絶えで、飲み込みきれなかったどちらのものともつかない唾液が頬を伝い落ちた。

「は、……っ、あ、……し、つちょ、」

荒い息の中に織り交ぜた官職名は、不恰好に途切れる。
こんな中途半端な喋り方しか出来ない原因を作ったのは宗像だというのに、その宗像を呼ぶ声が縋り付くような響きを持っていて、ナマエは自らの唇から漏れた音に戸惑った。
しかし肝心の宗像は、それを丸ごと無視することに決めたらしい。
別々に拘束されていた手を一纏めにされ、空いた宗像の片手がナマエの制服に伸びた。
あっという間に前のボタンを全て外され、上着が開かれる。

「ま……っ、しつちょ、待ってくださ……っ」

制止の言葉は呆気なく、宗像の口内に消える。
ナマエは必死で抵抗しようとしたが、女と男、家臣と王、しかもマウントを取られた状態では宗像に敵うはずもなかった。

「黙って下さい。質問の答え以外は聞いていませんよ」

唇を離した宗像の鋭い視線に射抜かれ、ナマエは硬直する。
宗像はそんなナマエを見下ろしたまま加虐的な笑みを浮かべ、唇を耳元に寄せた。

「ン……っ、ぅ、……や、だ……ぁ……っ」

耳朶を嬲られ、かと思えば噛み付かれ、柔らかな熱と痛みを交互に与えられて唇から勝手に声が漏れる。
耳の中に差し入れられた舌先が、鼓膜に直接淫靡な水音を響かせた。

「……さあ、早く答えて下さい。あの野蛮人と一体何をしていたんですか」

耳に触れたままの唇が、ナマエを問い詰める。
宗像には、熱っぽい吐息を吹き込まれて身体を震わせるナマエの状態を斟酌するつもりなど欠片もないのだろう。

「随分と強情ですね。何か、私に言えないようなことをしていたとでも?」

首筋を、宗像の熱い舌が這う。
時折肌を強く吸われ、その度に鈍い痛みが襲ってきた。

「私に黙ってあの男に会って、そんなに匂いをつけられて。君はどういうつもりなのでしょう。………ああ、お仕置きをしてほしいのですか?」

果たして、最後に疑問符をつける必要があったのだろうか。否定の言葉を発する前に鎖骨の上辺りに噛み付かれ、ナマエは痛みに呻いた。

「ひ、い……っ、いた、いたい……っ」
「痛くしているのですから当然でしょう」

意味はないと分かっていても、反射的に顔を背ける。
宗像は、それが気に入らなかったらしい。
ぐっと足の間に膝を押し付けられ、ナマエの踵がデスクの側面を蹴った。

その時、不意に飛び込んできたノックの音。
一拍遅れてその音に気付いたナマエは、息を呑んで身体を硬くした。
ドアの外に、誰かが立っている。

「室長、いらっしゃいますか。秋山です」

外から掛けられた声に、ナマエは焦って宗像を見上げた。
ここはセプター4の執務室で、今は真昼間かつ就業時間だ。
こんな姿を見られるわけにはいかない。
しかし宗像は薄っすらと酷薄な笑みを浮かべ、ブラウス越しにナマエの脇腹を性的な手つきで撫でた。
思わず飛び出しそうになった嬌声を、ナマエは既のところで呑み込む。

「しつちょ、だめです……!」

極力抑えた声で宗像を咎めたが、宗像は何も言わずに首筋に歯を立てた。

「……室長?」

ドア越しに、秋山の声が聞こえてくる。
宗像が室内にいると確信しているのか、立ち去る気配はなかった。
気付かれてはいけない、見つかってはいけない。
焦るあまりに感覚が過敏になり、先ほど噛み付いた箇所を優しく舌で撫でる宗像の動きに翻弄される。

「ひ、ぅ……っ、ああ……ン、ぁ……」
「声を出すと気付かれてしまいますよ」
「っ、……ふ、ぁ……っ、じゃ、あ、やめて下さ……っ、しつ、ちょ……っ」
「君が先ほどの質問に答えてくれるならばやめましょう」

小さく潜めた声で、ナマエは宗像に懇願した。
この状況を部下に見られればそれなりな問題となるはずなのに、宗像は決して優位な立ち位置から降りようとはしない。
その余裕がナマエには理解出来なかった。

「室長、いかがされましたか?お加減でも、」

ついには体調の心配までし始めた秋山は、今にも無許可のままドアを開けそうな雰囲気だ。
ナマエは自分の中で天秤が傾くのを感じ、そしてそれに従わざるを得ないことも悟った。

「いう、言いますから……っ、だから、」

だから早く止めて。
続くはずだった言葉は、宗像の指に遮られる。

「秋山君。すみません、今は手が離せませんので後にしてもらっても構いませんか?」

少し張られた宗像の声は、恐ろしいほどに普段と何ら変わらなかった。

「了解しました。お邪魔をしてしまい、申し訳ありません!失礼します」

その姿は見えないが、恐らく敬礼でもしているのではないかと思えるほどの滑舌で言い切った秋山が、微かな靴音と共に去って行く。
ナマエは安堵し、一気に脱力した。
しかし、宗像は気を休める暇を与えてはくれない。

「さて。では、約束通り説明して頂きましょうか」

デスクに手をついた宗像が、真上からナマエを見下ろした。
レンズの奥の紫紺が、誤魔化すことは許さないと告げている。
言質を取られた以上従わざるを得ないナマエは、一度息を吸い込んでから目を伏せた。

「……出雲さんに、尊を起こしてきてほしいと言われて、尊の部屋に入りました。なかなか起きなくて、少し長めに部屋の中にいたので、多分、そのせいかと」
「不十分ですね」

最も知られてはいけない部分を隠したというのに、宗像は一言でナマエの説明に不可をつける。
再び首筋を噛まれそうになり、ナマエは慌てて付け加えた。

「そのっ、……ちょっとした事故で、ベッドに、……寝転んでしまったので、それが原因、です」
「それで?」

ここまででも、十二分に宗像の不興を買ったはずだ。
その証拠に、宗像の視線は恐ろしいほど冷たい。

「あの猛獣みたいな野蛮な男と同じベッドに入ったのに、何もなかった、と。そう言いたいのですか?」

宗像の言い方に、ナマエは唇を噛んだ。
確かに、宗像の言っていることは合っているのだ。
油断してベッドに連れ込まれたのも、そのまま唇を奪われたのも事実だ。
だが宗像は、ナマエが真実を述べる前からすでに決めてかかっている。
図星であるため到底反論など出来ないのだが、根本から不貞を疑われ、ナマエはお門違いだと分かっていても宗像に対する不満を覚えてしまった。
自分が悪くないとは言わない。
宗像以外と口付けをしたことも、それを隠そうとしていることも、悪いのはナマエだ。
だが、こんな風に全て決め付けられてしまうと、哀しくなるのはどうしてなのだろう。
宗像は、ナマエが周防と身体を繋げたとでも思っているのだろうか。
浮気を疑っているのだろうか。
じわりと目頭が熱くなり、こんな状況で卑怯にも泣きそうになっている自分があまりに情けなくて、ナマエは思わず声を荒げた。

「キス、されましたけどっ、それだけです!他には何もありませんこれでいいですか!」

泣きたくなくて、宗像の顔を睨み付ける。
ほんの僅かにぼやけた視界の中、宗像はしばらく無表情のままナマエを見下ろし、やがて唐突にその顔を歪めた。
それは、怒っているようにも安堵しているようにも見えた。




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