捻くれ者の確信的戦略[2]
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なんですかそれ絶対嫌ですよちょっと室長本気なんですかやめて下さいって。

それだけのことをナマエが言い終える前に、作戦遂行中以上にてきぱきと動いた宗像は、ナマエを執務室の壁際へと誘導した。
壁を背にしたナマエの前に、宗像が立つ。
二人の身長差は、約二十五センチ。
宗像の顎とナマエの頭の天辺が、大体同じラインだった。

「立ち位置はこのようなところでしょうか」
「知りませんって、ほんと。ちょ、近いです室長!」

パーソナルスペースが人より異様に狭い宗像のせいで、壁にドンする前からやたらと距離が近い。
そうこうしているうちに、宗像が左手を壁についた。
衝撃音はなく、あくまでもソフトに。
正確に言えばこれは壁ドンではないのだろうが、今のナマエにはどうでもよかった。
否、どうでもよくはない。
むしろどちらにせよアウトだ。
肘までを壁につけた宗像が、思いきりナマエに顔と身体を寄せる。
宗像が上体を少し屈めたせいで、今にもナマエの側頭部に眼鏡が当たりそうだった。

「ふむ。どうでしょう、追い詰められている感覚はありますか?」

充分にある。
むしろ、随分前から追い詰められっぱなしだ。
しかし素直にそう認めるのはどこか悔しく、かといって平気なふりも出来ず、ナマエは精一杯顔を背けた。

「逸らさないで下さい」

だが、宗像に顎を掴まれ、強制的に視線を合わせられる。
レンズの奥に愉しげな光を見つけ、ナマエは内心で宗像を罵った。

「さて、この状況で口説くのでしたね」
「はあ?ちょっと、馬鹿言わないで下さいよ。それはあくまで、」
「男性が女性に気がある場合の話、ですね?」

ほとんど吐息の掛かる距離で、宗像の唇が弧を描く。
何を考えているのだ、とナマエは宗像の身体を押し退けようとしたが、突き出した手は呆気なく宗像に捕らえられた。

「そう暴れないで下さい、ミョウジ君。手荒な真似はしたくありませんよ」
「だったら!いい加減離して下さいよっ」

最早ナマエの頭から、相手が上司だという認識は抜け落ちていた。
手が駄目ならばと脚を振り上げるが、難なく躱されてブーツの先端が空を切る。

「全く、とんだ暴れ馬ですね。まだ検証は終わっていませんよ」

くすくすと愉しげに喉を鳴らされ、ナマエは悔しいやら居た堪れないやらで宗像を睨み付けた。
宗像はそれを意に介した様子もなく、興味深そうにナマエを見つめている。

「もういいじゃないですかっ。壁ドン、理解出来たんでしょう?」
「いいえ、まだですよ」

ナマエの反論を一言で封じ込めた宗像は、不意にその表情を引き締めた。

「ナマエ、」

突然呼ばれた名前に、ナマエは驚いて動きを止める。
宗像を見つめれば、先ほどまでの愉しげな輝きはどこに行ったのか、吸い込まれそうなほどに深い色の紫紺があった。

「……君が好きです」

硬直したナマエの耳元に囁かれた低音。
数秒かけてその言葉の意味を咀嚼したナマエは、次の瞬間顔に熱が集まるのを自覚して咄嗟に俯いた。
遊ばれている。
分かっている。
それなのに、心臓が痛いほど胸骨を叩いた。

「な、に……言ってるん、ですか。……いくら検証でも、タチ悪いですよ」

平静を装った声を意識するがそれが失敗していることも、さらに言えばすでに手遅れであることも分かっていて、ナマエは顔を上げられない。
せめて、真っ赤になっているであろう顔を見られませんようにと祈った。

「私は本気ですよ、ナマエ。冗談にしてしまわないで下さい」
「……何、を………なに、馬鹿なこと言ってるんですか」

耳元に落とされる言葉に、ナマエは強く目を瞑る。
宗像の声は甘美な毒薬のようだった。
飲み込めば苦しむと分かっているのに、蕩けるような甘さに誘惑される。

「馬鹿とは心外ですね。これでも本気で想いを伝えているつもりですが、取り合っても頂けないのですか?」

突然寂しげな声を出され、ナマエは思わず顔を上げた。
想像していた笑みではなく、困ったような、心細そうな表情が目の前にあり、ナマエは息を詰まらせる。

「………本気で、言ってるんですか……?」

絆されて、しまった。
欠片も信じていない、だから嘘でも傷付かないというスタンスを貫くつもりだったのに、宗像があまりにも切なげな目をするから。

「ええ、勿論。私は冗談など言いませんよ。それは、君もよく知っているでしょう?」

柔らかい口調で投げられた問いに、ナマエは曖昧に頷いた。
知っている、知っているけれども。
全く想定していなかった事態に、頭が付いてこない。

「……そう、ですか……」

結局、自分でも何を理解したのか分からないまま、ナマエは口を閉ざした。

「はい。……それで、いかがでしたか?君の説では、壁ドンは女性が男性に対してある一定の好意を抱いていなければ成立しない、ということでしたが。これは、成功したのでしょうか」

その問いの意味するところを悟った瞬間、ナマエは思いきり宗像を睨み付けた。
何と卑怯なやり口なのか。
やはり宗像は、腹に一物を抱えているらしい。
成否などすでに明白だろうに、宗像はナマエが答えるのを待っている。

「男の側としては追い詰めている感覚があるのですが、やはり女性側を正しく理解することは出来ませんね。ですから、是非君の意見を聞かせてほしいのですが」

よくも抜け抜けと言えたものだ。
ナマエは一旦目を閉じ、大きく息を吸い込んだ。
このまま負けっぱなしでは、到底終われそうにない。
ナマエは目を開けると宗像の左肩に手を置いて強く引き寄せ、そのまま足払いをかけた。
突然の動きに、宗像が若干バランスを崩す。
その隙をついて、ナマエは宗像と自身のポジションを逆転させた。
宗像の背中を壁に押し付け、右手を壁につく。
きょとん、と目を瞬かせた宗像に、限界まで顔を寄せた。

「……どうですか、そっち側の気分は?」

背伸びをし、仕返しとばかりに唇が触れ合う寸前で囁きかける。
この身長差では全く格好が付かないが、なるほど確かに追い詰めた気分だった。
表情にさほど乱れはないがそれでも宗像の驚く様子が伝わってきて、ナマエは少し溜飲を下げる。
しかし次の瞬間、宗像の方から残された最後の距離を詰めてきた。

一瞬だけ触れ合った唇。

「どうやら成功のようですよ、ナマエ」

そう言って嬉しそうに微笑まれ、結局は負けるのかとナマエは苦笑した。






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