言葉足らずのキス[2]
bookmark


翌朝まで事態が動くことはないだろうと思われたのだが、宗像の予想もしていなかったところから事情は明らかになった。

ナマエを退勤させた数時間後。
ある程度の事務仕事を終え、そろそろ帰ろうかとしていた宗像のもとに、一本の内線電話が入った。

「室長、淡島です。……その、吠舞羅の草薙出雲から、室長にお電話が入っているのですが」

一応は対立関係にあるクランの参謀の名に、宗像は少しばかり驚いた。
そして繋ぐように命じた回線の向こう、草薙は珍しく弱り切ったような口調で切り出したのだ。
話がしたいから時間をあけてほしい、と。
草薙が宗像に直接コンタクトを取ってきたのは、恐らく湊兄弟の一件以来だろう。
宗像は戸惑いを胸の内にしっかりと仕舞い込み、その要望に応じた。
草薙は自分が椿門に赴くと言い張ったが、そんなことをされては隊員の間に変な憶測を呼び兼ねない。
宗像はその申し出を断り、今夜HOMRAに行くと伝えて通話を切った。



「お邪魔しますよ」

深夜、日付が変わる直前。
私服に着替えた宗像は、バーHOMRAのドアをくぐった。

「ああ、宗像はん。わざわざすんまへんなあ」

カウンターの内側に立っていた草薙が、それこそわざわざ宗像を出迎えんとホールに出て来る。
単なる客への応対としては過剰なそれに、宗像はどうやら何かしら吠舞羅側にとって都合の悪い話らしい、と察した。

「いえ、構いません。丁度今夜は飲みたい気分でしたから」
「ほんまはこっちから出向かなあかんかったんやけどなあ」

宗像が笑みを浮かべて見せても、草薙の平身低頭した様子は変わらない。
これは前置きなしに早いところ話を聞いた方がいいのだろうと、宗像はカウンター席ではなくソファに腰を下ろした。
テーブルを挟んだ向かいに、草薙が腰掛ける。

「それで、お話とは?」

宗像から切り出すと、草薙は苦り切った表情で頭を掻いた。
その様子を、珍しい、と観察する。
草薙は確かに物腰柔らかな男で、必要とあらばわざと隙を見せて相手の懐に入り込む器用さを持ち合わせているが、こんなふうにあからさまな弱みを見せることはなかったはずだ。

「あんな、謝りたいのはどっちかと言うとおたくんとこのお姫さんやねんけどな、」
「……ミョウジ君ですか?」

予想していなかった人物が話に上り、宗像は目を瞬かせた。
すると今度は逆に、草薙が驚いたような顔をする。

「あれ?なんや、もしかして何も聞いてはらへんの?」

さも意外そうに問われ、宗像は直感で理解した。
これが、今朝の緊急抜刀に繋がるらしい、と。

「続きを聞かせて頂けますか」

宗像が促せば、草薙は一つ頷いて事の次第を話し始めた。

「今日の朝な、巡回か何かやろか、街でお姫さんとうちの若いもんがバッタリ会うたらしいですねん。最初、お姫さんの方は気付かんかったみたいやねんけどな、うちの方は制服見て気ぃ付いたんやって。それでな、ちょっと、喧嘩を売ってしもうたんですよ、うちのあほんだらが」

草薙としても、不本意極まりない事態なのだろう。
不愉快そうに付け足された暴言は、草薙の心情を見事に表していた。

「喧嘩ですか。しかし、解せませんね。ミョウジ君がそう簡単に売られた喧嘩を買うとも思えませんが」

これは身内贔屓や過大評価ではなく、宗像の正当な意見だった。
ナマエは、売られた喧嘩をほいほい買うほど馬鹿ではないし、そんなことに気力体力を費やすのは無駄だと考えるような淡白な性格をしている。

「せやねんけどな、その喧嘩の売り方がちぃとばかし……いや、嘘やな、かなり酷いもんやったんですわ。うちのクソ餓鬼な、宗像はんを引き合いに出したんですよ」
「私、ですか」
「まあうちら、特に下っ端連中はお互いに敵同士みたいな認識やからな、ある程度はしゃあないと思うてますねん。宗像はんもそうでっしゃろ?……ただなあ、今回のはあかんわ」

堪忍な、と言い置いて。

「………剣落として死んじまえばいい、って、言うたらしいんですわ」

ひどく言いづらそうに、草薙は声を絞り出した。
その瞬間、引き絞られるように痛んだ胸。
宗像は、ぐっと奥歯を噛み締めた。
向けられた言葉に傷付いたわけではない。
宗像としては、どこぞの少年に暴言を吐かれようが死ねと言われようが、知ったことではない。
だが、ナマエはどうだ。
それを直接聞かされたナマエは、何を思った。
その結果の、緊急抜刀だ。

「ほんまに申し訳ない。ほんま、堪忍な」

草薙に深く頭を下げられ、宗像はその金髪を見下ろした。
じっと眺めてみても、草薙に対する怒りは沸き起こらなかった。

「構いません。頭を上げて下さい。それよりも、その後はどうなったのですか?」

宗像がほしいのは、謝罪よりも情報だった。
なおも申し訳なさそうな表情のまま、草薙が話を続ける。

「おたくのお姫さんがサーベル抜いてな、病院送りですわ」

予想以上の展開に、宗像は天井を仰いだ。
病院送り。
それほどの重傷を負わせた、ということだ。

「聞きたないかもしれへんけど、無事ですわ。大したことあらしまへん。骨が何本か折れただけで、直に治ります」

同じクランズマンの怪我だというのに、草薙の声はどこか冷ややかだった。
恐らくこの男は、抱え込む仲間に対し優しくも厳しくもあるのだろう。
道理に反すれば、厳しく叱る。
それゆえの、ナンバーツーなのだろう。

「なるほど、事情は理解しました。私の部下が、申し訳ありません」

そして宗像は、組織の頂点だ。
責任を取るのが仕事だった。

「その彼は、どこの病院に?明日こちらから、」
「宗像はん、ええんです」

しかし草薙は、宗像の謝罪を受け入れなかった。

「確かに、先に手ぇ出したんはお姫さんですわ。せやけど、言うてええことと悪いことがある。今回のは、ジュウゼロでこっちに非がありますわ。それに、うちの子も武器は持っとったし、無抵抗っちゅうわけでもなかった。まあ、情けないことにこてんぱんにやられてもうたんやけどな。……せやから、謝らんといて下さい」

草薙が吠舞羅の幹部という立場で以て言いたいことを、セプター4の室長として宗像は正しく理解した。

「分かりました。今回の一件、何もなかったことにさせて頂きます。お互いに、ということでよろしいですか?」
「助かりますわ、ほんまおおきに」

草薙としても、色々思うところがあるのだろう。
ほっとしたような、情けないような表情に、宗像も目を細めた。



prev|next

[Back]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -