命の所有権[4]
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一瞬の虚を突かれた。

まるで反射のごとく、まるでそれが自らの意思であるかのごとく、ナマエが躊躇なく宗像の元へと走り込み、パーカーの内側から抜いたナイフを振りかぶった。
宗像が辛うじて反応し、後ろに飛び退る。
それを追うようにナマエは宗像との距離を詰め、流れるような所作で袖から滑らせたもう一本のナイフを突き出した。

「な……!」
「ミョウジ?!」

目の前で突然始まった戦闘に、伏見も淡島も目を剥く。
それが対犯人ならば、何も問題はなかった。
しかし宗像に斬りかかったのはナマエなのだ。
繰り広げられる現実を理解しきれず、距離を取った二人は戸惑い立ち尽くす。
しかし惚けている暇はなかった。
陳列棚の奥からさらに二人、今度は買い物客と思われる男女が姿を現わす。
女の見た目は三十代後半、そこそこ裕福な家庭の主婦なのか、淑やかながらも目を引く出で立ちだ。
男の方は二十代半ばといったところだろうか、ジーパンにTシャツというよく見かける装いの純朴そうな青年だった。
その二人の手にも、鈍く光るナイフ。

「っ、伏見!」

淡島が鋭く伏見の名を呼んだ次の瞬間、女が淡島に、男が伏見に襲いかかる。
どう見ても残り二人の犯人ではなく、偶然居合わせて巻き込まれた買い物客だ。
当然反撃するわけにもいかず、淡島は大きく距離を取ってその攻撃を避け、伏見は隠し持っていたナイフで防御した。

「な、んだこれっ!」

恐怖や躊躇といった当たり前の感覚は欠片もないのか、がむしゃらにナイフを振り回す男の攻撃を、伏見は防ぎ続ける。
反撃されることなど考えていないのか、男の動きに自衛の意思は全く見出せなかった。
淡島もまた、上品な笑みこそ似合いそうな女がナイフを突き出して来るという異様な状況に飲まれ、頭が上手く働かない。
とにかく足を動かして避けるのが精一杯だ。

「どういうことだ……?!」

伏見が焦慮に呻いた。
この男女も犯人の味方なのか。
いや、ならばナマエの行動に説明がつかない。
防戦一方の伏見と淡島は、状況が掴めず窮地に立たされた。


最初の一撃を反射神経だけで避けた宗像は、その後立て続けに振り下ろされるナイフを半ば呆然とした心地のまま身体に染み付いた癖だけで避け続けた。
ナマエは全く表情を変えず、淡々と宗像を追い詰めていく。
宗像は動きに意識が向かず、数回に一回はナイフの切っ先が制服や髪を掠めた。

「ナマエ……っ?」

思わず名前を呼ぶが、当然のごとく返事はない。
そのうちに宗像は少しずつ思考を取り戻し、そうすると違和感にも感付き始めた。
なぜ、で埋め尽くされていた頭の中が、ありえない、に切り替わる。
そう、ありえないのだ。
ナマエが宗像を攻撃するという状況は、どのような条件で生み出されるのか。
可能性は二つだ。
一つ目は、言うことを聞かなければ人質を殺す、といった脅迫により、従わされているということ。
ナマエ個人としてならともかく、セプター4のミョウジナマエとしては、そう言われてしまえば従う可能性もあるだろう。
しかしその場合、ナマエが無表情でいられるはずがない。
確かにナマエは元々感情の起伏が少ないが、宗像には様々な表情を見せてくれるようになっていたのだ。
宗像の作るオムライスが食べたい、とはにかんだナマエが、こんな風に感情を完璧に殺して宗像を攻撃出来るはずがない。
当然だが、ナマエ自身の意思で攻撃するということもありえない。
ならば残された可能性は、何者かに操られている、ということではないか。
心を操って云々という話に留まらず、身体を直接意のままに操っているのだ。
そして、そんなことが短時間で出来るのはストレインの異能だけだろう。
つまりそれが、主犯の女の能力ではないだろうか。
そうと仮定すれば、これまでの人生で戦いなどというものとは全く縁のなさそうな男女が躊躇なくナイフを振り回す姿にも説明がつく。
発動条件は分からないが、人質の中からナマエとあの男女が選ばれ、能力をかけられた。
そして、主犯の女がその身体を意のままに操り、宗像たちを攻撃しているということではないだろうか。
攻撃を避ける度、宗像はその可能性が高いことを感じ始めていた。
なぜならば、ナマエの中の青が、宗像の力に全く反応しないのだ。
宗像はサンクトゥムを展開し、上空に剣を出している。
普段であれば、ナマエの青は宗像に共鳴する。
それなのに、今はナマエの中から宗像の与えた力が全く感じられないのだ。
つまりそれは、更に上から別の能力で支配されているからなのだろう。
だから、近くまで寄っても気配を感じなかったというわけだ。

