二人きりミッドナイト[2]
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タクシーで乗り付けた大衆居酒屋。
店員に東京法務局の者が来ていないかと尋ねると、ちょうど領収書を書いたという若い女性店員が個室の手前まで案内してくれた。
ナマエは礼を言ってから、個室の引き戸を開ける。
そこには、掘り炬燵だというのにわざわざ正座をした宗像が、一人ぽつんと待っていた。

「………お待たせ、しました」

テーブルには、とても二人では食べきれないような量の料理がほとんど手付かずのまま雑然と並んでいる。

「ええ、お待ちしていました、ミョウジ君」

盛大な皮肉にしか聞こえない言葉に顔を引き攣らせながら、ナマエはとりあえずコートを脱いだ。

「………えっと、伏見、は?」

宗像から見てテーブルの奥側には飲みかけのジンジャエール、脇には男物のジャケットが置いてあるところを見る限り、伏見までばっくれたということはないのだろう。
その行方を問えば、宗像の眼鏡が不気味に光った。

「女子会なるものは楽しかったですか?」

ナマエの問いはあっさりとスルーされたが、そこに文句をつけられるような状態では決してない。

「ええ、まあ、それなりに」
「ふむ、そうですか。それは何より」

表情と台詞が全く一致していないことに、ナマエの背中を冷や汗が流れ落ちていった。
今頃HOMRAで酒を楽しんでいるであろう淡島と吉野に、恨み言の一つや二つ言いたい気分だ。
自ら一人で来ることを決めておいて何だが、生贄にされたような心境だった。

「君と淡島君が女子会で、秋山君たちが同期飲みでそれぞれ楽しんでいる間に何があったのか、これから説明しましょう。まずは、どうぞおかけなさい」

宗像に絶対零度の完璧な笑みで着席を促され、回れ右して逃げ出せる隊員がいるなら是非ともお目にかかりたい。
当然ナマエには抵抗する術もなく、言われた通り宗像の向かいに腰を下ろした。

「まずは伏見君ですが。つい四十分ほど前、お手洗いに立ったきり戻って来ていませんよ」
「……は、あ………それは、また、随分と長いトイレですね」

お腹の調子でも悪かったんでしょうか。
自分で言っておいてあまりにも杜撰なコメントだと感じながら、ナマエは内心で伏見を罵った。
もちろん、お門違いもいいところだという自覚はある。
宗像を伏見に押し付ける形でばっくれた時点で、ナマエには伏見に責められる理由こそあれ、伏見を責める権利はない。

「吠舞羅のヤタガラスが店員にいたので、お話しをしに行ったようですよ」

前言撤回だ、伏見の馬鹿野郎。
ナマエは苛立ち紛れに伏見の残したジンジャエールを呷った。
何がお話しだ。
確実に喧嘩を売りに行ったに決まっている。
それでは当分帰って来るはずもない。
もしかしたら、置いて行ったジャケットのことなど忘れ去り、このまま帰って来ない可能性だってあった。

「でも、伏見君はいい子ですね。きちんと、隠し芸を披露してくれました。何だったと思いますか?」

隠し芸、嫌な予感しかしない単語である。
ナマエは内心で焦りながらも、テーブルに置いてあるトランプを指差した。

「それ、ですか?カードマジック、とか」
「ええ、その通りです。私が引いたカードを伏見君が見ずに当てるというものでしたが、お見事でした」

なるほど、手先が器用な伏見のことだ。
その手のイカサマは得意だろう。

「伏見君にタネを教えて欲しいとお願いしたのですが、教えてくれなかったのです。自分で考えろとカードを置いて行ってくれたのですが、特に仕掛けのようなものは見当たらなくて。君は、手品は得意ですか?」
「……いえ、全く」

本気で残念がっている宗像には悪いが、ナマエとて詳しいわけではない。
伏見君はひどいです、といじけられ、もしかしたら伏見は仮に八田を見かけなかったとしても今この場にはいなかったかもしれないな、と同情した。

「ああ、料理は全て伏見君が嫌がらせのために注文したものなので、好きなものを食べて結構ですよ」

何という経費の無駄使いか。
ナマエは呆れながら首を振った。

「いえ、特にお腹は空いてないので、大丈夫です」
「ああ、そうでしたね。君は女子会で美味しいものを食べていたのでした」

墓穴を掘った。
にっこりと微笑む宗像の、目だけが笑っていない。
ナマエは自分のことを棚に上げ、今日この会に不参加だった面々を呪った。
秋山、弁財辺りは正当な理由の不参加に思えるかもしれないが、家族をネタにする時点で大概卑怯だ。
日高の靴紐が切れた、という理由に関しては、最早理由にすらなっていない。
皆、強制参加の隠し芸大会が本気で嫌だったのだろう。

