真紅の輝きが照らす蒼穹[5]
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「……本当は、それだけ、などという言葉で済ませられるようなことではないのですが……。敢えて使うならば、本当に、それだけですか。口付けを、交わしただけですか?」

先ほどまでの酷薄な笑みではなく、少し困ったような、縋るような表情。
凍り付いていた紫紺が溶けて揺らぎ、不安げにナマエを見下ろした。

「交わしたんじゃ、ありません。一方的にされただけで、応えてはいません」

宗像の言葉を訂正すれば、ナマエの手首を拘束する手に力が込められる。

「それ以外は、何も?この身体の、どこにも触れさせてはいませんか?」
「……ちょっと、耳を舐められたくらいです」

その瞬間、宗像の眉間にぐっと皺が寄った。
しかし開かれた唇は何も言わず、二度ほど大きく深呼吸を繰り返しただけだった。

「……それで、全てですね?この肌を、あの粗野な男に晒してはいませんね?」

やがてゆっくりと落とされた問いに頷けば、宗像は唇を震わせて顔を歪めると、デスクの上からナマエの上体を抱き起こしてそのまま強く胸元に掻き抱いた。
背骨が砕けそうなほどきつく抱き締められ、ナマエの呼吸が止まる。
しかし宗像は、しばらくナマエを離そうとしなかった。

「……キスをされてしまった以上、よかった、とは言いたくありませんが。……でも、君を、奪われなかった……」
「え……?」

腕の力が緩み、だが相変わらず宗像に抱き締められたままの状態で耳にした言葉に引っかかりを覚え、ナマエは顔を上げる。
そこには、今にも泣き出しそうな宗像の表情があった。

「……礼司?」

思わず呼んでしまった、宗像の名。
宗像は情けないような笑みを微かに浮かべ、ナマエの頬を親指の腹で優しく撫でた。

「帰って来て、くれたのですね。ナマエ」

心底安堵したような響きで零された言葉に、ナマエはいよいよ首を傾げる。
何の話、と問おうとしたところで、宗像が訥々と話し始めた。

「……君が昔から、あの男と仲が良いことは知っています。私が君に想いを告げたのは、半年ほど前のことでしたが、……本当は、学生の頃から、……ずっと君のことが好きでした」

初めて聞かされた話に、ナマエは驚いて宗像を見つめる。
浮かんだ表情はどこか切なく、柔らかかった。

「君はあの男のことが好きなのだろうと、ずっと、思っていて。……それほどまでに、君とあの男はいつも一緒にいた。君は、いつも楽しそうでした。……あいつから、奪いたかったんです、君を」

だから、青の王に選ばれた時、ナマエに声を掛けた。
クランズマンにしてしまえば、少なくとも宗像が王である限り傍を離れることはないだろうと、そう考えたのだと、宗像は言った。

「……しかし、傍にいればいるほど、君に触れたくなり、もっとたくさんの表情を見せてほしくなりました。だから君に、好きだと告げた。……正直に言います。本当は、断られると思っていたんですよ」

宗像が寂しそうに微笑み、何度もナマエの頬を優しく撫でる。

「君が私の想いに応えてくれてからも……いつも、怖かったのです。いつか君は、あの男の元に戻ってしまうのかもしれない。私など捨てて、あの男を選ぶのかもしれない、と」

触れることを許されても、怖かった。
拒絶されることが、強い想いで傷付けてしまうことが、怖かった。
そう言って、宗像はナマエの首筋についた噛み跡に恐る恐る触れた。

「無理矢理、こんなことをしてすみませんでした。痛い思いをさせて、怖がらせて、すみません。謝って、許されることではありません。許してくれなくとも構いません。……ただ、一つだけ言い訳を聞いて頂けるならば、……冷静では、いられなかったのです。………君から、あの男の匂いがすると分かった時、目の前が真っ暗になった」

痛みを上書きするかのように、宗像の指先が優しく傷をなぞる。
触れられた皮膚が疼いた。

「……あの男に、君を奪われるのかと。君は、あの男を選んでしまうのかと。そう思ったら、抑え切れなかった。どんな手を使ってでも、縛り付けてでも、君を手放したくなかったんです……」

最後にもう一度、傷付けてすみません、と謝られ、ナマエは静かに目を伏せた。
初めて知った宗像の想いを、落とされた言葉を全てすくい上げて胸の中で形にしていく。
それは柔らかく、あたたかかった。

「………幻滅、してしまいましたか?こんなことをした私は、もう君に、」
「礼司」

瞼を持ち上げる。
今にも泣き出しそうな表情で手を引いた宗像を見上げ、ナマエはつられて泣きそうになった。

「ねえ、礼司。私ね、いつかもう少し経ったら、言おうと思ってたの。………覚えてるかなあ」
「……何、を……ですか?」

不安げに揺らめく紫紺を見つめる。
怒っていても、笑っていても、泣きそうになっていても。
いつだって宗像の瞳は驚くほど美しい。
そう、あの日だってそうだった。

「私はあの日の放課後、テスト勉強をしようと思って図書室に行って。そうしたら、窓際の席にすごく綺麗な男の人がいた。びっくりするくらい綺麗で、こういう人はどんな本を読むのかなあってこっそり近付いたら、その人はなぜかジグソーパズルの本を読んでてね。てっきり、難しい参考書とか推理小説とか、そういうのを読んでるのかと思ったから、なんだか不思議な人だなって面白くなっちゃって」

