命の所有権[1]
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午前六時三十五分。

コーヒーを片手にトーストをかじっていた宗像は、寝室から聞こえてきた物音におや、と目を瞬かせた。
しばらくするとリビングのドアが開き、パジャマ姿のナマエが片手で目を擦りながら現れた。

「おはようございます、ナマエ」

まるで猫のように一頻り顔を擦り終えたナマエが、寝惚け眼のまま宗像に近付いて来る。
宗像は手に持っていたマグカップを置き、座ったまま椅子をテーブルから少し離した。
出来上がった隙間を利用して、ナマエが宗像の膝の上にひょいと跳び乗る。
胸元にぐりぐりと鼻先を押し付けてくるナマエの頭を撫でながら、宗像は柔らかく笑った。

「まだ寝ていてもよかったんですよ?せっかくの非番なのに」

日頃から、明らかに睡眠時間が足りていないのだ。
休日くらい好きなだけ寝ていてほしいと思い、数十分前、宗像はナマエを起こさずベッドから抜け出してきた。

「……ん、……れーしさんが、行ったら、また寝ます」

今にも寝落ちてしまいそうな声に、宗像はくすりと喉を鳴らす。
最後に、とばかりに宗像の腰を抱き締めてから、ナマエは膝の上から降りた。

「君も食べますか?」

宗像は、テーブルを挟んで向かいの椅子に腰を下ろしたナマエにトーストを指し示すが、予想通りいらないと首を横に振られた。
ナマエが朝食を、特に起きてすぐの場合はほとんどの確率で食べないことを宗像はよく知っているので、今更そこに口は出さない。
宗像は、残り半分になったトーストを口元に運んだ。
隊員の間では和食一辺倒と思われているらしい宗像だが、意外と朝食のテーブルにはパンがよく並ぶ。
確かに宗像は洋食よりも和食を好むが、やはり何かと忙しない朝にはトーストという手軽なメニューが重宝した。
ちなみに、一人で暮らしていた頃はさも当然とばかりに早起きをしていた宗像の朝が、今は何かと忙しなくなる原因はナマエにある。
正確には、ギリギリまでナマエと同じシーツに包まっていたいという宗像の欲求にある。
その証拠に、ナマエが泊まりに来なかった翌朝の宗像の食事は、大抵和食になるのだった。

「何事もなければ今日は早く上がれそうですし、夕飯は一緒に食べましょう。何か食べたいものはありますか?」

宗像の提案に、ぼんやりと宙を眺めていたナマエが一拍遅れて目を瞬かせる。
その顔にさっと喜色が走るのを見て、宗像は感慨に耽った。
いつの間にか、きちんと食事の楽しさ、美味しさを知ってくれたのだな、と。

「礼司さんが作ってくれるんですか?」

それはほとんど、宗像が作ったものや宗像が与えたものに限られるようだが、それでもいい。
何もかも嫌いだと言った最初の頃に比べれば、充分な進歩だった。

「はい。明日は君も私も午後からですし、今夜は少しくらいゆっくりしてもいいでしょう。君のリクエストにお応えしますよ」

何が食べたいですか、と問いを重ねれば、ナマエはまるで子どものように考え込む。
レストランのメニューと睨めっこをして何を注文しようか悩む姿を想像して、宗像は胸の内で少し笑った。

「………オムライス、がいい、です」

そして、一生懸命に悩む姿に見事マッチした可愛らしいリクエストに、宗像はその笑みを表に出してみせた。

「ふふ、ではそうしましょう。ソースは、ホワイトソースですか?」

ナマエがオムライスの時に最も好むソースを挙げれば、こくり、と一つ頷かれる。
嬉しそうに口元を緩めたナマエを見て、宗像は夜が待ち遠しくなった。

「では、仕事が終わったら迎えに行きますので、一緒に買い物に行きましょうか」
「……あ、私、行っておきます」
「おや、そうですか?部屋でゆっくりしていても構わないんですよ?」
「………ん、行きます。大丈夫」

ナマエが、宗像の仕事中に一人で買い物を済ませてくると言い出す。
宗像としては二人で買い物をするその行程も楽しみの一つだったが、確かにナマエに任せておいた方が早く料理に取り掛かれるのは事実だ。

「分かりました、ではお願いしましょうか」

出会った頃は、ナマエが一人で買い物に行くなんて考えられなかった。
実際、ナマエの視力が回復して一人で外に出かけるようになった頃は、宗像は大層心配してその後を尾けたものだ。
今となってはそれも、懐かしい思い出の一つかもしれない。

「では、卵と牛乳と、それから鶏肉もお願いしていいですか?」

宗像は皿をキッチンに運ぶついでに冷蔵庫を覗き、足りないものをナマエに告げる。
ナマエは再びこくんと頷いた。


食器を洗って歯を磨き、最後に制服の上着を羽織ってスカーフを整えれば、宗像の支度は終わりだ。
タンマツを内ポケットに仕舞い込み、宗像は玄関まで見送りに来てくれたナマエを抱き締めた。

「くれぐれも、気を付けて行って来て下さいね」
「……スーパーで買い物、するだけですよ。大丈夫、ですから」

結局宗像のナマエに対する極度の過保護と心配性は、目が見えるようになっても一人で外に出られるようになってもサーベルを振り回すようになっても一向にぶれることなく真っ直ぐだ。

「それでも、です。君にもしものことがあっては耐えられませんから、私のためと思って言うことを聞いて下さい」

宗像とて、ナマエの優れた戦闘能力は充分に理解しているし信頼もしている。
たとえ非番でサーベルを所持していなくとも、滅多なことでは窮地に陥ったりしないだろう。
だがそこに絶対の保証が存在しない以上、宗像には口を酸っぱくして気を付けろと言うことしか出来ないのだ。

「も、分かりましたって。……ほら、遅刻しますよ」

最終的にナマエにタンマツの時計を突き付けられ、宗像は渋々といった体を前面に押し出しながらドアを開けた。

「では、行って来ます」
「はい、……行ってらっしゃい」

廊下に出た宗像が振り返ってナマエに微笑みかける、その直後にドアが音を立てて閉まった。



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