言葉足らずのキス[1]
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提出された顛末書を読み終えた宗像は、思わず小さな溜息を吐き出した。
小難しい単語を遠回しに並び立てて文字数を稼ぎ、それらしい形式を装ってはいるが、要約すれば「カッとなってやりました」だ。
伏見に言わせれば道明寺の絵日記よりはましなのかもしれないが、顛末書としては相当に不十分だった。

「ミョウジ君」

顔を上げた宗像は眼鏡のブリッジを押し上げ、デスクの前に立つ部下の名を呼ぶ。
ミョウジナマエは真正面、宗像の背後の壁を睨み付けるように見据えたまま、微動だにしなかった。
この部屋に入って来た時からずっとその調子なので、宗像も今さら返事がどうのという注意などしない。

「残念ながら、ここには私の知りたいことが書かれていないのですが、」
「それで全部です」

口頭で報告して頂けますか、と続くはずだった命令は途中で遮られる。
その徹底した態度に、宗像は口元に笑みを浮かべたまま内心で首を傾げた。


今日の午前中、ナマエのサーベルによる緊急抜刀が屯所の自動記録システムにより確認された。
ナマエにしては珍しい、むしろ初めてかもしれないことだった。
隊員に支給されるサーベルは、基本的に許可がなければ抜刀してはいけないことになっている。
万が一の場合は緊急抜刀と言えばサーベルのロックは解除出来るが、それは必ず記録され、事情を報告する義務がある。
もちろん、突然の襲撃に対応しただとか、目の前でいきなり起こった犯罪を防ぐためだったとか、正当な理由があれば問題にはならない。
だが、抜刀の理由に正当性がなければ、何かしらの処分を受けることになる。
大抵は始末書か、ひどくても数日間の謹慎程度で済むことだ。
宗像は巡回から帰投したナマエに、顛末書での事情説明を求めた。
しかしナマエは、どうやら宗像に抜刀の理由を報告するつもりが全くないらしい。

「……ミョウジ君、君の働きぶりは評価していますし、今回の件も何かしら事情あってのことでしょう。そう悪いようにはなりませんから、何があったのか説明してもらえますか」

宗像は口調を緩め、他愛のない雑談をするような調子で問いかけた。

緊急抜刀の記録システムは、普段ほとんど作動することがない。
宗像のセプター4は、基本的に規律を遵守することが出来る隊員ばかりなのだ。
伏見の入隊以降は時々抜刀の記録がつくようになったが、それ以外はほとんどと言っていいほどなかった。
稀にあったとしてもそこには正当な理由があり、宗像は伏見以外に緊急抜刀の始末書など書かせたことがない。
ナマエにしても、宗像を神か何かのように崇めているかといえば否だろうが、職務には忠実で規則を破るタイプではなかった。
そして、血気盛んなわけでもなければ、冷静さが欠如しているわけでもない。
そのナマエが勝手にサーベルを抜いたというのだから、何かしら理由はあるのだろう。
間違っても、カッとなってつい、などという少年犯罪みたいな動機ではないはずだ。

「ミョウジ君、一応は上司からの質問ですよ。答えて下さい」

相変わらず宗像の方を見ようとしないナマエに問いを重ねても、答えは沈黙だった。
困ったものだ、と宗像は苦笑する。
わざわざたった一度の緊急抜刀に手荒な真似などしなくはないし、どうしたものか。
宗像は、姿勢を崩さず真っ直ぐに立つナマエをじっと見つめた。
その表情は、何か疚しいことを隠しているようにも、宗像を恐れているようにも見えない。
規律違反とそれに続く命令無視、この一連の流れがナマエの固い意志によって貫かれていることは明白だった。

「……分かりました。一晩考える時間を差し上げましょう。明日の朝、もう一度報告を聞きます。今日はもう帰って結構」

結局、必要なのは頭を冷やす時間だろうと判断し、宗像はナマエに退室を促した。
ナマエのサーベルは宗像の許可なく取り出せないように保管しておいたから、今夜問題を起こすこともないだろう。

「失礼します」

最後まで一度も宗像と目を合わせないまま、ナマエは青い制服の裾を翻して執務室を出て行った。

「やれやれ、困った子ですね」

一人きりになった部屋で、宗像が独り言つ。
優秀な部下の、そして可愛い恋人の珍しい反抗に、宗像は一抹の寂しさを感じていた。







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