真紅の輝きが照らす蒼穹[3]
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鎮目町の駅まで草薙に送ってもらったナマエは、電車で椿門に戻った。
草薙は屯所まで送ると言ってくれたが、流石にセプター4の隊員が吠舞羅の参謀に屯所まで送らせるのは不味いと思い、ナマエは自らの保身のためにその申し出を断った。
寮に着くと出勤に丁度いい時間だったので、私服から制服に着替えてブーツを履き、ナマエは屯所の本棟に向かった。


あの後、ナマエは周防と共に草薙から盛大な説教を頂戴した。
ナマエとしてはとばっちりだと言いたい気持ちもあったが、下手な言い訳は草薙を余計に刺激するだけだと身を以て知っているので大人しく正座をしていた。
説教の大半が、アンナの情操教育上よろしくないからよく考えろ、という内容だったため、流石のナマエも反論する術を持たなかったということもある。
草薙が散々怒ってスッキリしてから、ようやく四人で昼食となった。
階下に下りてアンナに謝ると「悪いのはミコト」と返されたナマエとしては、味方になってもらえたことを喜ぶべきなのか全て理解されていることを嘆くべきなのか判断に苦しみ、結局深く考えないことにして無心でカレーを頬張った。
どんな状況にあろうとも、草薙のトマトチキンカレーは絶品だった。
帰り道の車内、草薙はつい数十分前に盛大な説教をかましたことがまるで嘘のようににこやかだった。
物事を引きずらず、切り替えがハッキリとしているのは草薙の美点の一つだろう。
そこまでならば、多少のアクシデントがあったとはいえ、久しぶりに会う友人と思い出話に花を咲かせた楽しい時間でした、で終われたのだ。

だが不運にも、そうは問屋が卸さなかった。


情報室に向かっていたナマエは、廊下の向こうから角を曲がって現れた姿を見て立ち止まった。
宗像が一人、相変わらず背筋をピンと伸ばして優雅に歩いて来る。
室長室に戻る途中なのだろう。
距離が二メートルまで縮まったところで、ナマエは定則通り一礼した。

「ご苦労様です、ミョウジ君」

ナマエが遅番であることを把握していたのだろう。

「今日も一日よろしくお願いしますね」

にこりと微笑まれ、ナマエは短く答えた。
そのまま、宗像がナマエの横を通り過ぎて行く。
宗像の歩数を三まで数えたところで、ナマエも宗像とは反対方向に再び歩き出した。

「ミョウジ君」

しかし一歩踏み出したところで名を呼ばれ、ナマエは振り返る。
同じように振り向いた宗像と目が合い、ナマエは何事かと首を傾げた。

「………室長?」

呼び止めたきり何も言わない宗像を訝しみ声をかけると、宗像は眉間にはっきりと皺を寄せて常よりも低い声を出した。

「随分と安っぽい煙草の匂いがしますね」

普段の職務中とは明らかに異なるトーンで紡がれた指摘に、ナマエはハッとする。
宗像の言う匂いの正体は、考えるまでもなかった。
ナマエは長年の付き合いですっかり麻痺してしまっているが、周防の部屋や服に染み付いた匂いは、一般的には煙草臭いと称される類のものだ。
そして宗像は、その匂いを知っている。
出勤前にシャワーを浴びるべきだったと気付いたが今更手遅れだ。
ナマエは引き攣る口元を自覚しながら、脳内にそれらしい言い訳を思い浮かべた。
が、何パターンか用意したうちの一つも言えないうちに、一瞬で距離を詰めてきた宗像に肘を掴まれていた。

