両腕に抱える幸福[4]
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重ね合わせるだけの口付けを、何度も繰り返す。
ワイシャツを掴む指先を愛おしく思いながら、千景は角度を変えてナマエの唇を奪った。
やがてナマエの後頭部に添えた手に少し力を込め、唇の隙間から舌を差し入れる。
激しく貪るようなことはせず、優しく労わるようにナマエの口内を撫でた。

「……ん、……ぅ………」

微かに漏れる声を、そっと受け止める。
髪を撫でれば、ナマエの身体から力が抜けていくようだった。
一度唇を離し、その目を見つめる。
ぼんやりと潤んだ瞳に見上げられ、千景は少し苦笑した。
全く、大した誘惑だ。
腰を抱き寄せる手とは反対の手で首筋をなぞれば、ナマエの肩が小さく跳ねた。
見上げてくる双眸が揺れる。
そこに滲む想いを正しく汲み取り、千景は安心させるように額に口付けた。

「そう構えるな。するつもりはない」

ナマエが向けてくる、期待とそしてそれを上回る不安。
千景がそう答えれば、瞳は安堵と翳りを同時に見せた。
先を望む心、それを恐れる身体。
相反する二つの感覚に、ナマエ自身も戸惑っているのだろう。

「まだ痛むのだろう。無理をするな」

千景とて、抱きたくないとは言えない。
もう長い間、この身体に包まれていないのだ。
溶かして、深く押し入って、無茶苦茶にしたいという男として当然の欲求は、もうずっと前から持て余している。
だが、痛む身体に無理をさせるつもりなど毛頭なかった。

「先は長い。時間はいくらでもある。身体が治ったら、その時は覚悟しておけ」

そう告げれば、ナマエの頬が目に見えて赤く染まる。
千景はその初々しい反応に喉を鳴らした。

「だから今は、」

もう一度、キスを落とす。
ナマエが不安にならないように。
愛しているのだと、本当は抱きたいのだと、しかしそれ以上に大切にしたいのだと、千景の葛藤がそのまま全て余すところなく伝わるように。
何度も唇を重ねた。
応えてくれるたどたどしい動きに、心臓が逸る。
受け入れられることを嬉しいとも思い、同時に煽ってくれるな、とも思った。
髪を梳き、頬を撫でることで、この先に進むことはないのだと自身に言い聞かせる。

「……全く、厄介な女だ」

思わず零れてしまった言葉を、しかしナマエは正しく受け止めることが出来たらしい。
ナマエが、ふふ、と楽しそうに笑った。
いい度胸だ、と切り返したい気持ちもあったが、ようやく目にした心からのものだと分かる笑みに毒気を抜かる。
千景は嘆息し、柔らかな笑みを浮かべるナマエにもう一度口付けた。


家族三人の生活は、まだ始まったばかりだ。
この先、今よりもっと大変なことが山のように待っているだろう。
だが恐らく、幸せな瞬間も数え切れないほどあるのだろう。
嬉しい日も、悲しい日も。
楽しくて堪らない日も、落ち込んで仕方ない日もあるだろう。
そんな毎日を、ずっと共にあれるように。
何があっても傍に、寄り添えるように。
千景はそう願いながら、大切な人を抱き締めた。







両腕に抱える幸福
- 決して取り零すことのないように -







あとがき

まんにゅ様

大変お待たせして申し訳ありませんでした!!
リクエスト頂いておりました、激甘の子ども出来る話、でした。お相手は土方もしくは風間どちらでも可とのことで、土方さんについては以前ヒロインちゃんが妊娠する話を書いたことがあったので、今回はちー様で書かせて頂きました。
激甘にするにあたり台詞をがっつり増やしたら、何だか別人のようになってしまいましたが……お楽しみ頂けていれば幸いです。

この度は素敵なリクエストをありがとうございました。







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