厄介な、と宗像は歯噛みした。
もちろんだが、ナマエや操られている男女に反撃するわけにはいかない。
元を断たねば意味がないのだが、この能力の詳細が分からない以上、下手に攻撃をしてナマエたちに何か影響があっては困る。
さらに、人質は他にも四十人近くいるはずなのだ。
たとえば主犯の女がその全員を操ることが出来るとするならば、反撃が出来ない宗像としては非常にやりづらい。

無表情なナマエの手から飛んで来たナイフを、宗像は力で弾き飛ばした。
するり、と手を離れたナイフの代わりがナマエのパーカーから取り出される。
犯人に与えられたものではなく、ナマエ自身が隠し持っていたナイフだろう。
ナマエは非番の日でも絶対に、服の中にナイフを数本忍ばせている。
護身として持っていてくれる分には安心なのだが、今この状況でその武器の数は厄介なことこの上なかった。
ナイフを掲げたナマエが、宗像に迫る。
無表情というよりも無感動、まるで思考が丸ごと抜け落ちているような、そんな表情だ。
たとえるならば、魂が抜けたような、とでもいうのだろうか。
操られているというより、精神ごと乗っ取られているのかもしれない。
宗像は大きく距離を取って攻撃を避け、そのまま声を張った。

「淡島君、伏見君!一度退いて下さい!」


呆然としたまま荒い息をつく淡島と伏見を取り囲む形で、宗像は自身を起点に青の障壁を張った。
青のクランズマンにしか通り抜けられない壁だ。
普段ならば当然ナマエも抜けられるのだが、これまでの反応を見る限り、今の状態のナマエにこの壁は突破出来ないだろう。
逃げ隠れしたところで何の解決にもならないが、今はとにかく考える時間が必要だった。
操られているだけだ、あれはナマエの意思ではない。
そう確信していたとしても、やはりナマエの姿形でナイフを向けられれば宗像は動揺する。
とても冷静に物事を考えられるような状態ではなかった。

「怪我はありませんか?」

宗像の問いに、淡島と伏見は声もなく頷く。
髪型の乱れや制服が裂けている部分はあったが、見たところ怪我はなさそうで宗像は部下の優秀さに感謝した。
その時は分からなかったが、実は三人の中で宗像が一番攻撃を受けていた。
相手が一般人ではなく、戦闘訓練を受けた、その中でも飛び抜けて優秀なナマエなのだ。
気も漫ろな状態では、いくら宗像とて躱しきれない。

「さて、困ったことになりました」

その時には淡島と伏見も、宗像が明察したこの状況について、ほとんど同じだけの理解をしていた。

「どうするんですか。あの女をどうにかしないと駄目なんでしょうけど、正確な能力が分からない以上迂闊には攻撃出来ませんよ」
「ええ、伏見君の言う通りです。念の為、情報班に前例を洗わせて下さい。もちろん犯罪絡みではあり得ないでしょうから、何も出て来ない可能性が高いですが、」

あの女がストレインとしてセプター4に登録されていなかったということは、これまでにあの能力を使って犯罪を犯したことがないということだ。
店の外で待機している隊員に連絡を取る伏見を見ながら、宗像は思考を巡らせた。
恐らく、気絶させるくらいが丁度いいのだろう。
しかし、そうなるとかなり至近距離まで近付く必要がある。
あのナマエの戦闘能力が、それを許すだろうか。
それに、残り四十人の人質を全て操って護衛に付けられでもしたら、そう簡単には接近出来なくなってしまう。
迂闊に攻撃出来ない以上混戦は避けたかったが、この場合数には数で対抗するしかないのだろう。

「伏見君。特務隊から秋山君、弁財君、加茂君、道明寺君を応援に呼んで下さい」

宗像がそう指示したところで、背後から靴音が近付いてくる。
振り返った先、そこにはナマエと主犯の女が立っていた。


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