言葉足らずのキス[3]
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一杯飲んで行かはりますか、という草薙の誘いを丁重に断った宗像は、HOMRAを後にして足早に椿門へと向かった。
元々は軽く飲んでから帰るつもりだったが、予定は変更だ。
草薙から聞かされた真相に、居ても立っても居られなくなった、というのが正直なところだった。

ナマエが、規則を破ってまでサーベルを抜いた理由。
そして、それを決して宗像に言おうとしなかった理由。
全てが分かってしまうと、宗像の中に生まれたのは堪らないほどの激情だった。

最後は殆ど駆け足で、セプター4の屯所に戻る。
さも当然とばかりに女子寮の廊下を突き進み、ナマエの部屋をノックした。
時刻は深夜一時。
もし寝ているとしたら起こしてしまうことになるが、宗像としてはそれどころではなかった。
今すぐに会って、その顔を見たい。
朝まで待てそうになかった。
二度、三度ノックしたところで、内側からドアが開かれる。
深夜の訪問者を鬱陶しげに見上げたナマエは、そこに立っているのが宗像だと認識した途端に目を丸くした。

「……なに、してるんですか……?」

惚けた様子で見上げられ、宗像はとりあえずとばかりにドアの隙間に足先を滑り込ませる。
ナマエの視線が、探るような鋭さを帯びた。

「夜分遅くにすみません。入っても構いませんか?」

ナマエは大層構う様子だったが、抵抗は無駄だと知っているのか一歩後ろに下がって宗像を室内へと招き入れた。
寝ていたのか、寝ようとしていたのか、部屋の中は薄暗い。
ナマエはリモコンで照明を明るくすると、宗像の方を振り返った。

「何か飲みま、」

その問いを最後まで言わせる前に、宗像はナマエの肩を引き寄せそして強く抱きしめた。
右手をナマエの頭に、左手を背中に回してきつく拘束する。
小さな温もりが、心底愛おしかった。

「し、つちょ、なに、」

胸元でくぐもった声が聞こえたが、無視して一層強く押し付ける。
優しい匂いに、ようやく心が凪いだ気がした。

上司としては、叱らなければならなかったのかもしれない。
草薙はああ言ったが、一般的に悪いとされるのは先に手を出した方だ。
その上、病院送りになるほどの重傷を負わせた。
いくら相手が対立関係にあるクランのクランズマンとはいえ、セプター4の制服を着ている以上、命令なく市民に怪我を負わせることは許されない。
今回は事情が正しく草薙に伝わったようだが、もしその少年が自分可愛さに事実を捻じ曲げれば、クラン間の問題になっただろう。
決して褒められた行為ではない。
本来であれば、確実に始末書必須だ。
そう、言い聞かせなければならないはずなのに。

「……ありがとうございます、ナマエ」

宗像はそう言って、ナマエの頭の天辺に唇を落としていた。

「ありがとう。私は、大丈夫です。大丈夫ですから。だから、君が傷付かないで下さい」

頭を撫で、何度も大丈夫だと繰り返す。
これで、宗像が事情を知ってしまったことはナマエにも伝わっただろう。
ナマエの華奢な指先が、宗像に死ねと暴言を吐いた男を斬り捨てた指先が、宗像のジャケットを強く握り締めた。

「私は、君以外の言葉に傷付いたりしません。大丈夫ですよ」

ナマエを安心させるための虚言などではない、本心だった。
宗像は、誰に何を言われようとこれっぽっちも気にならない。
傷付かない。
宗像に響くのは、ナマエの言葉だけだ。

「だから君も、私以外の誰かの言葉に傷付かないで下さい」

その心を、他の男に揺らさせないで。
宗像がそう訴えれば、ナマエがゆっくりと顔を上げた。
少し、泣きそうな顔をしていた。

「……別に、あの人に傷付けられたんじゃ、ないです。ただ、ただ嫌だったから、だから、」

恐らく、無意識だったのだろう。
頭で考えるよりも先に、身体が動いていた。
ナマエはきっと、男を傷付けようとしたのではない。
ナマエの中の宗像を、護ろうとしたのだ。

「ええ、分かっています。すみません、今のはただの嫉妬です」

そして宗像を傷付けまいと、口を噤んだ。
分かっている。
それでも、宗像は全てが欲しいのだ。
ナマエが、誰かの言葉に心を揺らされたことが、気に入らない。
真相を隠そうとされたことが、寂しい。
宗像は、全てを明け渡してほしかった。

「………ありがとうございます。私のために」

でも、今はまだ、これでいい。
宗像は微笑み、ナマエの唇に己のそれを重ね合わせた。





言葉足らずのキス
- いつか全てを委ねてくれるまで -







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