「どのようなお店に行ったのですか?」
「………下神町の、アジア料理の店、です」
「ほう。アジア料理というと、タイやベトナム料理ということでしょうか。それは素敵ですね」

ちくちくと、小骨を突き刺すような嫌味が小刻みに飛んでくる。
ナマエは宗像の顔を直視しきれなくなり、テーブルの真ん中に置かれた白菜キムチを睨み付けた。

「それで、残念ながら君は忘年会と女子会の日程が重なり、淡島君の顔を立てるために女子会への参加を選んだ、というわけですが。それまでに、隠し芸は何か考えてくれていたのですか?」

来た、とナマエは首を竦める。
この際、前半の嫌味と皮肉は聞き流そう。
問題は最後の一文だ。
当然だが、全く何も用意していない。

「……はい、それは、もう」

だが、ビックリするくらい綺麗に微笑む宗像の前で、ノーと言えるはずもなく。
ナマエは曖昧に頷いた。
そう言えば当然、次に来る言葉は明白だ。

「流石ミョウジ君です。では、せっかくですから今ここで披露して下さい」

最早、命令なのか脅迫なのか際どいラインだ。
頭の中身をフル回転させてみても、この切羽詰まった状況では妙案などそう簡単には浮かばない。
淡島のギャグセンスを馬鹿にする権利はないのかもしれない、と内心で淡島に頭を下げた。

「ええと、ですね。その、少し時間がかかるものなので、よかったら先に室長の隠し芸を見せて頂けますか?」

よくよく考えなくても、全く筋の通っていない理由だ。
だが宗像はそれを見逃してくれるつもりらしい。
分かりました、と頷いた宗像は、ジャケットの内側に右手を差し入れた。

「では、」

左手で眼鏡を外した宗像が、右手で取り出した何かを顔にセットする。
ひらり、と右手が舞い、その下から鼻眼鏡を掛けた宗像の顔が現れた。
渦の描かれた丸眼鏡に団子鼻、そして黒々とした口髭。
ぶ、と噴き出しかけ、何とか飲み込もうとしたナマエの喉の奥で、づ、と奇妙にくぐもった音が鳴った。

「どうでしょう。なかなか面白いかと思ったのですが、」

その顔で、いつも通りの朗々とした喋り方はあまりにも似合わない。
似合わないを通り越して、最早壊滅的だ。
ナマエはテーブルの下で自分の指の爪を太腿に食い込ませ、痛みに意識を集中させることで笑い出しそうになるのを堪えた。

「………な、かなか、素敵、だと、思います」

もう、感想にまで気を遣う余裕はない。
しかし宗像はそれで満足したようだった。

「楽しんで頂けたようで何よりです」

鼻眼鏡が、いつものリムレスフレームに戻る。
見慣れたはずのそれがあまりにも安心感に満ちていて、ナマエはほっと息を吐いた。

「では、次は君の番ですよ、ミョウジ君」

宗像の楽しげな声に促され、ナマエは我に返る。
時間を稼いだはずだったのに宗像の奇行に全てを持っていかれ、考えることをすっかり失念していた。
さてどうしたものかと、宗像の期待に満ちた顔を見つめる。
出来れば使いたくなかった手だが、やむを得ないだろう。
ナマエはゆっくりと掘り炬燵から足を抜いた。

「室長に協力して頂きたいんですが、いいですか?」
「はい、構いませんよ」

立ち上がり、テーブルを回って宗像の隣に膝をつく。
そのまま、正座をした宗像にぐっと顔を近付けた。
相変わらずパーソナルスペースの感覚が人とはずれているようで、至近距離まで詰めても宗像は微動だにせず見つめてくる。
今ばかりは好都合だ。

「では、」

開始の合図とばかりに一言前置きし、ナマエは少し首を傾げるとそのまま宗像の唇を奪った。
一瞬だけ触れ、すぐに離れる。
流石に想定外だったのだろう、レンズの奥で紫紺が瞬いた。

「………今日は、すみませんでした。二次会、礼司さんの部屋でやりましょ?」

動揺、してくれているのかどうかは分からないが、とりあえず主導権を握っているうちに畳み掛ける。
じっと宗像を見つめていると、その顔が今夜初めて心からの笑みを浮かべた。

「ふふっ、君という子は本当に。……敵いませんよ、ナマエ」

淡島には悪いが、レオタードよりもこっちの方が好感触だ。
そんなことを思いながら、ナマエは宗像に手を引かれて居酒屋を後にした。






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