キスで確かめてこの愛を[1]
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R-18






「ああ、もうこんな時間ですか。では、私はそろそろ失礼しますね」

テーブルに置かれたデジタル時計を確認して、宗像が腰を上げた。
ちなみにまだ、夜の十時を少し回ったところだ。

「ゆっくり休んで下さいね、ナマエ」
「え、あ、はい」

立ち上がり、着流しの裾を整えながら宗像は綺麗に微笑む。
そして、ナマエの頬に触れるだけの口付けを一つ。

「おやすみなさい、いい夢を」

そう言い残し、宗像はナマエの部屋から出て行った。
残されたのは静寂と宗像の残り香と、どこにぶつければいいのか皆目見当もつかないような遣る瀬無さだった。

おかしいと感じることは、恐らく間違っていないと思う。
たとえばこれが高校生の可愛らしい恋愛だとか、付き合い始めてまだ一週間とかならば、理解出来る。
手を繋いで、ぎこちないハグをして、恐る恐る頬に口付けて。
青春の一ページみたいで、可愛いだろう。
だが生憎、ナマエは二十二歳で、宗像は二十四歳だ。
到底、そんなピュアなオツキアイが似合う年齢ではない。
そして、交際を始めてから優に半年は経っている。
手は繋いだ、ハグもした。
だが、未だにセックスは疎か唇へのキスもないとは、どういうことだろうか。

部屋には来てくれる。
余程残業が長引かない限り、退勤後に夕食と風呂を済ませた宗像がナマエの部屋を訪ねるのは最早習慣化していた。
しかし宗像は、確実に十時半までには自分の部屋に戻る。
泊まったことなど一度もないし、それらしい雰囲気になったことも皆無だ。

「……そんなに魅力ない、か……?」

一人取り残されたナマエは、冷たいベッドにダイブした。
確かに、女らしい女かと言われれば、若干答えに窮するところではある。
そもそも、セプター4という特殊な組織の戦闘部隊に属しサーベルを振り回している時点で、女としてはマイナスだろう。
淡島と比べれば胸もないし、フェミニンな服装を好むわけでもない。
どちらかといえばお洒落なカフェよりも居酒屋のビールを選ぶし、休日はショッピングよりも部屋でゴロゴロしていたい。
そういうところが、駄目なのだろうか。
ナマエは枕に顔を埋めた。

しかし宗像とは、恋人という関係になる以前に三年もの間、上司部下としての付き合いがある。
ナマエの性格や趣味嗜好は、ある程度把握していたことだろう。
しかも、交際のきっかけはナマエではなく宗像だ。
宗像が告白をして、ナマエがそれに応えた。
つまり宗像は、ナマエの女らしくない部分も含めて好きだと言ってくれたはずなのだが、それは思い違いだったのだろうか。
付き合ってみたら想像以上に、とか、そういうことなのかもしれない。

「だったら言えよ、馬鹿上司」

思わず罵れば、余計に怒りが込み上げる。
一人で悶々と悩んでいることが情けなく思えてきて、ナマエは溜息を吐いた。
そもそも、宗像はどう思っているのだろうか。
別に、恋人同士の付き合いにおいてセックスが全てだとは思わない。
互いに必要ないと判断したならば、別にしなくても構わない行為だろう。
だが、想いを確かめ合うという意味でも、最初はそれなりに大切なものだと思う。
宗像に、そういう欲求はないのだろうか。
それともあの、常に涼しげな笑みを浮かべた王様には、性欲という生々しい、人間らしい欲求が存在しないのだろうか。

「……なんか、それもあり得そうだなあ」

確かに、宗像のイメージにセックスが似合うか否かで考えると、後者かもしれない。
どうもあの王様には、生理的欲求とか動物的本能というものが似合わない。
人間として当たり前の食事シーンさえ、若干の違和感を覚えるのだ。
以前蕎麦を食べているところを見た時は、不可解にもなぜか場違いだと感じた。
しかし、普通に考えて、宗像だって食事をするのだ。
見たことはないが睡眠も取るだろうし、トイレにだって行くだろう。
つまり、淡白な可能性は大いにあるが、多少の性欲も持ち合わせているはずなのだ。

だが残念なことにこの半年間、その性欲がナマエ相手に発揮されたことは一度もない。
となるとやはり、原因はナマエにあるのだろうか。
思考が無限ループに陥ったのを自覚し、ナマエは勢いよく起き上がった。

「あーーもう、やだなあ」

ぐしゃりと髪を掻き乱す。
別に何も、宗像の身体が目当てだったわけではないし、セックス大好き人間なわけでもない。
確かに宗像は服の上からでも見て取れるほど綺麗な身体付きをしているし、触れ合って気持ち良いのなら歓迎出来る。
だが、その程度だ。
このままずっとその機会に恵まれなかったからといって、困るわけではない。
それでも、たとえサーベルを振り回していようともナマエは女であり、女としてのプライドだってそれなりに持ち合わせている。
認めたくはないが本音を言えば、宗像に愛されてみたいとも思う。
セックスが大事だとは言わないが、あんな、まるで興味のなさそうな態度でいられると、そもそもの好きだと言ってくれた言葉まで疑ってしまいそうで、それは嫌だ。

「…………うん、」

ナマエは一つ、覚悟を決めた。


翌々日、非番を利用して買い物に出掛けた。
普段ならば適当なシャツとパンツでベッドに寝転がり、ゲームをしたりDVDを観たりするところだが、そうはいかない。
予めネットで調べて目星をつけておいた店で、滅多に着ないようなセクシー系のワンピースを購入した。
それを着て外を歩けと言われたら若干躊躇うようなデザインだが、宗像を誘惑するためにしか着るつもりはないので問題ない。
その後は、ランジェリーショップで上下揃いの下着を買った。
色のチョイスに少し迷ったが、無難に淡い水色にした。
もしかしたら紫とか黒とか、そういった色の方が良かったのかもしれないが、そこは流石に気恥ずかしさが勝った。

寮に戻り、戦闘服を身に纏い、いざ出陣。
宗像の部屋がある男子寮の最上階にこっそりと上がり、ドアの脇に立った。
時刻は午後六時。
ここで待っていれば、宗像に会えるだろう。
緊張感なのか高揚感なのか、よく分からない感情を胸の内で掻き混ぜながら、ナマエは宗像の帰りを待った。




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