命の所有権[3]
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午後三時五十分。

指揮車を降りた宗像は、問題となったスーパーマーケットを正面入口側から見つめた。
生鮮食料品と日用品を取り扱うというその店は一階建てで、壁面のほとんどがガラス張りのため中がよく見えるようになっている。
だが犯人も大馬鹿者ではないらしく、外からは見えない位置に陣取っているようだった。

三十分ほど前、報告を終えた伏見が宗像の指示を全隊に伝えるべく執務室を出たところで、宗像はすぐさまナマエのタンマツに電話をかけた。
しかし、セプター4で支給したものもプライベート用のものも、電源が入っていなかった。
考えられる可能性は三つだ。
ナマエ自身が仕事用タンマツの電源をも切るという暴挙に出てまで昼寝を優先させたか、もしくはたまたま二つのタンマツの充電が同時に切れているのか、それとも第三者がタンマツを奪って電源を落としたのか。
宗像にとっては最悪なことに、可能性が一番高いのは最後の一つだった。
もちろん、だからといってこの事件に巻き込まれていると決め付けるのは早計だ。
だが宗像は、ナマエが買い物をするならばこのスーパーマーケットに来るだろうということは分かっていた。
なぜならば、いつも宗像と二人で買い物をするのがこの店だからだ。
事件発生時刻は、監視カメラの映像によると午後三時ちょうど。
宗像が出勤してから二度寝をしたナマエが昼頃に起きたと仮定するならば、この時間に店内にいたとしてもおかしくはないのだ。

スーパーマーケットの入口を見つめながら、宗像は再びタンマツを取り出す。
もう一度ナマエのタンマツに連絡を試みたが、やはりどちらも反応はなかった。
事件に巻き込まれている可能性が、さらに高くなる。
だが宗像には一つ、不可解なことがあった。
この場に立ち、ここまで近付いてもなお、ナマエの青を捉えることが出来ないのだ。
これが吉なのか凶なのか、振り幅は大きい。
ナマエがこの近くにいないから気配が感じられないならば、それでいい。
だが、ナマエがこの店にいるのに気配が伝わって来ないならば、それは状況として非常によろしくない。
クランズマンの内にある力の気配を抑え込もうとするならば、例えばストレインを拘束する際に使用するような特殊な異能遮断器具が必要だ。
犯人がそんなものを用意していたとなればその狙いについて考え直す必要があるし、何よりナマエの身に危険が及ぶ可能性は高くなる。
宗像に、呑気に犯人側の要求を待つ余裕はなかった。

「室長!」

宗像がタンマツを胸元に仕舞い二歩歩いたところで、淡島が慌てた様子で駆け寄ってくる。
背後には、指揮車から降りた伏見の気配。
宗像は前を見たまま振り向かなかった。

「お待ち下さい。まだ何の要求もありませんし、様子を見ないと動きようが、」
「構いません、突入します」
「人質はどうするんですかぁ?」
「もちろん陽動は行います。問題ありません」

そう言い切った宗像がサーベルの柄に手を伸ばし、抜き放とうとしたところで不意に目を細めた。

「っ、あれは……!」

宗像の視線の先を追った淡島と伏見が、同時に息を飲む。
スーパーマーケットのガラス壁の向こう側、陳列棚の影から姿を現したのはナマエだった。
なるほどそういうことか、と、伏見は宗像のらしくない行動の理由に行き着く。
ナマエの斜め後ろから、一人の女が出て来た。
先ほどデータで見た主犯のストレインだ。
女が拳銃をナマエの蟀谷に押し付けた瞬間、宗像から立ち昇る殺気が淡島と伏見の膝を震わせた。
青いサンクトゥムが地面を円形に広がり、頭上にダモクレスの剣が浮かぶ。
淡島は膝をつかないよう踏ん張りながら、僅かに犯人に同情した。
女がナマエをセプター4の人間だと知った上で人質にしたのかどうか定かではないが、少なくとも最悪の選択であることには違いない。
宗像の目前でナマエの命を脅かすなど、自ら死に向かって歩くようなものだ。
女はその状況を理解していないのだろう。
ガラス越しに、宗像ら三人を手招きした。

サーベルは納めたままで、という宗像の指示に従い、淡島と伏見は両手を空けた状態で宗像に続き店内へと足を踏み入れた。
外が暑かった分、空調の効いた店内は涼しく感じられる。
照明が落とされた店内は、奥に行けば行くほど薄暗かった。

立ち尽くすナマエと、その蟀谷に銃口を押し当てた女。
宗像たちが近付いて行くと、残り四、五メートルほどのところで女が「止まれ」と命じた。
宗像が足を止め、その斜め後ろで淡島と伏見もそれに倣う。

「待っていたわ、室長さん」

長い金髪、真っ赤な口紅。
大きめの、生地が余ったつなぎを着用しているせいで身体のラインは分からないが、恐らくスタイルは良いのだろうと思われる艶やかな雰囲気。
女が赤い唇を歪めて笑った。

「ご招待頂く理由は特に思い至りませんが、何のご用でしょうか」

冷ややかな声に、淡島は宗像の怒りを再確認する。
女の方はそれを挑発と取ったのかそれとも惚けていると解釈したのか、すっと目を細めた。

「腹の探り合いをするつもりはないの、室長さん。貴方達が先月捕らえた≪真紅の蛇蝎≫のメンバー全員を釈放しなさい。そうすれば人質は解放するわ」

この子も含めてね、と女が持っていた銃でナマエの頭を小突く。
その瞬間、宗像の纏う空気が更に温度を下げた。

「なるほど、仰ることは理解しました。しかし残念ながら、それは出来ない相談というものです」

何の躊躇もなく交渉を打ち切られ、女は驚いたようだった。
しかしすぐに、その顔は愉悦に歪む。

「あら、どうやら状況が分かっていないみたいね」

女は愉しそうにくすくすと笑い、そして言葉を付け足した。

「ねえ、殺しちゃってよ」

ナマエ、と。



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