命の所有権[6]
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次の瞬間、ナマエは気を失った。
だが、最後にその唇から音として漏れた「礼司さん」が、その指先が宗像の制服を握り締めていたことが、宗像にナマエが戻って来たことを確信させた。

「室長!」

顔を真っ青にした淡島が、伏見と共に駆け寄って来る。
宗像はナマエを抱き締めたまま身体を起こした。

「…………なんで………」

ぽつりと落ちた、女の声。
なぜ、と繰り返すその様子に、宗像は一つの真実を見つけた。

「操られている人間の動きは、操っている側にも伝わる。相互的な共有、ということですか」

女は気付いたのだ。
最後にナマエが、ナイフを振り下ろしながら何をしようとしたか。

「……どうして、死のうとしたの……?」

ナマエは選んだ。
宗像を殺すくらいなら、自分が死ぬ、と。

「貴女には、分からないのかもしれませんね」

宗像は、皮膚と肉が裂けた左手の指を見つめた。
ナマエは本気だった。

「大丈夫ですよ、貴女がおかしいのではない」

宗像は、血が溢れ続ける指に唇を落とす。
鉄の味が口の中いっぱいに広がり、唇の周りを濡らした。

「でも、私とこの子には、これでいいのです」

宗像はそう言って、血塗れの手でナマエの髪を撫でた。
髪の毛が血塗れだどうしてくれる、という文句を聞ければいいと思うのだが、恐らくは無理だろう。
宗像はそれを残念に思った。

「……そう、………そうね、」

女が薄く、だが初めて美しく微笑った。
それを見て、宗像も目を細める。

「お伺いしたいことは色々とあるのですが、まずはお互いに一時休戦ということにしませんか?」

宗像の提案に、女は頷く。
それを確かめ、宗像は伏見に視線だけで確保を命じた。
伏見が、ストレイン用の手枷を女の手首に嵌める。
伏見と秋山に誘導され、女は店から出て行った。
その後ろから、弁財と加茂がそれぞれ共犯の男を連れて行く。
淡島と道明寺は、人質の解放に向かった。

宗像は駆け込んで来た布施に散らばったナイフの回収を命じ、ナマエを抱いたまま立ち上がる。
宗像の怪我を見た日高が慌ててナマエを代わりに運ぼうと手を伸ばしたが、宗像は何も言わず微笑んだだけで、その申し出を受け流した。

外は、もうすぐ陽が沈むところだった。




午後十時二十四分。

目を覚ましたナマエは、ベッドの縁に腰掛けていた宗像の顔とその両手を見るなり、まるで反射のように両目から涙を溢れさせた。
それには宗像の方が驚いた。

「……ごめ、なさ……っ、ごめんなさい……っ、れーしさっ、ごめんなさい………!」

慌ててその涙を拭おうにも、両手が包帯でぐるぐる巻きなので上手くいかず、結局さらにナマエを泣かせる羽目になった。
最終的に宗像は涙を舌で舐め、唇で吸い取ることでナマエを泣き止ませることに成功した。
それでもぐすぐすと鼻を啜って謝り続けるナマエに、宗像は苦笑する。

「ナマエ。今回の件で君に反省してほしいのは、ただ一点だけですよ」

真っ白な手で、ナマエの頬を撫でた。
赤く充血した目を覗き込み、宗像は告げる言葉が本気なのだと訴えかける。

「二度と、同じことは許しません。何のことか、言わずとも分かりますね?」

傷付けてもいい。
分からなくなってもいい。

「………はい、礼司さん」

だが、勝手に死のうとすることだけは許さない。
たとえ、誰を殺したとしても。

「ならばよろしい。……ほら、もうそんな顔をしないで下さい。泣き顔も可愛いですが、君には笑顔の方が似合いますよ」

宗像は微笑み、もう一度ナマエの目尻に口付けた。

「そうは言っても君は気にしてしまうのでしょうから、その分お手伝いはよろしくお願いしますね」

宗像は白い両手を掲げ、悪戯っぽく笑って見せた。
ナマエが申し訳なさそうな、でもどこかほっとしたような表情で頷く。
その瞬間、宗像は内心で大きくガッツポーズをしていた。



その翌日から、宗像は大層機嫌が良かった。

この手では捺印出来ないからとナマエを膝の上に乗せて仕事をし、この手では食事が出来ないからとわざわざ一番混んでいる時間に食堂に行ってナマエにスプーンで料理を口元まで運んでもらう姿を皆に見せつけ、この手では洗えないからとバスルームでナマエに頭の天辺から足の爪先まで洗ってもらい、それはもう見たり聞いたりする隊員たちが砂を吐く程度にはご機嫌だった。
ちなみに、ナマエはほとんどの場合顔を引き攣らせていたことも、念のために明記しておく。







命の所有権
- 勝手に殺すなそれは私のものなのだから -




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