キスで確かめてこの愛を[3]
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正直に言おう。
キス一つで元々赤かった顔をさらに染め上げて茹で蛸みたいになった宗像を、そのまま押し倒してしまいたくなった。
しかし、二人での初めてどころか宗像にとって正真正銘の初めてをソファで済ませるのは申し訳ない気がして、ナマエは立ち上がると宗像に手を差し出した。

「嫌じゃ、ないんですよね?」

そういうことがしたくない、というわけではないのかと確かめれば、宗像が無言のままにこくりと頷く。
やがて恐る恐る手を重ねてきた宗像を引き寄せ、寝室の位置を訊ねた。
真っ赤になって俯く宗像と手を繋いだまま、寝室のドアを開ける。
完全にお姫様ポジションが逆転してしまったが、これはこれで悪くない気がした。
綺麗に整えられたベッドに寝転び、恐々と隣に並ぶように身体を横たえる宗像を眺める。
本当に、想定外の事態だった。

向かい合って見つめれば、今度は宗像も視線を絡めてくる。
それでも恥ずかしいのか緊張しているのか、その目は何度も泳いだ。
これは、今日は最後までいかないだろうな、と予想する。
だが、それを残念に思う気持ちはなかった。
これまで手を出されなかった理由が分かり、それがマイナスの感情からくるものではなかったと知った今となっては、どこまでもスローペースに進めたいと思える。
ナマエは身体の内側から滲み出てくる穏やかな気持ちのままに微笑み、宗像の頬に手を添えた。
眼鏡に当たらないよう気を付けながら、もう一度、今度はゆっくり唇を重ね合わせる。
宗像の唇は冷たいのかと思っていたが、そんなことはなかった。
重ねるだけの口付けを、薄い唇に何度も落とす。
薄っすらと目を開けてみれば、宗像は両目をきつく閉じていた。
いじらしいような微笑ましいような、不思議な心地を覚える。
ナマエは両腕を宗像の首に回し、身体を密着させてキスを続けた。
しばらくすると、ナマエの背中に宗像の手が添えられる。
そのまま強く抱き締められて、伝わってくる温もりにナマエはほっと息を漏らした。
至近距離で見つめ合えば、レンズの向こうから濡れた紫紺が覗いてくる。
笑ってみせれば、宗像も釣られたようにぎこちなく微笑んだ。
その未完成な笑みが、堪らなく嬉しい。
もう一度唇を寄せ、今度は軽く触れ合わせたまま宗像の下唇を舌先でなぞった。
腕の中で、宗像の肩がぴくりと跳ねる。
だがそこに拒絶の意思は見出せなかったので、そのまま唇を甘く食んだ。

「…………ん、……ぅ……」

唇の隙間から漏れた宗像の小さな声に、腰の後ろが重く痺れる。
元々艶のある綺麗な声だが、こういう時に聞ける声はさらに輪をかけて色っぽいようだ。
宗像は気恥ずかしそうに身動いだが、ナマエとしてはもっと聞かせてほしかった。
だから、無防備に開いた唇の隙間から舌を差し入れる。
驚いたのか引っ込められた宗像の舌先を突き、下側を擽るように舐めた。

「……ふ、……ぅ………っ、ん、」

慣れないうちは苦しいだろうと、途中で何度も唇を離してはまた重ね、舌を入れて、と繰り返す。
やがて少し慣れてきたのか、宗像がおずおずと舌を絡めてきた。
ぎこちないながらもその動きは的確で、なるほどこういう場面でもこの人はハイスペックなのかとナマエは微かに笑う。
少し悔しくなり、舌先で歯列をなぞると宗像の背が跳ねた。
歯茎を、上顎を舐め、そして舌を強く吸い上げる。
その度に反応を見せてくれることが嬉しくて、つい調子に乗ってしまった。
ようやく唇を離せば、宗像が涙目になって見つめてくる。
その顔は反則だと、内心で苦笑した。

「狡いですね」
「……な、にが、ですか?」

不安げに首を傾けた宗像の耳元に唇を寄せて「室長がセクシーだなあ、って」と囁けば、その耳が再び熱を持つ。
耳朶に音を立てて口付ければ、宗像は小さな悲鳴を上げた。
今日は、このくらいにしておいた方がいいだろうか。
経験のない男の人と致したことがないため分からないが、多分、女がそうであるように男にだって心の準備みたいなものが必要だろう。
現実的な話にしてみても、この様子では部屋に避妊具が用意されているとは思えない。
キスだけで充分に満たされた気がして、ナマエは宗像からそっと身体を離した。

「………ナマエ………?」

いつもの凛と澄ました表情はどこへやら、頼りなさげな宗像の視線が追いかけてくる。
その頬に手を滑らせ、ナマエは微笑んだ。

「ゆっくりで、大丈夫です」

恐らく、意味は正しく伝わったのだろう。
宗像が困ったように眉を下げる。
いちいちキスを誘う表情だな、なんてナマエが内心で感心していると、不意に宗像が口を開いた。

「………あの、……さっ、最後まで、……させて頂いたら……だめ、でしょうか……?」

無自覚とは恐ろしいものだ。
泣きそうにも見える顔で誘ってきた宗像を見つめ、ナマエは言葉に詰まった。
駄目ではない。
駄目、ではないのだが。

「……室長、あの、ゴ………、避妊具、ありますか」

なぜか、宗像の綺麗な顔を見ているとゴムだのコンドームだのという単語が口に出せなかった。
多分この様子ではそこまで思い至っていないだろうと予想したのだが、宗像は気恥ずかしそうに一つ頷いてベッドサイドのチェストを指し示した。
引き出しの中にあるらしい。
どんな顔をして買ったのだろうと、思わず想像してしまった。

「……ちなみに、知識としては?」
「……恐らく、人並みには」

宗像の返事に、ナマエはこの問答が全く意味をなさないことを理解した。
浮世離れした宗像の言う人並みなど、ナマエに理解出来るはずもない。
保健体育の授業レベルなのか、男子高校生の下ネタレベルなのか、それとも一般的な二十四歳の常識レベルなのか。
とりあえずナマエは、宗像にはAVを観た経験などないのだろうな、と半ば確信した。

「…………あの、ナマエ。もし君が嫌なのでしたら、無理にとは言いませ、」
「室長」

何を誤解したのか、頓珍漢なことを言い出した宗像の唇に指先を押し当てる。
口を噤んだ宗像を見つめ、ナマエは微笑んだ。

「して、ください。室長の、好きなように」



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