二人きりミッドナイト[1]
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セプター4副長、淡島世理主催の女子会は、下神町にあるアジアンダイニングで行われた。
裏通りにあるそこは店全体が隠れ家のような造りになっており、淡島が言うには知る人ぞ知る名店らしい。
エスニックな調度品が並ぶ異国情緒溢れた店内は明るすぎず暗すぎず、案内された半個室の席は居心地が良かった。
定番の生春巻きにタイ風オムレツ、青パパイアのサラダやトムヤムクンなど、彩り鮮やかなメニューが並ぶ。
ナマエが特に気に入ったのは、チキンの入ったフォーだった。

ナマエと淡島、そして庶務課の吉野弥生。
美味しい料理に舌鼓を打ちながら、三人の女子会は淡島の摂取するアルコールの量に比例して賑やかになっていく。
ちなみに淡島が今飲んでいるのは、モスコミュールこしあん入りだ。
タッパーから取り出されたあんこに突っ込みを入れる人物など、ここには存在しない。
ナマエも、そして吉野も慣れたものだ。

「やはり室長は素晴らしい方よ。ね、あなたたちもそう思うでしょう?」

頬を微かに染めて力説する淡島に軽い相槌を打ちながら、ナマエはハートランドのグラスを傾けた。
ちなみに隣に座る吉野は、可愛らしくコラーゲンピーチマンゴーティーなるものを飲みながら大きく頷いている。

「ちょっとナマエ、聞いてるの?」

はあ、まあ、という適当な相槌が気に入らなかったのか、淡島が目を吊り上げた。
この人は≪青の王≫のことになると恋する乙女みたいだ、と思いながら、ナマエは苦笑する。

「そんなに室長のことが好きなら、なんでわざわざ今日女子会なんです?わざとブッキングさせたの、知ってますよ?」

ナマエが隠し持っていたネタを突き付けると、淡島はうっと言葉に詰まった。
その目が気まずげに宙を泳ぐ。

「……そ、それはその……」

普段、仕事中だろうがプライベートだろうが遠慮なくハッキリ喋る淡島が言葉を探して口籠る様子に、ナマエはニヤニヤと笑った。

「去年のアレ、まだ気にしてるんですか?」
「え?え?何の話ですか?」

たぶん、去年の忘年会で行われた隠し芸大会で披露したレオタード姿は、淡島にとって黒歴史なのだろう。
事情を知らない吉野が頭の周りに疑問符を飛ばしたので、説明しようと口を開きかけたその瞬間。

「言わないで!」

語気鋭くテーブルを叩かれ、ナマエは吹き出した。
なぜ淡島が隠し芸にレオタード姿で某芸人の真似をすることにしたのかは全く理解出来ないが、確かにあの瞬間その場の空気は凍り付いた。

「……室長に、あんな……っ」

多分その時の淡島にとってはベストな選択だったのだろうが、後から思い返してみれば穴を掘って埋まりたくなるほどの痴態に違いない。
肝心の宗像は随分と楽しんでいたようだが、何にせよ全く表情を変えずに真顔で見つめていたので、淡島としては居た堪れなかったことだろう。
結局、今日の忘年会から逃げたのも、恋する乙女の思考というわけだ。

「室長と淡島さんと特務のみんなでね、毎年忘年会をやってるの。で、そこで隠し芸を披露するっていうのが、参加者全員のノルマなの」

ナマエが当たり障りのない部分だけをピックアップして、吉野に説明する。
吉野は大変ですね、と驚いた顔だ。
全くもってその通りである。

「今年の分、一応考えてはいたんですか?」

羞恥で真っ赤になった淡島に問えば、ええまあ、と曖昧に頷かれた。

「……その、全身タイツにヌーブラをつけて……踊ろうかと、」
「……………そうですか」

なるほど、今日の忘年会は不参加で正解だ。
どうしてその手のギャグしか思い付かないのか、ナマエは淡島のセンスに絶望した。
もっと、その美貌と知性を生かしたネタは出来ないのだろうか。

「あ、あなたこそ、忘年会じゃなくてこっちに来たじゃない!人のこと言えないわよ」

直接誘ってきたくせによく言うよ、という文句は心の中に仕舞い込み、ナマエは肩を竦めた。

「だって、結局今日のメンツどうなったか知ってます?室長と伏見だけですよ」
「あら、秋山たちは?」
「八人で同期飲みです」

伏見以外全員ばっくれたと知った淡島の顔が、微妙に青褪める。
恐らく、自分とナマエの二人が抜けるくらいは何ともないが、合わせて十人もの部下が揃って不参加というのは流石に問題だと思ったのだろう。

「………そう」

動揺しきった声で相槌を打たれ、ナマエは苦笑した。
残念ながらナマエも、宗像と伏見のツーショットに入り込む気はさらさらなかった。
三人で和気藹々、だなんて展開は望むだけ無駄というものだ。

「……来年は、隠し芸大会をなしにしてもらえないかしら。そうしたら喜んで参加するのだけど……」
「無理なんじゃないですか?年末最大の楽しみらしいですから」

悪趣味ですよね、とナマエが顔を顰めれば、淡島は咎めるような視線を向けてくる。
自分だってそう思っているくせに、つくづく宗像に甘い性格だ。

「みなさん仲が良いんですね」

一瞬の沈黙をついて投げ込まれた一言に、ナマエと淡島は顔を見合わせて微笑んだ。
仲良し、ではないのだろう、きっと。
仲が良いとか悪いとか、そういうカテゴライズは無意味なのだ。
そこに王がいて、家臣は何があってもついて行く。
ただ、それだけのことだ。


食後のデザートにと三人でオーギョーチを食べ、店を後にした。
そのまま二軒目に、という流れになる。
どこに行こうか、と淡島がタンマツで店の検索を始めたところで、ナマエの私用タンマツが鳴った。
取り出して、画面に表示された名前に嫌な予感が沸き上がる。

至急こちらに来て下さい。

メッセージはそれだけだった。
ナマエは盛大な溜息を吐き出し、淡島に声をかける。

「すみません、ちょっと用事が出来たのでここで失礼していいですか」
「あら、そうなの?」

淡島が、残念ね、と眉を下げた。

「じゃあ吉野さん、二人で行きましょうか。これといって行きたい店も見つからないし、HOMRAでいいかしら」
「あ、はい、大丈夫です!」

ここから鎮目町までなら、電車で一本だ。
駅に向かう二人を見送ってから、ナマエは王様の呼び出しに応じるべくタクシーに手を挙げた。




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