ナマエの話が進むにつれ、宗像の目が見開かれる。
無意識なのだろうがついでに唇まで薄っすらと開けるものだから、ナマエは思わずクスリと笑ってしまった。
あの日と同じように。

「思わず笑っちゃったら、その人が顔を上げて。すごく綺麗な紫の目を私に向けて、言ったの。もしかして、君もこの本を探していたのでしょうか、って」

意味が全く分からなかった、とナマエは苦笑する。
その人はなぜ、思わず笑ったナマエを見て、ジグソーパズルの本を探していると勘違いしたのか。
さっぱり分からなくて、変な人だと思ったけれど、ナマエはなぜか引き寄せられるように頷いていた。

「その人は懇切丁寧にジグソーパズルの歴史からバリエーションまで説明してくれて、私にはその話の半分くらいしか理解出来なかったけど。でも、綺麗な目を輝かせて嬉しそうに話してくれるから、途中で遮るのがもったいなくて。図書室が閉まるまで、私はずっとその人の話を聞いてた」

高校一年生の、初夏の出来事だ。

「………後からね、気付いたの。ああ、一目惚れってこういうことを言うんだなあ、って」

ナマエが最後に付け足した言葉に、宗像は息を呑んだ。
その目が、信じられないとばかりに呆然とナマエを見下ろしている。

「でもほら、恥ずかしくてね。初心な年頃、だったじゃない?……だからね、尊の側はそういう意味でも美味しいポジションだったの。礼司と尊は、なぜかいっつも顔を合わせて、喧嘩ばっかりだったから。尊といれば、必ず礼司に会えた」

今更こんなこと言うの、恥ずかしいね。
そう言ってナマエが笑えば、宗像は感極まったかのように盛大に眉尻を下げ、再びナマエを抱き締めた。

「……今日のこと、ごめんなさい。本当に、そんなつもりじゃなかった。でも、油断っていうか、そんなことありえないって思ってたのが、悪かったし、隠そうとしたのも、ごめん。もう二度としない。約束する」

ナマエも、宗像の背に腕を回す。
小刻みに震える大きな背中に、そっと手を添えた。

「………あの男が君の大切な友人だということは、分かっているんです。だから、二度と会うなとか口を利くなとか、そのようなことは言いません。……ただ、私は君のことになると、あまりにも狭量で、情けない。………お願いです、あいつに、気を許しすぎないで下さい。触れさせないで………君は私のものだと、言わせて下さい」

うん、とナマエは宗像の腕の中で何度も頷いた。
強く抱き締め合って、一ミリの隙間もないほど触れ合って、ようやく柔らかな想いに包まれる。

「ナマエ。今夜、部屋に来てもらえますか……?」

宗像の片手が持ち上がり、ナマエの頬にそっと触れた。
伝わってくる肌の温もりが愛おしい。
縋り付くような口調で乞われ、ナマエは微笑んだ。
きっと宗像は優しく、でもいつもより少し激しく愛してくれるのだろう。

「うん、必ず」

ナマエは宗像の手を両手で包み込み、その指先にキスを落とした。






真紅の輝きが照らす蒼穹
- いつかその心を青く染め上げるまで -









あとがき

みいちゃーーん、遅くなって本当にごめん。お待たせしました!!
いやあ、なんだろうこれ、一言で言うと大暴走したねww リクエストがさ、バーの2階で尊さんと、もしくは執務室で室長と、こっそりイチャコラ、だったじゃない? どっちで書くか散々悩んで、一向に決まらなくて、ふと思いついたわけよ。「あ、両方書けばよくね?」って。まあ、それが運の尽きだよねww オチをどっちにするかも悩んだんだけど、ここはごめん、私の愛で室長になりました。
二人とも混ぜ込むにはどういうのがいいかなあ、って考えて、結論がまさかの同級生設定捏造。学力的に考えたらあり得ないと思うけど、ちょっと美味しいよね。ただこの設定だとさ、アニメ最終話のその後とか悲劇でしかないよね……。とか、今はこの話はやめておくわw でも、この設定は、学生時代とか色々書いてみたくなった。みいちゃんのリクエストに全く関係なくてほんとごめんww なんか、また嫉妬でおかしくなるパターン書いちゃったよ。二度目だよね、リクエストで私が勝手に暴走するの。ほんと、関係ないところで膨らませすぎてごめん。あのね、楽しかったwww
色々やらかしたけど、楽しんでもらえていれば嬉しいです。あ、相変わらず誤字脱字あったら本気でごめん。雨の話も含め、最っ高に滾るリクエストをありがとうございました(^^)






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