「あの、室長?」

戸惑い気味に呼んだナマエの声を無視した宗像が、掴んだ肘をそのままに歩き出す。
足早に進む宗像に半ば引きずられるような形で連れて行かれたのは、宗像の執務室だった。
荒々しい足取りでデスクに近付いた宗像が、無言のままナマエの上体をその上に突き飛ばす。
意識の隅で、重厚なドアが閉まる音を聞いた気がした。
仰向けに押し倒されたナマエは、上に覆い被さってくる宗像を呆然と見上げる。
ぐっと顔を近付けられ、レンズの奥に底冷えするような双眸があることに気付いた。

「……さて、説明して頂きましょうか」

穏やかさの欠片もない、硬質な音。
明らかに職務外の行動だろうに、宗像はプライベートの柔らかな表情を覗かせることもない。
ナマエは逡巡したが、宗像は粗方の事情を見抜いた上で詰問しているのだろうと判断し、素直に説明することにした。
朝から買い物に行ったこと。
途中で草薙に会い、HOMRAに招かれたこと。
そこで昼食をご馳走になったこと。
しかし、周防との一件について詳しく説明するのは墓穴を掘るに等しい行為だと思い、ほとんどを省略した。

「食べる時、尊が隣に座ってたから。多分その時に、匂いが移ったんだと思……います」

宗像が公私どちらとして接しているつもりなのか図りかね、曖昧な敬語を取って付ける。
話を聞き終えた宗像は、ほう、と目を細めた。

「ただ隣に座っていただけで、こんなにもハッキリと匂いが移った、と?」

そんなに強いのか、とナマエは内心で焦る。
残念ながらナマエの麻痺した感覚では、自分からどれほど煙草の匂いがしているのか分からなかった。

「知っての通り、ヘビースモーカーですし、ね」
「ええ確かに、君の言う通りです。この安っぽい匂い、反吐が出ますね」

常日頃の宗像からは考えられないような類の悪態を吐かれ、ナマエはいよいよ不利な状況に置かれていることを痛感した。
宗像のこの口調は、それこそ周防と喧嘩をする時のためのものだ。

「しかしこの時間の食事の席ともなれば、櫛名アンナ君もいたのでしょう?常識の欠片も持ち合わせない周防がそれを考慮し煙草を控えるとは思えませんが、草薙出雲が同席していたのであればこれほどの匂いが残るような本数の煙草を許したとも考えにくい」

実は吠舞羅の幹部と仲良いんですか、と聞きたくなるような推理を展開され、ナマエはそろそろ諦めの境地に到達しそうだった。
宗像の読みは当たっているのだ。
周防は、階下に降りてからは食後の一本しか煙草を吸っていない。
ナマエの髪に匂いが染み付いたのは間違いなく、周防の部屋、正確に言うとベッドの中にいたからだろう。

「さて、HOMRAで周防と何をしていたのか、もう一度、今度は正直に答えて下さい」

ぐっと顎を掴まれ、奇しくもそれが周防と同じ所作だったので、ナマエは動揺した。
動揺した思考のままにうっかり「やっぱり似てますね」などと口走りそうになり、慌てて言葉を喉の奥に仕舞い込む。
これ以上言い訳のしようがないのなら、あとは与えられているかも分からない黙秘権を行使するしか道はないのだ。
黙り込んだナマエを見て、宗像は唇を歪めた。

「……なるほど、言いたくない、と」

宗像が、薄っすらとした冷笑を浮かべ、眼鏡のブリッジを押し上げた。
さらに端整な顔を近付けられ、重力に従い垂れた宗像の髪がナマエの頬を掠める。
美人は怒ると怖いというが、まさにその通りだ。
絶対零度の張り付けたような笑みは、ナマエの顔を引き攣らせるに充分だった。

「ならば、君が言いたくなるまで待つとしましょう。ただし、ミョウジ君。私は今、非常に不愉快な気分を味わっています。ただ黙って待っていられるような心境ではありませんので、悪しからず」

そう言い切った宗像の長い指が、ナマエの顎を今一度掴み直す。
そのまま些か乱暴に唇を塞がれ、ナマエは本日二度目にして二人目のキスに目を見開いた。






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